第9話

 僕は北風響。クラスメイトの冬月時雨さん、いやシグレさんとの不思議な関係が続いている。何が不思議かって? それは……うまく言えないのだ。ただ断っておくが決しておかしな関係ではないからね。変な想像しないでくれよ。

 僕とシグレさんは付き合っていることになっている。しかしこれは公然の秘密である。クラスはもちろん学校中誰も知らない。別に悪いことをしているわけではないので隠す必要はないのだが、二人で相談して決めたことだ。もちろんシグレさんとのことを皆に自慢したいのはヤマヤマではある。でも彼女の希望も尊重してあげないとね。


「ごめんね北風、もう少しアタシたちのことヒミツにしおいてくれる? タイミングをみて公認の仲になりたいんだ」

「そっか、僕は構わないよ。ただ峯雲にはいずれバレそうな気がするなあ。アイツ結構鋭いから」

「深雪さんね。アタシも気を付けるわ。それにしても北風、深雪さんとはずいぶん仲がいいみたいだけど」

「な、なワケないよ。あれ? シグレさん妬いてるの?」

「も、もう北風のバカ! なんでこの冬月シグレが……」

「アハハハ、そうだよねー」

「と、とにかく気を付けてよ。北風モテるんだから……」

 と言ったあんばいである。


 それはそうと、花粉症の季節が終わりいい気候になってきた。ただし今月はやっかいなイベントが控えている。中間テストである。学生に試験は付き物だが、やはりイヤなものはイヤだ。幸い今まで赤点をとったことはないけど。油断大敵、特に理数科はヤバイ。この世の中に理数科さえなければ僕は東大だって夢じゃない(ウソです)。

 まあ、シグレさんはまったく問題ないだろう。なにしろ学年トップを争うほどの頭脳の持ち主なのだ。僕の苦手な理数系も得意科目である。ただし僕と付き合って成績が落ちるのはマズイ。彼女の足を引っ張るわけにはいかない。僕のプライドもあるし。


 ということで、放課後僕とシグレさんはある公立図書館で勉強していた。校内の図書室ではどうしても人目についてしまうからだ。僕としてはどこで勉強するにしても、シグレさんと一緒なら真面目に勉強できる。ただし時々襲ってくる睡魔には参る。慣れないことをするもんじゃないね。

「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」

僕はシグレさんに断って席をはずし表に出た。 


 「うーん」、と伸びをして新鮮な空気を吸い込むとやはりホッとする。さて一息ついたら席に戻って続きをやるとするか。そう考えて何気なく少し離れたところにある図書館の駐輪場の方を見て僕は愕然とした。

 そこには僕らの学校、白金学院高校の制服を着た一組のカップルの姿。それだけなら別に驚くことではない。放課後のデートはありふれてるし。でも、でもね……。

 そこにいたのは……そこにいたのは僕、北風響と……冬月時雨さん……だった!


 決して見間違いではない。楽しそうにおしゃべりしている僕(?)とシグレさん(?)。むこうは会話に夢中で僕に気付かなかったけど。駐輪場を通り抜けて公園の方に行ってしまった。マ、マジか。

 僕は目をこすった。他人の空似? いやそれはない。勉強のしすぎでおかしくなったのか? いくら何でもそれもないよ。自分の姿ぐらい遠くからでもわかるし、色白で黒髪ロングの美女は間違いなくシグレさんだった。でも僕はここにいるしシグレさんは館内のはずだ。いったいなんだあの二人は。まるで僕とシグレさんの姿を投影しているように見えたんだ。鏡の中から出て来たのか? どこかのヘボ作家のプロットか? いずれにしても僕とシグレさんのジャマをしないでくれたまえ。せっかくうまくいってるんだから。

 僕は気を取り直すと急いで図書館内の席に戻った。


「どうしたの北風、顔色が悪いわよ」

 シグレさんの問いかけに、僕はどうしようかと迷ったけど正直に見たことを話した。シグレさんは笑い出すかと思いきや真剣に聞いてくれた。

「それでその二人どんな感じだった?」

「うん、仲のいい恋人同士のようだった。僕らもああいう風に見えるのかなあ」

「恋人同士かあ。そうよね……」

 シグレさんは、なぜか黙り込んでしまった。何か考えているようだ。そりゃそうだよね。自分と瓜二つの人間がいたなんて。しかも同じ高校の制服を着て、同じ相手と……。僕だって信じられないよ。

 北風響と冬月時雨さんがもう一組存在している? 都市伝説か? 僕はパラレルワールドをのぞいてしまったのか? それともまさか……。


「北風、もう帰ろう」

「そうだね。変なこと言ってゴメン」

「ううん、気にしないで。でもこのことは誰にも言わない方がいいと思う。たぶん誰も信じないだろうし」

「僕もそう思う。自分でも信じられないくらいだから」

「……北風……好きだよ」

「えっ、シ、シグレさん……きゅ、急に何を……」

「……北風のバカ……」

 そして僕らは図書館を後にした。


 話がおかしな方向に行ってしまった。そもそも中間テストのために勉強していたのに妙なものを見せられたからだ。なぜこうなった? シグレさんに嫌われたらどうしてくれるんだ。とりあえずは二人だけのヒミツになってるけど。世の中不思議なこともあるものだ。


「北風、顔色が悪いようだけど。勉強のしすぎ?」

 翌日、さっそく峯雲深雪からツッコミが入った。

「アハハハ! そんなワケないだろ。峯雲こそ大丈夫か? 赤点とっても知らんぞ」

「し、失礼ね! ちゃんとやってるわよ。冬月さんにイロイロ教えてもらってるし」

「そ、そうか、それは良かったな、まあがんばれよ。シグレさん、いや冬月さんの足を引っ張るなよ」

「え? 北風? いまなんて……」

 ふー、アブナイ、アブナイ。峯雲深雪、油断大敵である。

「とにかく、おれは大丈夫だから。心配はいらん」

「なんか怪しいけど、まあいいか。今日もお昼ご飯いっしょに食べよ」

「あいよ」


 シグレさんは、今日も何もなかったかのように振る舞っている。さすがだなあ。僕も見習いたいものだ。

 さて、次の時間は現代国語か。ウチのクラス担任の星先生だ。そういえば世界史の天霧先生とはどうなっているんだろう。天霧先生、けっこうイジワルな試験問題を出すことで有名である。きれいなバラにはトゲがあるということか。くわばらくわばら。


 さあこの先どうなることやら。北風響、しっかりしろよ!


 (わたしは峯雲深雪。ひとこと言わせてください。北風響君の様子がおかしいんです。一年生の時から同じクラスで幸か不幸か二年生になってもいっしょ。別にカレシでも何でもないんですが、やはり気になる存在です。ところが最近どうも明らかに不審な行動が……わたしの目はごまかせませんよ。もしかしたら……冬月時雨さんと……証拠はありません。峯雲深雪のカンです。あの二人付き合っているとしたら……どうしよう。北風、ハッキリして!)




 

  


 






 

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