第10話

「しょうちゃん、ゴメンねこんなことになって」

「ハハハ、ドンマイドンマイ。とにかく若葉のお見合いも阻止できたし」

「ありがとう。でも……」

「いやあ、いい体験をしたよ」

「それにしても章太郎さん、見事な大根役者でしたよね。あれでは小説のモデルにもなりません」

「吹雪っ! よく言うよ。今回は何もしてないくせに」

「ふん、しょうがないでしょ。文句ならアタシが見えない設定にした人に言ってよ」

「もうっ、しょうちゃんも吹雪さんもいい加減にして。読者様が飽きちゃうわよ」


 俺と天霧吹雪は早波邸からの帰路についていた。黒髪ポニーテールの早波若葉も送ると言ってついてきた。

 若葉のお見合い阻止作戦は……。まあとりあえずは成功ということにしておいてくれ。結果オーライだけどね。俺としてはベストを尽くした。しかし……しかしすべてはお見通しだった。俺たちのたてた偽装恋人奇襲戦法は完全に失敗だったと言える。さすがは若葉のご両親だ。いや参ったよ。


「章太郎クン、ずいぶん久しぶりだなあ。若葉と同じ大学だと聞いてはいたが……」

「ホントにそうね。ご両親はお元気? 海外にいらっしゃるんでしょ?」

「は、はい、オヤジいや、父の仕事の関係でドイツにいます」

「ハハハ、そんなに緊張せんでも。もっとリラックスしたまえ、リラックス、リラックス」

「お父さん! 余計緊張するでしょ! ごめんねしょうちゃん」

 ここでお母さんの助け舟。

「あらあら若葉ったら。さあさあお茶にしましょ、若葉ケーキをお出ししなさい」

 フー、助かった。


「ときに章太郎クン。若葉との付き合いの件なんだが……」

 いよいよ話が本題に入ってきた。さあ正念場だ。

「はい、若葉さんとは、えーと、その……つまり……」

「ハハハ、ハッキリしたまえハッキリ。と言いたいところだがね。章太郎クン、もう無理せんでもいいよ。分かってるよ、若葉に頼まれたんだろ? すまなかったね、恋人のフリなどさせて。いや僕らも反省しているんだ。若葉の気持ちも考えずにお見合いなどさせようとして」

「え……お父さん、それじゃあ……わたしのお見合いは……」

 若葉と俺は思わず顔を見合わせた。

「先方には丁重にお断りしたよ。若葉がカレシを家に連れて来ると聞いた時ピンときたんだ。これはお見合い対策の偽装だとね」

 そ、そうだったのか。うーん、恐れ入りました。

「お父さん! わたしにカレシなんかいないと思ったの⁉」

 ここで若葉がマジに抗議した。

「ハハハ、まあそう怒るな。僕はこう見えても高校教師だからね。若者の思考ぐらい分かるさ。ただ……」

 若葉のお父さんは俺の方を見て意味ありげに笑った。

「ただね……偽装恋人の相手がまさか星章太郎クンとは思わなかった。いや想定外だったよ。章太郎クンの顔を見たとき一瞬、本物のカレシかと思ったぐらいだ。それでどうだ章太郎クン若葉は? なかなかいい娘だろ?」

「ちょ、ちょっとお父さん!」

 若葉は真っ赤になって持っていたケーキを落としそうになった。俺はどうお答えして良いか分からず、若葉とお父さんの顔を交互に見た。お父さんはなぜか大きく頷くとゆっくりと立ち上がった。

「ということで、この件はおしまいにしよう。さあお母さん酒だ、酒にしてくれ。章太郎クン君もどうだ? 飲めるんだろ?」

 

 こうして俺のミッションは終了した。そう言えば天霧吹雪の登場シーンがなかったなあ。やはり俺と若葉以外に彼女は見えていない。結局何の役にもたたなかったし、終始仏頂面で不機嫌な顔をしていた。連れて来るんじゃなかったと少し後悔したぐらいだ。でもまあいい経験をしたと思うよ。もっとも俺の分身なのだから関係ないと言えば関係ないのだが。

 俺と早波若葉の関係は……たぶん変化はないと思う。若葉のお父さんはおかしなことを言っていたけど。若葉にはほかに好きなヤツがいるようだし。もし彼女に応援を頼まれたら……うーん、ちょっとフクザツだけど、若葉のためならまた一肌脱ぐさ。


「でも良かった。イヤなお見合いなんか絶対したくないし」

「カスミさんもそう思うよね。婚活には早すぎるし、若葉には好きな人がいるようなんだ」

「……章太郎さん……全然分かってない……」

「は? 何のこと?」

 有明カスミさん何を言ってるんだ? 俺のバイト先エスペランサでの何気ない会話である。話題は先日の『世紀の一戦』(?)。事の次第はカスミさんも若葉から報告を聞いていた。女同士うまくやってるようだ。


「ところで章太郎さん、来月の最終週の週末空けといてほしいんだけど」

 カスミさんはカレンダーをめくると真剣な表情で言った。

「えーと、特に予定はありませんけど。バイトのご指名かな?」

「そ、そうじゃなくて……実はその日うちの大学の学園祭なの。その、良かったらだけど……遊びに来てくれないかしら」

 カスミさんは遠慮がちに申し出てくれたけど、俺の答えは決まっている。

「えっ! 若百合女子大学の学園祭⁉ 招待してくれるんですか! 行きます! 行きます! 死んでも行きます!」

「もうっ、章太郎さんのバカ……」

「よーし、それで決まりだな。カスミがんばれよ! 負けるなよ!」

 そばで話しを聞いていた有明マスターまで割り込んできてワケの分からないことを言い出した。

「お、お父さん! な、何を言ってるの! 仕事しましょ、仕事」

「ハイハイ、やりますよ。章太郎君、学園祭しっかり頼むよ。うまくやってくれ、期待しているからね」

「お父さん! いい加減にして」

 カスミさんとマスターの掛け合い漫才のような会話。いつもの風景である。


「アタシも行きますからね。トーゼン」

 わ、わ、吹雪! いつの間に! どこから聞いていたんだ? 油断もスキもあったもんじゃない。突然姿を現すなんてルール違反だ。ご都合主義にもほどがある。それに若百合女子大の学園祭に同行するだと?

「いつもニコニコ這い寄る混沌、天霧吹雪をお忘れなく」

 な、なんだそのキャッチフレーズは! お前はニャル子さんか! ニャル子さんの方が可愛げがあるぞ!


「天霧吹雪さん……やっぱり出て来たのね。いいわよ、負けないから」

 金髪碧眼美女VS亜麻色の髪の乙女。バチバチと火花が……黒髪ポニーテール(早波若葉)がいなくて良かった……。


 早波若葉のお見合い阻止作戦に続き、今度は有明カスミさんから大学の学園祭に招待された。天霧吹雪が俺の前に姿を現して以来、よくもまあ色んな事が起きるもんだ。ところで肝心のWEB小説の方はどうなっているのかって? それは聞かないで……ご想像におまかせします。


 なんだかんだ言っても天霧吹雪、俺のペンネームは世界一可愛いよ。ホントだよ。


 (無事章太郎さんを学園祭に誘うことができた。この前は若葉さんのお見合い阻止作戦でずいぶんと活躍? したみたいだけど今度はわたしの番。実はわたし男の人を学園祭に呼ぶの初めてなんです。友人たちはけっこう男友達を連れて来ていて楽しそうでした。わたし実はちょっとうらやましかったんです。お父さんはおかしなことを言っていたけど、章太郎さんあれで意外に品行方正だから問題ないでしょう。今から楽しみです。ただ……あの天霧吹雪! 今回も章太郎さんについて来るつもりらしい。なぜかわたしと早波若葉さんにしか見えない、突然姿を現す章太郎さんの分身。ドッペルゲンガーだか何だか知らないけど何ですかあの性格。WEB小説サイトのペンネームらしいんですが。そうだ、わたしもそのサイトを覗いてみよう。どんな小説があるのかしら。章太郎さん変なコト書いてたら許さないから!)




     





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