第3話
「なあ、眉村」
俺と眉村、それに吹雪と三人で学食に向かう途中、俺は眉村に話しかけた。
「おまえ何も感じないか? 何か見えないか?」
「ん? どういう意味だ?」眉村はキョロキョロとあたりを見まわした。
吹雪はというと知らんぷりしてソッポを向いている。やはり眉村に吹雪は見えていない。見えているのは俺だけのようだ。
「眉村くーん、ごはん一緒に食べよー」
ちょうどよく眉村に近くにいた女子から声がかかった。さすがイケメンのスポーツマン、くやしいがもてるヤツは違う。
「星、すまんな。おまえは早波さんが待ってるんだろ? 俺はここで消えてやるよ」
眉村は退場、俺は吹雪と二人だけになった。まったく都合よくできてるよ。
ちょうどその時、スマホに着信音が鳴った。まずいLINEだ。
『学食で待ってる』
案の定、早波若葉からだった。短い文章に殺気を感じる。なぜかお怒りのようだ。俺何か悪いことしたかなあ。ちょと怖い。長年の付き合いでその性格は良くわかっている。
「章太郎さん、どうするの」吹雪がニヤニヤしながら聞いてきた。
「うーん、若葉にはおまえが見えるようだし、どうしよう」
「ワタシは学食でいいわよ。若葉さんと会って話しをするのも悪くないわ」
「他人事みたいに言うな!」
このまま学食に行けば、若葉と鉢合わせして……。若葉には吹雪が見える。事情を説明して納得してくれるかどうか。気味悪いと思うかもしれない。たしかに分身が姿を現したなんて信じられんよなあ。
そもそも俺が天霧吹雪のペンネームでWEB小説を書いていることは誰にも話していない。話せば読者になってくれるかも知れない。だがそれでは俺の気が済まない。先入観なしで純粋に読んで楽しんでもらいたいんだ。まあ男の意地とプライドかな。
俺はちょっと考えてから決めた。近くにたまに行くそば屋がある。あそこなら安心だ。適当な教科書でも出して勉強するふりをしていれば、吹雪と会話しても怪しまれないかもしれない。俺は若葉のLINEは既読スルーしてそば屋に向かった。吹雪は黙ってついてきた。後で若葉からキツイお叱りを受けるかも。まったく何でこうなるのか。
「どうだ、いい大学だろ」
「そうね。きれいな女の子も多いし」
「ふん、おまえ自分の方が可愛いと思ってるだろ?」
「当然です!」
俺と吹雪はそば屋の隅の席で向かい合っていた。やはり水は一人分しか出てこなかった。ここでも吹雪の存在は認識されていない。こんなに可愛いのに。俺は作戦通り勉強するふりをしていた。周りからは一人ブツブツ言ってるように見えているのだろうな。
俺の通う白金学院大学は歴史のあるミッション系総合大学だ。世間では中堅どころの評価だが女子学生の比率は高い。キャンパス内にはおしゃれなチャペルなどもありけっこう華やかな雰囲気なのだ。受験生の人気も高いらしい。まあ俺にはあまり関係ないけどね。
「それで章太郎さん、次作のネタは思いついた?」
「全然だな。俺の分身なら分かるだろ。そうだ天霧吹雪に考えてもらおうかな」
「意地悪言わないで。午後の講義が終わったらソッコーで帰って書くわよ」
「勝手にきめるな!」
たしかに今日はバイトもないし、夜の予定も入っていない。要するにヒマなのだがこのままでは強制的に帰宅させられそうだ。まあ若葉や眉村の相手をするよりいいかもね。でも次に何を書くかホントに何も思いついてないんだ。パソコンに向かえば何か書けるかもしれないけど。
俺の場合、まずはノートに小説の登場人物やら、固有名詞の設定やら、だいたいのストーリーやらを書きなぐってから想像を膨らませて書き始めるスタイルだ。これが一番シックリ来るのだから。俺の分身ならそれくらい覚えておけ!
今回は本当に何もひらめいていない。ソッコーで帰って書けと言われてもねえ。午後の講義のあいだに考えようか。どうせ大教室での講義だし。寝てるよりマシだろうから。
幸か不幸か、午後若葉とは遭遇しなかった。LINEに『どこにいるの?』とメッセージが来たがこれも既読スルー。いつもはすぐにでも返信するのだが。眉村はというと女子に囲まれてよろしくやっている。今はかえって好都合というものだ。
しかし困ったのは吹雪だ。誰にも見えないのをいいことに、講義中、教壇に上がり教授の横でウロウロしたり、イケメンを見つけては隣に座ったり。こっちは冷や汗が流れたよ。やりたい放題やりやっがて。彼女が見えるヤツがいたらどうするつもりだ。俺は他人のフリをするからな。
そんなこんなで午後の講義は終わった。こうなったら本当にソッコーで帰ろう。若葉につかまるとやっかいだし。それに今日はもう疲れた。吹雪のおかげで余計な気を使いすぎた。俺と吹雪はキャンパスを後にして家路についた。
帰路の途中、眉村からスマホに電話があった。
「おーい、もう帰っちゃたのか。早波さんが探してたぞ。おまえホントに何やったんだ?」
「いや、俺は何もやってないぞ」
「ふーん、金髪碧眼のアマギリフブキさんがどうのこうのと騒いでいたけど。俺、イロイロ訊かれたが分からんと言っておいたよ」
「すまんな眉村。ちょっと事情があって……」
「まあいいや。とにかくうまくやってくれ。頼むよホント」
「うん、わかった。ありがとな」
眉村もタイヘンだったようだ。こんど何か埋め合わせをしないといかんかな。
一時間ほどで自宅アパートに帰り着いて、シャワーを浴びて夕食をとるとドット疲れがでた。ちなみに夕食はコンビニ弁当。ラノベの主人公は男でも料理上手が多いけど、俺は残念ながら料理は苦手である。自慢じゃないけどね。まあおいおい覚えればいいと思っている。しばらくは一人暮らしが続きそうだし。
吹雪は俺の創作の準備が出来るまで、部屋の隅でじっと待っていた。こういうところはいじらしいと思う。よし、とりあえず何から始めようか。
俺は創作ノートを引っ張り出して過去のメモを見直した。使えそうなネタもあったが、俺は新しいページを開いた。ボールペンでノートの空白をうめていく。
小説のタイトル……。
小説のテーマ……。
主人公の名前……。
ヒロインの名前……。
サブヒロインの名前……。
固有名詞の設定……。
簡単なストーリー……。
俺と吹雪は創作ノートと首ったけで作業を進めた。さすがは俺の分身だけあってよく意見があった。うん、この調子だ。よーし久しぶりに書くぞ。
しかしながらWEB小説コンテストに入賞するのは至難の業である。それこそ最低でも数千の応募作品が殺到する。世の中そんなに甘くはないのだよ。吹雪も分かっているはずだ。それに今日はもうおそいし。明日は大学の講義のあとバイトが待っている。
「章太郎さん、今日はこの辺までにしておきましょう。後はまた明日ね」
「そうだな。だが明日はちょと忙しいぞ」
「ええ、アルバイトもあるんですよね。エスペランサでしたっけ、楽しみです」
「お、おい、おまえまさかバイト先にまで……」
「当たり前じゃないですか。ワタシは章太郎さんの分身ですよ!」
「う、うそだろう! カンベンしてくれよ」
「なぜですか? ワタシが行くと都合の悪いことでも?」
「い、いや、べ、別に何もないよ」
「それじゃあ、決まりですね!」
俺は内心頭を抱えた。大学のみならずバイト先にまで。誰からも見えなければ良いが。また好き放題やるつもりか。まあ心配してもしょうがないか。
それにしても、俺のペンネーム天霧吹雪は世界一可愛いです。
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