第8話

 俺のペンネームは世界一可愛い。金髪碧眼の美女天霧吹雪。突然俺の前に姿を現した自称俺の分身。その正体は不明、果たして新種のドッペルゲンガーなのか? いろいろ勝手な設定がされているようなのだが。ストーリーが破綻しないようにちゃんとしてくださいよ。ホント困るのは俺なんだから。


「章太郎よ、こんなことでは輝くラノベの星になれませんぞ」

「おまえは星一徹か! 俺は星飛雄馬じゃないぞ!」

 まったく吹雪のスパルタ式には参る。そのうち大リーグボール養成ギプスが出てきそうだ。もっとも元来怠け者の俺にはちょうどいいかもしれないけど。今日も吹雪と二人でWEB小説と格闘中である。しかしこれがなかなか難しい。

「うーん、なかなか閲覧数が伸びないわねえ。ハートマークもいまいちだし。フォロワーさんも……」

「おまえの言う通りに、近況ノートを書いたり他の作品をフォローしたりしてるのになあ。なんだこの低空飛行は」

「章太郎さん大丈夫、大丈夫。勝負はこれからですよ。このワタシがついてますから!」

「ハハハ、それが一番アブナイんだよ」

「し、失礼ですよ章太郎さん!」


 よろずこんな調子である。これでは筆が進むわけがない。創作を再開してからは、いまのところ短編を一本コンテストに応募して結果待ち、長編を第二話まで書いた。コンテストの方はまず期待できない。吹雪は自信を持てと言うけれど。長編はボチボチと盛り上げていこうと思っている。


 そんなことより俺にはひとつ心配なことがある。それは……俺の幼なじみ早波若葉のことだ。変な意味じゃないよ。ではいったい何が心配なのかって? 実は先日、若葉と有明カスミさんが俺の部屋に遊びに来てくれた。しかしこの狭い部屋に吹雪を含めて四人はやはり詰め込み過ぎで、結局近くのカラオケボックスに繰り出した。

 それはそれで楽しかった。楽しかったのだが……。どうも若葉の様子がおかしいのに俺は気が付いた。本人は明るく普段通りに振る舞っているつもりだろうが、俺の眼はごまかせない。何かを隠している。長い付き合いなんだよ、それくらいわかるさ。吹雪はともかくカスミさんにも知られたくないことなんだろう。

 若葉には明らかに何か悩み事がある。水臭いぞ若葉。まあ俺も吹雪の存在を隠していたからお互いさまか。

 明日にでもゆっくりと話しを聞いてやろう。ジャマするなよ吹雪!


「なあ若葉、最近元気ないみたいだけど何かあったのか?」

 俺と早波若葉、それにオマケで天霧吹雪。学食の隅にいる。

「しょうちゃん……何よ急に」

「若葉……おまえに隠し事は似合わないよ。俺にはわかるんだ。長い付き合いだし」

「それは……その……」

「吹雪のことなら心配するな。まがりなりにも俺の分身だから。心得てるさ」

 吹雪は今日はおとなしい。黙って話しを聞いている。

「しょうちゃん……ごめんね……わたし……わたし……」

 若葉は声を詰まらせる。俺は黙って次の言葉を待った。

「実はね……わたし……お見合いをさせられそうなの……」


「「なっ!」」

 俺も吹雪も絶句した。

 お・み・あ・い? 何だそれは。言葉の意味はわかるよ。要するに結婚を前提として男女がお会いすることだろう? 婚活しているわけでもないのにか? 本人の意思に反して? 昭和の時代ならともかく今は令和の世だ。信じられん。


「しょうちゃん、信じられないよね。でも本当のことなの。うちの両親の知り合いが相手の写真と身上書を持って来て。そしたら両親がその気になっちゃったの。わたしはイヤだって言ったけど、今度会うだけ会ってみるってことで話が進んでる」

 俺と吹雪は顔を見合わせた。

「若葉……おまえそれでいいのかよ」

「いいわけないじゃないっ! わたしには……わたしには……す、好きな……」

 若葉の目から涙がこぼれた。そうか、若葉には好きなヤツがいるんだな。どこのどいつか知らないが果報者め。若葉の涙、久しぶりにみた。俺の前で涙を流すなんて若葉らしくないよ。それにしても親の決めた相手と無理やりお見合いさせるなんてヒドイなあ。若葉のご両親にお会いしたことはあるが、けっこう厳しそうな印象だった。

 しかしここは何とかしなければならん。これ以上若葉を泣かすわけにはいかない。どうにかしてお見合いとやらを阻止してやろう。さてどうしたものか。俺に何ができるか? 吹雪、おまえも協力しろ!


 そして俺と早波若葉サンは恋人同士になった。もちろん偽装のカップルである。若葉にはほかに好きなヤツがいるらしいし、俺にとっても幼なじみ以上の感情はない。たぶんないと思う。ないんじゃないかな。まあよくわからん。

 とにかく俺は若葉のカレシとして早波家に乗り込むことになった。そしてお見合いをあきらめさせる。これが俺に与えられたミッションである。吹雪の役割は……今のところないのだ。俺と若葉にしか見えないのだからどうしようもない。とりあえず連れていってみるけど。何かの役に立つかもしれないし。


 幼なじみが発展していつの間にか恋仲になった。「恋人がいます、お見合いはしません」と若葉がご両親に宣言する。これがシナリオである。あまり出来は良くないがそこは迫真の演技でカバーするしかない。若葉はともかく俺はたぶん大根役者。若葉のご両親を納得させることができるだろうか。

 俺と若葉は小学校からの付き合いで、子供の頃、早波家に遊びに行ったこともある。ご家族は当然俺のことは覚えているだろう。果たして若葉のカレシと認めてくれるだろうか?

 事実は小説よりも奇なりと言うではないか。当たってくだけろだ。これは若葉のためだけではなく俺自身のためでもある。意にそわぬお見合いなど俺は容認できない。若葉だろうがカスミさんだろうがだ。え? 吹雪? もちろん同じだよ。アイツは俺の分身らしいし。


 俺と吹雪が早波家を訪問する日が来た。若葉が「カレシを家に呼んでいる」とだけ伝えているはずだ。彼女とは最寄り駅で待ち合わせをしている。俺の名前はまだ出していない。一種の奇襲戦法である。「なんだ星章太郎君ではないか」となるだろうが、あとは乱戦に持ち込んで最後はお見合いを吹っ飛ばす。諸葛孔明並みの作戦だろ?


 いざ出陣! 吹雪、槍を持て! 敵は本能寺、じゃない早波家にあり! 絶対に勝って見せるぜ!





 

 


  

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