第12話

「さすがは女子大、静かでいいキャンパスだなあ。うちの大学も悪くはないげど、ここには負けるかな」

「そうね、雰囲気が違うわね。誰かさんにはちょっとそぐわないかも」

「何だと吹雪! 強引について来たくせに。今回もおとなしくしていろよ。カスミさん迷惑をかけないでくれ」

「章太郎さんヒドイ。ワタシはいつもニコニコ這い寄る混沌ですぞ」

「ま、またそれか。あと『あなたの隣に』が抜けてるぞ。勝手に省略するな」

「あれ? そうでしたっけ。ニャル子さんゴメンナサイ。そんなことよりいそぎましょ、カスミさんとはチャペルの前で待ちあわせでしたよね?」


 俺と天霧吹雪は有明カスミさんの通う若百合女子大学の学園祭に来ていた。郊外の私鉄の駅から徒歩10分ほど、木々に囲まれた雰囲気のいい環境である。女子大の学園祭と聞いて「俺も行く!」と騒いだのは眉村。連れてきてやっても良かったが、吹雪もいることだし丁重にお断りした。まあ埋め合わせに合コンの設定を約束させられたけどね。


 カスミさんとの待ち合わせ場所はキャンパス内のチャペル前。ここの大学にもチャペルがあるんだね。やはり学園祭という事で何か華やいでいる。普段はいない男子学生の姿もチラホラ見える。ふん下心ミエミエなんだよ。言っとくけど俺は違うからね、小説の取材ですよ取材。まあ建前だけど。


「章太郎さんお待たせ! 来てくれてありがとう!」

 カスミさんが息を切らして駆けてきた。亜麻色の髪の乙女という表現がよく似合う。何だかエスペランサにいる時とは明らかに雰囲気が違っている。

「やあカスミさん、おはようございます! さすがいい大学ですね!」

「もう章太郎さんたら他人行儀なんだから。あら吹雪さんも……こんにちは」

「こんにちはカスミさん、章太郎がいつもお世話になってます」

 こ、こら吹雪! おまえは俺の保護者か! 頼むからおとなしくしていろ。

「章太郎さん、いろいろ案内したいと思ってるけど、まずはうちの大学の文芸部に行きましょう。WEB小説サイトで活動しているコもいるみたいだから」

 さすがカスミさん、吹雪にはかまわず提案してくれた。

「おまかせします。文芸部かあ、楽しみです」


「宮部さんおまたせ! 天霧先生をお連れしたわよ」

「ようこそ、若百合女子大学文芸部へ! 天霧先生歓迎いたします!」


 文芸部の教室に入るなり大変なことになってしまったようだ。なに? 天霧先生? 俺のことか? 確かに天霧吹雪は俺のペンネームだし、カスミさん以外吹雪は見えていないはずだ。それにしても、面と向かって天霧先生と呼ばれたのは生まれて初めてだ。

「ど、どうも、はじめまして星章太郎、いや天霧吹雪です」 

「天霧吹雪はワタシなのに……」隣でつぶやく吹雪。

「あれ? 部長の天野先輩は?」

 ブツブツ言っている吹雪は無視、カスミさんが周囲を見回してたずねる。

「遠子先輩? 高校の後輩の男のコが来てるとかで行っちゃいました」

「ああ、例の井上君とかいう……」

「そうなのよ。そんなことよりさすがカスミ、やるわねえ。この人がいつも話題の……」

「み、宮部さん、なな何を言ってるの! 章太郎さん、自己紹介して自己紹介」

 カスミさん耳まで真っ赤になってしまった。この宮部さんとやら、メガネをかけていて地味な印象だけどセリフは結構過激だなあ。


「私たち文芸部は大学公認のサークルです。部員は現在9名、活動内容は……」

 簡単な自己紹介の後、宮部さんの説明が続いた。その間吹雪は展示物の部誌をパラパラとめくっていた。

「あれ? 部誌が勝手にめくれてる!」

 部員の一人が声をあげた。俺とカスミさんはあわてて対応に追われた。

「あら、不思議ね、たぶん風よ風。この部屋空調が効きすぎじゃないの?」

「そ、そうですよ、その部誌いつのですか。見てもいいですか? きっと僕らに読んでもらいたいんですよ、アハハハ」

 吹雪が誰にも見えないのをうっかり失念しておりました。


「ところで天霧先生、WEB小説サイトの作品読ませていただきました。けっこう面白かったですよ」

 宮部さんは大真面目に言った。メガネの奥の目は真剣そのもの。俺は恐縮した。

「そ、それは光栄です。なかなか読者が増えなくて。アピールが不足しているんでしょうけど」

「まああのサイト、軽いノリの小説が好まれるみたいだから。そんなに気にしないで」

「そうよ章太郎さん、才能はあるんだろうから……たぶん。自信を持って」

 俺は宮部さんとカスミさん、二人に励まされた。


 それにしても、この若百合女子大学文芸部なかなかのものだ。OBにあの千寿ムラマサ先生がいるそうだし、部誌のレベルも高そうだ。ただ、今の部長の天野遠子さんは少々変わっているようだが……。


「それはそうと天霧先生、いま連載中のWEB小説のテーマなんですけど」

 宮部さんはニコリともせずに切り出した。

「あれってドッペルゲンガー現象を扱ってますよね。ラブコメ風だけどもオカルトっぽいなと思って読ませていただいてます」

 さすが宮部さん鋭い指摘、俺はうなずいた。

「章太郎さん、宮部さんはね文芸部員なんだけどミステリーやオカルトにも詳しい人なの」

「フフッそれほどでも。カスミったらおおげさなんだから。でもドッペルゲンガー現象は最近ネットでもチラホラ見かけますよね」

 宮部さん、なぜか吹雪の方を見ている。ま、まさか宮部さん吹雪が見えてるんじゃないの?

「うん、医学的には自己像幻視ということになってるけど、それだけでは説明がつかないことが多すぎるですよ、バージョンアップしてるのかなあ」

 おい吹雪! おまえのことを言ってるんだからな! おまえホントに俺の分身なのか? 宮部さんにはすべてお見通しなのかもしれんぞ。


 そうこうしていると、教室にドヤドヤと人が入ってきた。

「ただいまー、あらカスミちゃん来てくれてたの? まあカレシもいっしょ?」

「と、遠子先輩! おじゃましてます。宮部さんどうもありがとう、章太郎さんそろそろ行きましょうか」

 なぜか急に逃げ腰になるカスミさん。

「あら、もう行っちゃうの? ゆっくりしてったら? あっ、心葉くん(遠子部長の後輩らしい)どこ行くの? ダメよ逃げちゃ!」


 俺たちは文芸部の教室を後にした。宮部さんイロイロと大変そうだが楽しそうだったなあ。彼女とは話が合いそうだ。WEB小説も書いてるそうなので帰ったら読んでみよう、ミステリー小説がメインらしいけど。


 この後は女子大の学園祭を満喫させてもらった。あちこちの模擬店で焼きそばやタコ焼きなどをほうばり、おしゃれなカフェテリアでお茶を飲んだ。真面目な展示物も見学したが、極めつきは社交ダンス部でのカスミさんとのダンスだった。フォークダンスしか経験のない俺をカスミさんは上手にエスコートしてくれた。おかげで夢のような時間を過ごさせてもらった。彼女にこんな一面があるとは知らなかったが、さすがお嬢様である。

 そう言えば吹雪はいつの間にか姿を消していた。アイツなりに気を使ったつもりだろうか。帰ったらほめてやるとしよう。


 こうして若百合女子大での一日はあっという間に過ぎてしまった。夕刻、俺とカスミさんはキャンパス内を正門に向かっていた。

「カスミさん、今日はどうもありがとう。とっても楽しかったし勉強になりましたよ」

「ホントに? 良かったあ、ウチの大学女子ばかりでしょ、こんな時しか来てもらえないから……それと……その……えーと」

 あれ? カスミさん急に歯切れが悪くなったような。

「わ、若葉さんによろしくね。わたし恨まれちゃうかしら?」

 はい? カスミさん何をおっしゃってるのでしょうか? 若葉がなんで……彼女とはお見合い事件以降まあフツーに接しているけど。何か問題あったかなあ。

「……と、とにかく合コンの件よろしくお願いします。眉村のヤツがうるさいんで」

「え? あ、はい、分かってます」


 周囲はだいぶ薄暗くなってきた。気が付くとまわりには誰もいない。もうすぐ正門という所でカスミさん急に立ち止まってしまった。

「……章太郎さん……待って……」

 俺が振り返ると……なんとカスミさんが目を閉じてじっと立っているではないか。カ、カスミさん……ど、どうして……ま、まさか……その……キ、キ、キスを……こ、こんな所で……。

 俺は思わずカスミさんの方に一歩踏み出した。と、その時、

「カスミー、待ってえ」彼女の後ろから大きな声が聞こえた。


 息を切らして駆けかけてきたのはメガネの女子学生、文芸部の宮部さんだ。腕に文芸部の部誌を何冊か抱えている。

「ごめんねカスミ、遠子部長がこの部誌とってもオイシイ(???)からカスミのお客さんに持たせろって……迷惑かしら」

「い、いやいや迷惑なんてとんでもない。わざわざありがとうございます」

「どういたしまして! それと井上心葉クン見かけませんでした? 帰っちゃたのかしら。部長が探してるのよ……まったくもう」


 この後の展開についてはご想像におまかせする。結局カスミさんとは何事もなく終わってしまった。良かったのか悪かったのか分からないけど、この設定よく出来ているよ。世の中そんなにうまくいくわけないよね。さあ帰ろうわが家へ、吹雪が待っているだろうし。


 俺のペンネームは世界一可愛い。ところが……ところが金髪碧眼の美女天霧吹雪がこつ然と俺の前から姿を消してしまった……。



 


 


 


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