第5話

 僕は北風響。白金学院高校の進級したばかりの二年生である。

「北風っ、オハヨー」

「おう、峯雲、おはようさん」

「花粉症の具合はどーお」

「いいわけないだろ。ハークション!」

「もう、わざとらしい! お昼いっしょに食べようねー」

「あいよ」


 同級生の峯雲深雪と言葉を交わす。一年生の時から同じクラスの女子だ。進級時のクラス替えにより周囲の顔ぶれが大きく変わった。だが幸か不幸か深雪とはまた同じ教室で学ぶことになった。


 この新しいクラスでひときわ目立つのが冬月時雨さん。黒髪ロングに透き通るような白い肌、大きな瞳、目の覚めるような美人である。しかも成績は学年トップクラス、才色兼備の優等生なのだ。

 まあ少し足が速いだけが取り柄の僕にとっては高嶺の花である。少しでもお近づきになりたいものだが、100年早いと言われるだろうなあ。同じクラスになれただけでもありがたいと思えというもんだ。


 さあ、比較的自由な校風のこの学校で残りの高校生活をエンジョイするぞ。と思っていた。思っていたのだが。まさか、まさかあんなコトが起きるなんて……。


 その日、放課後の帰宅途中、僕は駅の近くの本屋に寄った。別に欲しい本があったわけではないがたまたま気が向いた。

 何か面白そうな本はないかな。ライトノベルのコーナーで立ち止まっていると、隣に人の気配がした。

 あれ? 誰かと思ったらクラスメイトの冬月時雨さんではないか。学年屈指の頭脳と美貌。長い黒髪の横顔もまたお美しい。輝くような気品に満ちている。

 僕が下校した時にはまだ校内に残っていたような気がするが。


「やあ、冬月さん。どうしたの」

 僕は思わず声をかけてしまった。ひ、姫様、と、とんだご無礼を!

「ん? 北風クンじゃん。そっちこそ何よ、エッチな本でも探してるんでしょ」

 ふ、冬月さん、な、なんてことを。いやホントのことだけど。そ、それにしても冬月さん普段とまるで別人のようだ。

 教室で僕と会話したことなどほとんどないし、口調も全然違う。もっと上品な話し方のはずだが。でも間違いなく僕の目の前にいるのは冬月時雨さんご本人様だ。


「それで北風クン、エッチな本あった?」

 啞然としている僕に冬月さんがたたみかける。

「ふ、冬月さん、人聞きの悪いこと言わないでよ。冬月さんこそここよく来るの?」

「うん、たまにね。それとアタシのことシグレって呼んでいいよ。アタシも北風って呼ぶから」

「え? えーっ、いいの? でも驚いたなあ」

「そう? そうかな。まあアタシと北風の仲だし。気にしない、気にしない」

 そんな、気にするなと言っても無理です、無理。だいたい、いつから僕と冬月さんがそんな仲になったんだ?

 

 その後僕と冬月さんは本屋を出た。

「それでね北風、悪いけど教室では今まで通りにしてくれる? アタシにもイロイロあって」

「うん、わかった。そうするよ」

 そうだよね。いくらなんでもギャップが大きすぎるよね。

「それと……」

 冬月さんはなぜかうつむいて言った。顔が耳まで真っ赤になっている。

「それと、き、北風……またこうして会ってくれないかな? えっと、その放課後とか休みの日に……待ち合わせして……」

 僕は正直驚いた。これって何? 付き合ってくれってこと? 冬月さんが僕と?

「ふ、冬月さん、何を言ってるの? 冗談だよね?」

「北風っ、シグレって呼べって言ったでしょ。あと冗談じゃないからね。それともアタシと会うのはイヤなの?」

「そんなそんな、滅相もない。僕でよければ喜んで」

「じゃあ決まりね。待ち合わせ場所はさっきの本屋さんってことで。また明日待ってるから」

「明日? うんわかった」


 そして冬月さん、いやシグレさんは身を翻すと風のように去って行った。


 一人になった僕は、しばしの間呆然としていた。あの冬月さんが……信じられん。ホントにビックリした。これは夢だマボロシだ。しかしどうも現実だったらしい。シグレと呼べだのまた会ってくれだのと一体どうしちゃったんだろう。

 これが峯雲深雪あたりだったらわかるのだが。深雪が聞いたら「だれが北風なんかと!」って怒るかな。


 しかし本当にあの冬月時雨さんと付き合えるのかなあ。教室では今まで通りにふるまってくれと言っていたし。ただ明日も待っていると約束している。どうしてもからかわれているとは思えない。

 まあ考えてもしょうがないよ。今日はいい夢が見られそうだ。楽しみ、楽しみ。


 翌日。登校して教室に入ると冬月さんはすでに席についていた。何人かの女子と楽しそうにおしゃべりをしている。

 机の上にカバンをおくと、級友の篠竹がやって来て、小声で僕に話しかける。

「よう北風、おまえきのう冬月さんと一緒だったの?」

 なんでコイツが知ってるんだ?

「え? そんなことは……記憶にございません」

「そうだよなあ。誰かが二人でいる所を見かけたって言ってたからさあ」

「だ、誰だそんなことを言ってるヤツは!」

「俺もよくわからん。それに冬月さんきのうは、先生の手伝いとかで結構遅くまで残ってたようだし」

 なるほど、たしかコイツはバスケットボール部で遅くまで練習しているんだっけ。

「そ、そうだろ。まったくくだらんことを……」


 とりあえず篠竹はうまくごまかせた。油断もスキもあったもんじゃない。今後は気をつけないと。そんなことを考えていると、次なる関門が……。

「北風っ、どういうこと!」

 今度は峯雲深雪のお出ましである。

「なんだ? なんか用か?」

「冬月さんがどうのこうのと言ってたでしょ?」

「知らん、知らん。俺は無実だ、ノンギルティだ」

「何言ってるの? 意味ワカンナーイ」


 そこへホームルーム開始のチャイムがなってクラス担任の星先生が教室に入ってきた。フー救われた。

 この後一時限目は世界史か。担当は天霧先生である。金髪碧眼の超美人。世界一可愛いと言われている。ウチのクラスの担任、星先生と付き合ってるとか、いないとか。

 いやいや、今はそれどころじゃない。とにかくなんとかして今日一日を乗り切って放課後は……。


 シグレさんとのデートが待っているのだ!



  

 


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