第6話

「……というワケなんだ。若葉」

「しょうちゃん、ホント水臭い。なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

「いや、すまんすまん。でも信じられんだろ? こんな話」

「まったくもう。事実は小説よりも奇なりね」

「ああ、WEB小説よりも奇なりだ」

「しょうちゃんWEB小説を書いてたのね。全然知らなかった」

「うん。別に秘密にしていたわけではないんだが」

「章太郎さん、アタシのセリフまだですか? もう八行目ですよ……」

「吹雪さん! 少しぐらい可愛いからって……文字数の無駄ですっ」

「若葉さんヒドイ。章太郎さんなんとか言って下さい」


 学食の隅のテーブルで俺と早波若葉は向き合っていた。俺の隣には金髪碧眼の天霧吹雪。周りからは俺と若葉が楽しくおしゃべりしているように見えるだろうな。

 いつまでも吹雪の存在を若葉に隠し通せるワケはなかった。俺は観念して若葉にすべて話した。若葉は黙って聞いてくれた。


「それにしても不思議ね。わたしとカスミさんにしか見えないなんて」

 若葉が吹雪を見て首をかしげる。

「うーん、それはその例外ってヤツで……さっき説明したようにだな……」

「『特別な感情』って何よ……まるでわたしがしょうちゃんに……えーと、その……」

 若葉は真っ赤になってうつむいてしまった。参ったな、まるで俺がいじめてるみたいじゃないですか。でも若葉、おまえもけっこう可愛いよ。「特別な感情」とはこういうものかなあ。


「いいじゃないですか。若葉さんもカスミさんも特別なんですよ! 章太郎さんと一緒に頑張りましょう」

「頑張るって何よ? どういうこと?」

 気を取り直した若葉が吹雪にかみつく。

「決まってるじゃないですか。まずはWEB小説コンテストに応募して入賞すること。容易じゃないのはわかってます。でも章太郎さんならできます! この天霧吹雪がついてます!」

「おいおい吹雪、あんまり調子にのるなって。いくら周りから見えないからってなあ」

「そうですよ! それに何でわたしがしょうちゃんと一緒に……」

 若葉はまた恥ずかしそうにうつむいてしまった。


「と、ところで、二人は一緒に生活してるわけ? どどどど同棲してるの? まさか、その、よ、夜もえーと何て言うか……」

「アハハハ、若葉、何を心配してるんだ? 俺の部屋は六畳一間だぜ。寝るときは吹雪は部屋にいないよ。朝になると現れるんだ。誰だか知らんがそういう便利な設定にしたらしい。なあ吹雪」

「章太郎さんの言う通りよ。それにアタシ天霧吹雪はペンネーム、いわば分身なの。章太郎さんとどうこうなるワケないでしょ」

「そ、そうよね」

 ホッとしたような若葉に対して、吹雪はなぜか複雑な表情を浮かべている。吹雪、いったい何が不満なんだ?


 俺たちは学食を出てキャンパス内を歩いた。俺も若葉も今日はもう講義がない。


「それでしょうちゃん、カスミさんにはいつ会うの?」

「明日バイトの日だから明日だな」

「また吹雪さんを連れてくの?」

「さあ、どうするか」

 俺は吹雪と顔を見合わせた。カスミさんにも一度吹雪を見られている。そう言えばあの日以来カスミさんと顔を見合わせていない。なぜか怒っていたような、いないような。女心はわからん。

「彼女にもちゃんと説明しないとダメよ。吹雪さんが見えるんだから。その、つまり……『特別な感情』だっけ。それが、えっと、なんて言うか……」

「そうだな。信じてもらえるかどうかわからんが」

「大丈夫ですよ。カスミさんは素直なヒトですから」

 吹雪が若葉の顔をまじまじと見ながらつぶやいた。

「ちょっと! 吹雪さんっ、それってどういう意味⁈」

 ふ、吹雪のバカが! 一言余計なんだよ……けんか売ってどうするんだ?


「なあ若葉、機嫌をなおしてくれ。カスミさんには明日キチンと話しをするよ」

「そうね、そうしてよ。フェアプレイの精神は大事よね」

「ん? どういう意味だ?」

「こっちの話。ときにしょうちゃんと吹雪さん、小説は書けてるの?」

「ああ。やっと第一話を公開したところだよ。なにせ久しぶりだからなあ」

「ご心配なく。この天霧吹雪がついてますから!」

 そっちの方がよほど心配だよ。

「夢に向かっての第一歩ってことね。わたしもそのWEB小説サイトを見てみるわ」

「そ、そうか。ちょっと恥ずかしいけど。まあ読んで見てくれ」

「いずれ書籍化されたあかつきには、エロマンガ先生かエロマンガ先生Gにイラストを……」

 こら吹雪! おまえはもう黙ってろ!


 若葉は別れ際に恐ろしいことを言い出した。

「そういえば、しょうちゃん一人暮らしになってからわたしまだ遊びに行ってなかったわね。こんど仕事ぶりを見がてらお邪魔しますから」

「え? えええ? チョ、チョット待った! 俺の部屋狭いし散らかってるし。若葉サンをお迎えするには恐れ多いです。ハイ」

「ご心配なく。カスミさんも誘って行くから。部屋を片付けといてね」

 な、ななな何がご心配なくだ! 空獣の襲来だ! 蒼穹のカルマ様お助けを……。

「それと、分身のことだけど。うちの学部に文月学園高校の出身者がいるから聞いてみるね」

「ああ、あの召喚獣システムで有名な……」

「フフフ、楽しみにしていますよ若葉さん」


 こうして今日も終わった。さあ吹雪、帰ったら小説の続きをかくぞ!


(わたしはしょうちゃんたちと別れてから頭の中を整理してみた。あの天霧吹雪はしょうちゃんのペンネーム。しょうちゃんの分身。しょうちゃんの夢をかなえるために出てきたという。なぜかわたしと有明カスミさんにだけその姿が見える。まず思い付くのはドッペルゲンガー……でも性別からして違うし、容姿も似ても似つかない。それに何よあの悪い性格。新種のドッペルゲンガーかしら。しょうちゃんに害を与えなければ良いけど。それとちょっと感じた違和感。彼女の真の目的は何? しょうちゃんの夢を叶えて天霧吹雪の名で書籍を出すこと? 本当にそれだけかしら。わたしにはわからない。こんど、カスミさんとしょうちゃんの部屋に乗り込んでみよう。なにかわかるかもしれない。あとは文月学園出身の友人、彼女なら相談にのってくれるかな。まずはとりあえずWEB小説サイトで星章太郎の、いや天霧吹雪の名で書かれた作品を読んでみることだわ。ちょっと楽しみ。エッチなこと書いてたら許さないからね!)

 





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