第15話

 わたしは冬月時雨。白金学院高校2年E組に在籍しています。間違いありません、本人です。え? なぜそんなこと言うのかって? それについては深いワケがあります。聞いてくれますか? わたしの不思議な体験。


 あれは中間テストの最終日、最後の科目が終わってホッとした時でした。これで北風ヒビキ君と大手を振って会えると思っていました。そのヒビキ君はというと周囲のクラスメイトと談笑していました。あら? 峯雲深雪さんとも何やら楽しそうに……まあテストの終わった解放感からだと思いますけど。わたしの周りにも「冬月さん、あの問題の答えなんだけど」だの、「冬月さんどうしよう、数学が赤点かも」と言って集まって来て少々困りました。

 正直言ってテストは簡単でしたよ。いつものことですけど、結果も別に気になりません。学年トップだろうがビリだろうがどうでもいいんです。そんなことよりわたしには大事なことがあるんです。


 もちろん今日はヒビキ君と会う約束をしていました。ただヒビキ君、何か家の用事があるそうで少し遅れるということでした。大丈夫です待ってますから。

 さて、いよいよ放課後、わたしは教室を出て廊下を歩いていました。なぜか誰もわたしの事など気にしていないようでした。そう言えば隣の席の女子がクスっと笑っていたような、いないような、妙な雰囲気でしたけど。


「冬月時雨さん、ちょっといい?」

 廊下で呼び止められて振り返ると、そこには金髪碧眼の美女天霧吹雪先生が……。

「天霧先生……わたしに何か?」

 すると先生はわたしを屋上へと誘ったんです。大事な話があるってことで。わたしはなんだろうと思いつつ先生について行きました。まだ時間もありましたから。


「冬月さん、落ち着いて聞いて」

 二人きりの屋上で、天霧先生はゆっくりと切り出しました。その表情は真剣そのもの。いったい何のことかしら? 世界史のテストの結果に何か問題でもあったの?

「冬月さん実はね……」


 ひどい、ヒドイ、酷い。いくらなんでもあんまりです。何かの間違いじゃないですか。悪いジョーダンですよ。北風ヒビキ君が実は北風響君の分身、ドッペルゲンガーですと? おまけにわたしのドッペルゲンガーが冬月シグレとして北風響君とお付き合いしていた……。

「冬月さん、ショックかも知れないけどホントのことなの」

 天霧先生は気の毒そうに続けました。

「今まで様子を見ていてごめんなさい。でもこのタイミングが一番かと思って。冬月さんを傷つけるつもりもなかったし。いずれ分かることだったから今日にしたの」

「あ、天霧先生っ! どういうことですか! ド、ドッペルゲンガーって何ですか!」


 すっかり取り乱して先生に食って掛かるわたしに、先生は優しく説明してくれました。突然と姿を現すもう一人の自分。かつてロシアのエカテリーナ二世やリンカーン、芥川龍之介も目撃したと言われていること、科学的にも完全には解明されていないこと等々。

「そ、そんな納得できません! なぜわたしと北風クンに同時にそれが姿を現したんですかっ⁉」

 なおも言い募るわたし。だってどう考えてもおかしいじゃないですか。

「そうね、先生もそう思う。でもそういう設定なの。悪いのはどっかの誰かさん(←星章太郎?)。冬月さんと北風君にはほんとに迷惑をかけたと思う。あとはこの天霧吹雪にまかせて、キチンと後始末するから」

「先生……先生はどうして……」

「フフフ……しょうがないのよ。これがワタシの役目だから」

 役目? 役目ってどういうこと?

「冬月さん、とにかく今日はまっすぐ帰宅して。北風ヒビキと冬月シグレは二度と姿を現さないようにします」

「ええっ! わたしもうヒビキ君に会えないですか! そんな先生、あんまりです!」

「気持ちは分かるわ。でもあなた達のためなの。このままではいけないのは分かるよね?」

 たしかに先生の言う通りだと思います。先生は正しい。でもどうしても割り切れない気持ちです。

「さあ、冬月さん行きましょう。先生にはまだ仕事が残っています。あとは任せて」

「……先生……先生はいったい何者なんですか?」

「……ワタシは天霧吹雪……いつもニコニコあなたの隣に這いよる混沌……」


 天霧先生と別れてから、言われた通りにまっすぐ帰宅しました。そのまま自室に直行してベットに倒れこみました。親はビックリしてましたが。

 わたしの頭の中は完全に混乱状態です。天霧先生の説明はあまりにも荒唐無稽、奇想天外でした。でも事実なんですよね。たしかに教室での北風響君と、会っているときの北風ヒビキ君、なんとなく雰囲気が違うと思っていました。いま考えるとおかしなこともありましたけど、その時は全然気になりませんでした。バカですよねわたし。

 明日から北風響君とどう接したらいいんでしょうか。おそらく天霧吹雪先生がすべて善処してくれていると思います。もうヒビキ君も冬月シグレも姿を消していることでしょう。天霧先生恐るべし。本当にあの先生何者なんでしょう。クラス担任の星章太郎先生の恋人? そうだとしても、まるで魔法科高校の先生ですよね。それとももっと別の存在? いずれ分かるときが来る! と思いたいです。


 わたし、結局三日ほど学校を休みました。幼稚園から今まで無遅刻無欠席の優等生冬月時雨がです。そしてなぜかクラスメイトの峯雲深雪さんが学校帰りに寄ってくれました。

「冬月さん大丈夫? 皆心配してるから。早く良くなって出て来て、北風も待ってるから」

「え? 北風君が……」

「そう。アイツ冬月さんのことマジで心配してるのよ。まったくもう」

「……峯雲さん……本当にありがとう。明日は登校できると思う」

「それは良かった! 来た甲斐があったわ。わたし敵に塩を送った武田信玄みたいでしょ」

 あの~敵に塩を送ったのは上杉謙信ですけど。それに敵ってわたしのこと? まあ細かいことは置いといて、明日は学校に行って北風響君と向き合う。今のわたしに出来ることをしようと思っています。峯雲深雪さん心配かけてごめんなさい。でも正々堂々勝負です! 


 ……あれから三年経ちました。わたしは現在白金学院大学文学部の二年生です。あの不思議な出来事は今でも忘れられません。北風響君とのその後についてはいずれゆっくりとお話しさせてください。ただひとつあの天霧吹雪先生なんですが、すべて終わった後突然学校を辞めてしまいました。一身上の都合によりということですが、その後の消息もわかりません。金髪碧眼の超美人、いったい何者だったんでしょう。ナゾです。

 いまわたしの学生生活は充実しています。大学の雰囲気は悪くないし友人もできました。中でも同じ学部の早波若葉さんとは気が合ってイロイロとお話しさせてもらってます。彼女、経済学部に好きな人がいるんですけどなかなか上手くいかないみたいで。

 早波さんの好きな人、けっこうライバルが多いようです。そんなにモテるように見えない人ですが、独特の雰囲気を持ってますね。そう言えばどことなく北風響君に似ているような気がします。気のせいでしょうけど。

 それと一つ気になることが……早波さんと彼との会話の中に……天霧吹雪の名前が……チラホラと出て来るんです。まさか、まさかですよね。でも金髪碧眼の超美人らしいのです。だとすると……。


 わたし冬月時雨は、早波若葉さんを応援します。でも天霧吹雪先生にもお会いしたいですね。同一人物ではないと思いますが、あんな名前めったにありませんから。金髪碧眼の超美人、自称いつもニコニコあなたの隣に這いよる混沌。


 とにかく、どっかの誰かさん(←星章太郎?)お願いしますよ。あんまり無茶苦茶な設定は勘弁してください。ペンネームが世界一可愛いのは充分に分かりましたから!


 




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