第3章 摩訶不思議サーカス

 ある日の朝。ファントムパラディの小屋の中で、ネグリジェを着たマライアの美しい髪を櫛でとかしながら、シャツの袖を少しまくったディティは受話器を持って話しをしていた。寝起きのマライアは眠そうな顔をしていて、時折、寝落ちしそうになっている。


「まさかこんなに短期間に連絡が来るとは思いませんでした」


「……私もできればしたくなかった」


 受話器の向こうのロイド・ティンガー刑事がため息をついた。


「また事件ですか?」


「厄介でな」


「僕にできることならなんなりと……あぁ! マライア! 起きて!」


 寝落ちしそうになっていたマライアがディティの声ではっと目を覚ます。ロイド刑事が受話器の向こうで咳払いをした。


「あぁ、申し訳ないです」


「……先日、ある金持ちの不正な金が発覚した。そこで、警察が家に赴き、証拠の押収に向かったのだが、そこで妙なものを保護してしまった」


「保護?」


「こういうのはお前に頼むのが早い。早めに来てくれ。警察署で待っている」


「え? いいんですか? 僕が警察署に行ってしまって。人に見られれば見られるほど、記憶処理が面倒ですし、僕自身、あまり行きたくないんですが」


「……動ける状態じゃない」


「ふうむ……。わかりました。不本意ですが、向かわせていただきます」


 電話を切り、ディティが小さくため息をつく。手際よくマライアの髪を結んでいき、ふわふわの髪をツインテールにして、結び目の部分を綺麗に編み込んだ髪で一周した。


「人使いが荒いよなぁ……マライアー、起きてー。朝ごはん出来てるからー」


 うたた寝をしていたマライアが目を覚まし、机に用意された朝食を食べ始める。その様子を眺め、柔らかく笑ったディティは、キッチンで皿を洗い始めた。


「今日はどの服にするー? 僕的にはピンクがいい」


 マライアは黙々と朝食を食べ、期待の眼差しを向けるディティを見もせずに、小さく頷いた。ディティが顔を輝かせ、うきうきとした様子で皿洗いを終わらせると、キッチンを離れ、ピンクのワンピースを持って戻ってきた。


「今日の髪形に似合うよ~。ほら!」


 マライアは面倒くさそうに頷き、朝食を食べ終えた。


「あ、ちゃんと飴も食べてね。新しく作ったから」


 マライアはディティに言われるよりも早く、机の上に置かれていた小瓶に入っていたカラフルな飴を一つ取り出し、口の中に放りこんだ。そしてディティに近づくと、ディティが持ってきたワンピースを受け取り、自室に入っていく。


「準備できたら、一緒に行こうね」


 その背中を見送って、ディティが嬉しそうにそう言った。


    ◇


 警察署の中、いつも通りの小汚いコートを身に着けたディティと、ディティに言われた通りにピンクのワンピースに、編み上げブーツを履いたマライアが、手を繋いで歩いていた。通り過ぎていく人々は、二人にまるで興味のない様子で、横を通りすぎていく。


 案内された部屋の前にたどり着き、ディティが扉をノックした。


Bonjourボンジュール、ロイド刑事。言われた通りに来ましたよ……」


 扉を開けて中に入ったディティが、目の前の光景に目を見開いた。


「……早くどうにかしてくれ……」


 ため息をつくロイド刑事の左腕には、狐のような白い毛並みのファビュラスベートが巻き付いていた。ロイド刑事の腕を両手でしっかりとつかみ、脚のない下半身を巻き付けているファビュラスベートは、緑色の瞳でディティを見つめている。


「……どうして、甘えん坊カリンに懐かれているのですか?」


「こっちが聞きたい」


 近づいてきたディティに、カリンは怯えた様子でロイド刑事の腕にしがみつく。その可愛らしさに、マライアが目を輝かせた。


「金持ちの家で檻に入れられていたところを保護した時からこんな感じだ。おかげで家にも帰れん。ちなみに、その場に居合わせたもの全員に見えていたぞ。研究所なんかに連れていかれなくてよかったな」


「檻? 飼っていたということですか?」


「そうらしい。なんでも、奇妙なサーカス団から買ったと」


「サーカス団?」


 近づいてきたディティにカリンは怯え、ロイド刑事の腕から離れたかと思うと、今度はマライアの腕に巻きついた。マライアが嬉しそうにカリンの頭を撫でる。


「ファビュラスベートを売っているということですか?」


「わからん。調べてみたが情報がない。こういうのはお前の方がよく知っているだろう。要件は伝えた。そいつを連れてさっさと帰れ」


 部屋から追い出されるように外に出たディティは、マライアの腕に巻きついているカリンを見て、おいでというように手を伸ばした。カリンはその手を見てふいっと顔を背け、マライアに頬ずりし、ディティが小さく息をついた。


「懐かれたねぇ、マライア。とりあえず、その子を連れて帰ろうか。調べなきゃいけないこともあるしね」


 ディティがマライアに微笑みかけ、マライアは嬉しそうにカリンの頭を撫でた。


 二人が警察署を後にし、家に戻ろうと歩き出した時、上から聞こえてきた声に、二人が上を見上げた。


Bonjourボンジュール ディティ。この間ぶりね」


 赤い髪をなびかせ、上空から舞い降りてきたソフィーは、二人の目の前に降り立つと、にっこりと笑いかけた。


「なかなかに早い再開だね、ソフィー」


「えぇ、本当に。あら、マライア。その可愛らしい生き物はなあに?」


 ソフィーがマライアに近づき、カリンの頭を撫でた。そして、ディティを無視してソフィーはマライアの頬を両手で撫でまわし、愛おしくてたまらないというように、笑顔を浮かべる。


「いつ見ても可愛いわぁ~。ねぇ、マライア。私のところに来ない? 不自由はさせないわよ」


「やめてよ。それより、今日はどうしたの? 君が理由もなく会いに来るなんて思えないけど」


「話が早くて助かるわ。ほら、これ」


 ソフィーがローブの中から紙を取り出しディティに見せる。ディティがそれを受け取り、まじまじと見つめた。


「ポスター?」


 夜空色に塗られた紙には、赤と白と黒色の大きなテントと、それを囲むように、可愛らしい動物たちが描かれていた。だが、その動物たちは普通の動物と少し異なり、ファビュラスベートのような姿をしている。


摩訶不思議サーカスエントランジュシルク。最近巷で噂のサーカス団」


 ソフィーが言う通り、ポスターには大きな文字で『エントランジュシルク』と書かれており、『楽しい、可笑しい、愉快なサーカス! たくさんの摩訶不思議なファビュラスベートがお待ちしています!』と綴られていた。ディティが顔をしかめる。


「居場所不明のテント式サーカス団よ。毎回場所が違うから、見つけ出すのも一苦労らしいわ」


「……ファビュラスベート」


「アドミニストレーター様は放っておけない案件でしょ? なんでも、ファビュラスベートを使ってサーカスをやっているらしいの」


「どうして、これをソフィーが?」


「フィアナに頼まれたのよ。ほら、この前の儀式でやってきた変な集団、いたじゃない? それが関わっているとかなんとか。なんか危なそうだし、嫌な予感がしたから引き受けてあげたってわけ。それで調べてみたら、そんな感じ」


 ソフィーが肩をすくめて首を傾ける。ディティは険しい顔をしたまま、ポスターを見つめていた。


「……知らなかった……」


「見つからないようにうまくやってるみたいよ。それも、アドミニストレーターにバレないように念入りに。テントは移動し続けるし、客層も口のお堅い富裕層。目的はわからないけれど、金儲けでもしたいのかしら」


「……とりあえず、テントの場所を調べるしかないな」


「え?」


 ソフィーが間の抜けた声を出し、ディティが不思議そうな顔をした。


「もしかして、もうわかってる、とか?」


「まさか。そこまで優秀じゃないわ。でも、調べるなんて面倒なことをする必要ないじゃない。そのポスターを媒体に、魔法で転移すればいいでしょう?」


 なんてことないというように言ったソフィーに、ディティが思いっきり顔をしかめ、大きくため息をついた。


「あのね、ソフィー。忘れているかもしれないけど、僕は一ミリも魔力がなくて、空を飛ぶぐらいの魔法しか使えない魔法使いなんだよ。そんな高度な魔法が使えると思う?」


「あ、そうだった。あんたはファビュラスベートがいないと何もできないポンコツ君だったわね」


「……無能ですみませんでした……!」


「いいのよ。うん。仕方ない。私が送ってあげる」


「え?」


「私の魔法で送ってあげる。場所を調べるなんて面倒でしょ? マライアは私が見ていてあげるから」


「ついてきてくれないの⁈」


「マライアをおいていけないでしょ。それにあなたが行くのは敵の本陣。魔法もろくに使えないあなたがどうやってマライアを守るのよ」


「……はい」


 ディティの返答に、マライアがディティの手を離し、ソフィーに近づいていった。ソフィーは嬉しそうに微笑むと、マライアと手を繋ぎ、ディティに明るい笑顔を向ける。


「じゃ、そういうことだから、あとは頑張ってね、アドミニストレーター様」


「え、ちょ、ちょっと待って……!」


 ディティが止める隙もなく、ソフィーは人差し指をディティ向けると、呪文を唱え、指先から光の玉が出現し、ディティの周りを囲んで回り始めた。


「ちょっと気持ち悪くなるかもしれないけど、我慢してね」


「え⁈ ちょ、僕、三半規管弱い……!」


Au revoirオゥ・ホゥヴァア


 ソフィーの一言でディティの身体が宙に浮き、悲鳴とともにディティがポスターの中に飲み込まれていった。ソフィーは得意げに鼻を鳴らし、マライアの頭を撫でる。


「さて、甘いものでも食べに行きましょうか? マライア。飴は持っているの?」


 マライアが首を縦に振り、服のポケットの中から紙に包まれた飴を数個、取り出してソフィーに見せた。


「よしよし、じゃ、行きましょう」


 ソフィーがマライアの手を引いて歩き出す。鼻唄を歌いながら歩いていくソフィーに対して、マライアは一度だけ振り返り、その場に放置され、地面にゆっくりと落ちていくポスターを見た。ポスターは地面に落ちると同時に空気に溶けて消えていき、マライアはその様子を少しだけ心配そうに見つめて、ソフィーのあとについていった。


    ◇


「うわああ‼」


 悲鳴とともにポスターから飛び出したディティは、前のめりに倒れそうになり、二、三歩よろめいて体勢を持ち直した。その途端立ち眩みがして、ディティが頭を押さえる。


「グワングワンするぅ……」


 うめき声を上げながらこめかみを押え、ディティが聞こえてきた音楽に目を開けた。


 ディティはテントの裏に貼られたポスターから飛び出してきたようで、すぐそばにある大きなテントから賑やかな音楽と明かりが漏れている。あたりには木箱や檻などが積み重ねられており、ディティがその場から一歩踏み出そうとしたとき、聞こえてきた足音に動きを止めた。


「悲鳴が聞こえなかったか?」


「悲鳴? ファビュラスベートの鳴き声だろ」


 黒いローブを着た二人組の男がやって来て、木箱に貼られたポスターが揺れる。二人はディティがいたはずの場所を見たが、そこには誰もおらず、その場から去っていった。


「……危なかった」


 ディティが呟き、その場に姿を現した。ディティの右手の薬指には、青い石のついた指輪がはめられている。ディティは少し考えると、歩いて行った二人のあとを追いかけて行き、二人の背中が見え始めた途端、指輪が光りだして、ディティの姿が透明になって見えなくなり、発せられる足音も消えた。


 二人の背中に近づいたディティは不意に姿を現し、それに気が付いた二人が振り返る。ディティは素早く一人に向かって小瓶に入った粉のようなものを振りかけ、もう一人が声を上げる前に、その口の中に何かをねじ込んだ。


 粉を振りかけられた男が白目をむきながら後ろに倒れる。もう一人の男は口の中に入れられた種が発芽し、口の中で根を張って花を咲かせ、泡を吹きながら倒れた。


「少しだけ眠っていてね」


 ディティは倒れた男二人を物陰に引きずって行くと、男から剥ぎ取った黒いローブを頭からかぶり、顔を隠して、指輪を外した。


「この指輪、透明化した時に物理干渉ができなくなるのが厄介なんだよなぁ……」


 呟きながら指輪をコートの内ポケットにしまい、ディティはローブを被りなおしてその場から離れる。ディティが改めてあたりを見渡すと、そこは不思議な空間だった。


 テントが立っている場所は港のような場所だった。辺りは海に囲まれているが、その海は風もないのに怪しげに波うっていて、空は暗く、赤紫色をしており、無数の星が煌めいている。波止場には一艘の大きな船が止まっていて、そこから質の良い服を着た、富裕層と思わしき客たちが降りてきて、煌びやかな光を放つテントの中へと吸い込まれていった。


 テントの裏に出入り口を見つけ、その中に入っていった瞬間、聞こえてきた大きな音楽に、ディティが顔をしかめた。


Mesdamesメダム et Messieursメッシュウ 今宵は摩訶不思議な魔法の夜! 皆様を不思議の世界へと、ご案内いたしましょう‼」


 ディティがいる場所はテント内の舞台裏のようで、舞台側から歓声やキャストの声が響いてくる。だが、舞台裏では黒いローブを着た魔法使いたちがせわしなく動いているだけで、舞台に上がるための準備をしているキャストのような姿はない。衣装などが用意されている様子もなく、舞台裏にはたくさんの檻しかなかった。


 不思議に思ったディティが袖に近づき、舞台上を覗き見ると、外から見たテントの大きさからは想像できないほどの広い客席と、その中央にある舞台の上で、大勢のキャストが空中ブランコや玉乗りなどの芸を披露していた。その真ん中で挨拶をしたと思われる仮面をつけたキャストが、ステッキをもって方々に指示を出している。煌びやかな舞台の様子に、観客は魅了されて見とれていた。


「それでは皆さん! このサーカスの大目玉! ファビュラスベートの登場です!」


 仮面をつけたキャストがそう言うと、舞台上の幕が上がり、その中から檻が現れた。檻の中にはライオンのようなファビュラスベートが入れられており、うなり声を上げている。観客から歓声が上がり、檻が開けられた。


「魔法の世界に住まう動物たち、ファビュラスベートをとくとご覧あれ!」


 檻が開けられた途端、ファビュラスベートが飛び出し、キャストに向かって襲いかかった。だが、首輪についた紐のせいで後ろに引っ張られ、キャストの元にたどり着くことができない。うなり声を上げているファビュラスベートの下半身はタコの触手のようになっており、うねうねと蠢いていた。


「ご覧ください、皆様。このように、一見、凶暴に見えるこのファビュラスベート。ですが……」


 キャストがどこからともなく鞭を取り出し、地面を叩きつけて大きな音が響いて、ファビュラスベートが怯えたような声を出し、その場から後ずさった。先ほどまで牙を向いていた気迫は消えうせ、怯えた様子で姿勢を低くしている。


「このように。とても臆病で躾は簡単。さあ、皆様! 早い者勝ちです! いったい誰がこのファビュラスベートを手に入れますか?」


 キャストの声に観客たちが声を張り上げて値段を口に出し、サーカスの舞台はあっという間に売り場へと変わった。中央に立つキャストは得意げな笑みを浮かべ、釣り上げられていく値段に満足そうに身体を揺らしている。


 観客たちの大声に怯えて身体を小さくしているファビュラスベートの様子を舞台袖から眺めていたディティは、拳を握りしめた。


「おい、お前、なにしてる」


 不意に声を掛けられ、ディティが振り返ると、黒いローブを着た魔法使いが立っていた。ディティが警戒して少し身構える。


「こんなところでぼーっとしている場合か。これからどんどんファビュラスベートを出さなきゃならないんだ。人手が足りない。手伝え」


「……すみません。新人なもので……」


「はあ? 仕方ないな~。ほら、ついてこい」


「ありがとうございます」


 ディティが魔法使いのあとについていき、なぜか少し嬉しそうな魔法使いは上機嫌で進んでいって、階段を下っていくと、テントの地下にディティを案内した。地下には無数の檻が置かれており、その中に大小様々なファビュラスベートが、どこか不安そうな顔をしながら入れられていた。薄暗い部屋の中で、数人の魔法使いたちが慌ただしく、ファビュラスベートが入った檻を運んでいる。


「ファビュラスベートは魔法に敏感だから、ここで魔法使ったりするなよ」


 魔法使いにそう言われ、しばらくその光景を眺めていたディティは、その言葉を無視して近くの檻に近づくと、中にいるファビュラスベートを見つめた。


 ぬいぐるみの小さい象のようなファビュラスベートたちは、ボタンの目で怯えた様子でディティを見ていた。


「……すぐ出してあげるからね」


「おい、あんまり不用意に近づくんじゃ……」


 魔法使いが声をかけようとした瞬間、ディティはローブを脱ぎ捨て、コートの下から本を取り出すと、ひとりでに本のページがめくられていった。声をかけようとしていた魔法使いがはっとして、周りで作業をしていた魔法使いたちも異変に気が付き、ディティの方を見た。


「アドミニストレーターの権限として、ファントムパラディおよび汝の干渉を許可する」


 本のページが止まり、魔法陣が浮かび上がって青白く光り輝く。ディティの目は鋭く、いつものような胡散臭い笑みは消えていた。


夢見の森レーブフォレ


 ディティがそう言った途端、本から霧が溢れ出し、その場にいた全員の視界が白く染まる。霧とともに本から白い木の枝のようなものが辺りに張り巡らされ、枝は一斉に純白の花を咲かせると、霧に花粉を混ぜて漂わせ、魔法使いたちが小さな悲鳴とともにバタバタと倒れていった。


 霧が晴れるとともに現れたディティを除いて、その場にいた魔法使いは全員倒れていた。呼吸はなく脈も止まっているが、死んではおらず、仮死状態になっている。


 倒れた魔法使から鍵束を取り出し、ディティはファビュラスベートが入った檻の鍵を開けた。中からぬいぐるみの小さい像のようなファビュラスベートたちがわらわらと出てきて、ボタンの目から涙を流しながら、ディティの周りに群がっていく。


「うん。うん。怖かったね。もう大丈夫だからね」


 ディティが膝をつき本を開くと、ファビュラスベートたちは大人しく本のページに飛び込んでいく。ディティは次々と檻の鍵を開けていき、ファビュラスベートたちを元の世界に戻していった。ファビュラスベートたちは怯えた様子でディティに助けを求めるように近づいていく。


「うわっ!」


 最後の檻を開けた途端、飛び出してきた、蜂のような姿をした蜜の塊のようなファビュラスベートに、ディティが尻餅をついた。


 大きな檻の中に入っていたのは、クマのような姿をした、頭に黄色い花が咲いているファビュラスベートで、ディティを見て低いうなり声を上げると、ファビュラスベートの腹に着いたポケットのような腹袋から、蜂のようなファビュラスベートの大群がディティに襲い掛かる。


「わわわ! ちょっと待って!」


 ディティが慌ててコートの中から大きな赤い布を取り出し、頭から被って身を守る。大群は羽音を響かせながらディティに襲い掛かり、尻についた針で突き刺そうとした。


「待って、待って! 蜜は盗らないから落ち着いて!」


 布にくるまりながらディティが必死に叫ぶ。それでもファビュラスベートは攻撃を止めず、ディティはコートの下から黄色い団子のようなものを取り出すと、檻の中に向かって投げつけた。


 花粉が檻の中で充満し、それを吸い込んだクマのようなファビュラスベートの目がとろんと溶け、フラフラとその場でよろめいたかと思うと、その場に倒れた。ディティを襲っていたファビュラスベートたちも花粉に誘われるように檻の中に入っていく。クマのようなファビュラスベートは幸せそうな顔をして、大きないびきをかきながら、眠りこけていた。


 その様子にディティが布を取ってコートの中にしまい、眠るファビュラスベートに本のページを向けると、ファビュラスベートはページに吸い込まれていった。


「これで最後かな。いや~……やんちゃな子だった……」


 ディティが本のページを閉じ、ふうと息をついた瞬間、地面が揺れて、ディティの身体がよろめいた。それとともにディティの視界がぐるぐると目まぐるしく回り、気が付くと、ディティはテントの舞台上にいた。ディティが驚いてあたりを見回す。


「どうやら、このテントに白鼠が一匹紛れ込んだようだね」


 聞こえた声にディティが振り返る。そこには、先ほどまで舞台上でショーを繰り広げていた仮面のキャストが、不適に笑いながら立っていた。声を張り上げていたはずの観客たちは全員、席に座った状態で眠っている。


「このサーカスの団長が、この僕、ケイン・クラウンバークと知っての愚行かな?」


 ケインと名乗ったキャストが仮面を外す。黒い燕尾服とベストを身に着けたケインは、黒髪に赤い瞳を持ち、右目に泣きぼくろがあって、端整な顔をしている。仮面を投げ捨て、ディティに向かって不敵な笑みを浮かべるケインに、ディティがその顔を睨みつけた。


「だとすれば、君はとてもとても愚かだね。僕が作り上げたこの美しい世界で、悪事を働こうなど言語道断!」


 ケインが無駄に恰好付けた素振りでディティに片手を差し出し、その手の中で、紫色の魔力が渦巻いた。ディティが身構える。


「今宵は楽しいショーの夜! お客様にこのような目に余るイレギュラーなキャストを御覧に入れるわけにはいかないので、今宵はご自宅にお送りいたしましょう!」


 ケインが両手を広げると、客席が次々と消えていき、観客もそれとともに消えていく。サーカスの舞台が突然揺れたかと思うと宙に浮き、テントが花開くように頭頂部から開いて、舞台は無数に星がきらめく紫色の宇宙のような空間に放り出された。


「さぁ、始めよう! 命まで取りはしない。白鼠君。大人しく捕まってくれるかな?」


 不適に笑うケインに、ディティは一度目を閉じて息を吐くと、目を開けて、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべた。


「無理です」


 ディティがそう言い放ち、コートの下から取り出した何かをケインに投げつけ、それは地面に当たった瞬間に眩い光りを放った。ケインがその光に目を覆い、はっとディティがいた場所を見ると、そこにディティはおらず、ディティは手にした本から飛び出した太い草のつるに乗って、高い位置からケインを見下ろしていた。


「……見下ろすっていうのは、失礼じゃないかい?」


 ケインが少し頬を引きつらせながらそう言った瞬間、つるに大きな花が咲き、その花から大きな種が打ち出されて、ケインに向かっていった。


 ケインはニヤリと不敵に笑うと、右手の人差し指と親指で輪を作り、輪に向かって息を拭きかけ、輪から炎が噴き出される。炎は飛んできた種とともに、ディティが足場にしているつるを燃やし尽くして、ディティが伝って来る炎から逃れるために、そこから飛び降りた。


 落ちながらディティは素早くコートの中から細い筒のようなものを取り出し、息を吹き込むと、大きなシャボン玉ができて、ディティの身体を包み込んだまま宙に浮いた。


 それを狙って、ケインが自分を取り囲むように出現させたトランプが飛んでいき、シャボン玉に突き刺さったが、シャボン玉はそれに反発して、トランプを跳ね飛ばした。


「……ふむ」


 ケインが顎に手を置いて呟く。ディティが静かに舞台上に降り立ち、またコートの下から何かを取り出そうとした瞬間、ディティの周りを取り囲むように、カラフルな風船が出現し、それが破裂すると同時に、中から飛び出したリボンがディティに巻きついた。


「クソッ……」


「さっきから君はふざけているのかな? 白鼠君」


 ケインがディティをあざ笑うようにゆっくりと近づいてきた。ディティはリボンをほどこうともがいているが、ほどけそうにない。


「魔法道具に頼ってばかりで魔法を使う素振りがない。そんなことで、美しく、魔力も底知れないこの僕を、倒せると思っているのかな?」


 ディティはもがき続けている。ケインの周りに次々とトランプが出現し、ケインは笑顔を浮かべているが、その目は笑っていなかった。


「からかっているならやめた方がいいね。あやまって、殺しかねないよ?」


 ディティがケインを睨みつけるが、ケインは気にせずに向かって来る。その時、ディティのコートがもぞもぞと動き出した。ケインが不思議そうな顔をして立ち止まり、ディティがにやりと笑った。


「マラン‼」


 ディティが叫んだ瞬間、ポケットの中からマランが飛び出し、ケインの顔面に飛びついた。


「うわぁ‼」


 ケインが情けない声を出し、マランはかまわずケインの顔を小さな手でひっかきながら、一心不乱にしがみついていた。


「アドミニストレーターの権限として、ファントムパラディおよび、汝の干渉を許可する」


 その隙に、ディティは縛られた状態で器用に本のページを開いた。


鋼鉄の羽アシエエフェメール


 ページが青白く光ると、本の中から銀色の蝶のようなファビュラスベートの大群が飛び出した。アシエエフェメールの羽は薄い刃物のようになっていて、ファビュラスベートはディティを縛っていたリボンを切って、ディティを自由にすると、マランに襲われているケインのもとに向かっていった。


「なっ‼」


 マランを振り払ったケインが向かってきたアシエエフェメールの群れに驚きの声を出し、腕で顔をかばう。群れはケインの服や顔を切りつけ、小さな切り傷ができていった。


「……暴力的な幼馴染も、ナルシストなクソ野郎もそろいにそろって……」


 群れはケインを切りつけるだけ切りつけて、ケインのもとを離れると、ディティが持つ本の中に戻っていく。ケインがその場でよろめいて、前を見ると、怒りに染まった表情をしたディティが目の前に立っていた。ケインの顔が引きつる。


「自分のできることが他人にも簡単にできると思うんじゃない‼」


 ディティがケインの顔面を殴りつけ、ケインの身体が後ろに吹っ飛ぶ。ケインを殴ったディティの右腕には金色の腕輪がはめられていた。


「魔法道具に頼って何が悪い‼」


 ディティの声が辺りに響く。吹っ飛ばされたケインは舞台上から飛び出し、落下していくと思われたが、ケインは何もない空間で何かにぶつかって止まった。それと同時に「キャイン!」という、悲鳴のような鳴き声が聞こえた。


「へ?」


 ケインが間の抜けた声を出す。すると、何もいないと思われていた空間から、背景に擬態して身体の色を変えていた、ライオンのようなファビュラスベートが現れた。


「あ、ライオンのようなタコリオンプルプ……」


 ディティが忘れていた、というようにファビュラスベートの名前を呟く。ケインはリオンプルプの下半身の触手にぶつかり絡まっていた。リオンプルプは驚いて取り乱し、悲鳴に近い鳴き声を出しながら暴れ始める。


「うわっ‼ ちょっ‼ やめろ‼」


 ケインが逃れようと暴れるたびに、リオンプルプも驚いて暴れ、触手はさらにケインに絡まっていく。その光景を、ディティは苦笑いで見つめていた。


「待てっ……しまっ……」


 リオンプルプはパニック状態で、触手はケインの首に絡みついていき、ケインを締め上げていく。


「あ、ちょっと! 落ち着いて!」


 ディティがさすがにまずいと思い、リオンプルプをなだめようと声をかけるが、その声はリオンプルプに届かない。ついにケインは息ができなくなり、リオンプルプに締め上げられて、意識を失った。


    ◇


「……で?」


 ディティが腕を組み、目の前で座り込んでいるケインを見下ろしながら言った。ケインはふてくされたように頬を膨らませている。


 サーカスのテントは元に戻り、二人は舞台の中央にいた。観客席は消えたままで、マランはケインを馬鹿にするように、ケインの頭の上に座っている。ケインは意識を失っている間に、ディティに魔力封じの手錠をはめられ、魔法が使えず抵抗できない状態だった。


「どういうことか説明してもらえる?」


「……それよりもまず、僕の美しい顔に傷をつけたことを謝るべきじゃないかな?」


「もう一度殴ってほしいの?」


 笑顔を浮かべながら右腕の腕輪を見せるディティに、ケインは不服そうな顔をしながらも、首を横に振った。ディティはケインの頬に残った痛々しい痕と、顔や手についた切り傷を見て、小さく息をつく。


「プティ」


 ディティの声に反応して、耳飾りになっていたプティが動き出し、ケインのもとに飛んでいくと、ケインの頭上を旋回して羽の鱗粉を振りかけた。鱗粉を振りかけられたケインの傷が、みるみる消えていく。


「さて、これで話してもらえる? クラウンバークっていったら名家でしょ。そんな家の息子がどうして、この世界を魔法使いのものに! なんて思考の奴らに協力しているのさ? 僕の記憶が正しければ、クラウンバーク家の当主はそんな人じゃなかったはずだよ」


「この世界を魔法使いのものに?」


 訳が分からないというような顔をしたケインに、ディティが眉を顰める。


「何の話かな?」


「……はぁ?」


「僕はあの黒いローブを着た集団に、サーカス団の団長をやってくれないか、と言われて、最近、退屈していたし、おもしろそうだと思っただけだよ」


「え……」


「美しいこの僕が団長となれば、サーカスは繁盛すること間違いないし、奴らは僕が作り上げたこの空間を気に入ったのか、褒め称えてくれたしね。待遇も僕の家よりいいぐらいだったよ。まったく、パパはいつも僕にしっかりしろと言うだけで、何もしてくれない」


「……え、ちょっと待って」


「それに、奴らが連れてきたファビュラスベート、という生き物はとても興味深かった。あんな不思議な生き物がいるのかと驚いたよ。あの生き物の魅力を多くの人に伝えたいという奴らの考えにも賛同できたね! そういえば、君はいったい何者だい? あの本のことも、詳しく教えてくれ!」


 目を輝かせながら問いかけてきたケインを、ディティは何も言わずにもう一度、右手で殴った。ケインが「痛い‼」と声を上げる。


「ひどいじゃないか‼」


「ちょっと黙ってくれない?」


 ディティの冷たい声色に、ケインが口を閉じる。ディティの拳は怒りで震えていて、もう一度ケインを殴りそうな勢いだった。


「ということは、君はなにも知らないまま、ただおもしろそうだというだけで、ここでサーカスをして、ファビュラスベートを売り捌いていたと?」


「な……まるで僕が悪いというような言い方じゃ——」


「お前は馬鹿かっ‼」


 声を荒げたディティに、ケインの肩がびくりと震える。ディティは大きく息を吸って吐き、頭を抱えた。


「隔てられた二つの世界において、ファントムパラディに住まうファビュラスベートを人間の世界に連れて来ることも、ファビュラスベートを人間に認識させることも、二つの世界の境界を保つために禁止されている。しかも、君を煽てていた集団は、自分達が狭間の者であることを不満に持ち、境界の壁を壊そうとしていた。このサーカスは、人間にファビュラスベートを認識させ、境界を不安定にさせるために作り上げた。君が作ったこの異空間は、隔てられた二つの世界のどちらにも存在せず、狭間に位置するため、ファントムパラディにも人間世界にも干渉しやすかったから気に入っていただけだろうね」


「え? じゃあ、僕は……」


「君は利用されただけ」


 冷たく言い放たれたディティの言葉に、ケインはショックを受けて黙り込む。マランが馬鹿にするようにケインの頭を軽く叩き、鳴き声を上げると、ケインから離れてディティの肩に上っていった。


「じゃ、じゃあ、僕は、悪事の片棒を担いでいたと……」


「そういうことだね」


「そんな! 僕はなにも知らなかったんだ! 頼むよ! パパには言わないで!」


「そんなこと言われても……」


 悲痛な表情で訴えるケインに、ディティが困った顔をする。マランがディティの肩の上で、楽しそうに笑っていた。


「お取込み中、失礼するわ」


 不意に聞こえた声にディティが振り返ると、音もなく、その場からソフィーが現れた。ソフィーがマントをめくり、中からマライアが顔を出して、ディティがパアッと顔を輝かせる。


「マライア! 迎えに来てくれたの?」


「私が迎えに来てあげたの。そこの坊やがクラウンバーク家の一人息子?」


「え? うん。なんで知ってるの?」


「あんたがここにいる間、私が本当にマライアとお茶をしていたと思ってるの? 私はあんたと違って有能なの。いろいろ調べてたのよ」


 ケインはポカンとした表情でソフィーのことを見つめている。マライアがディティの元へと歩いていき、ディティが嬉しそうにマライアの頭を撫でた。マライアは嫌がることもなく、ディティのことをじっと見つめている。


「まず、黒いローブを着た集団と、クラウンバーク家はなにも関係ないわ。その坊やは本当に何も知らずに巻き込まれていたようね。今回の騒動はどこの名家も関わっていない。下級魔法使いたちがこれまでもひしひしと感じていた不満を今になって爆発させて、問題を引き起こしたようね。集団は私の家と妹が居場所を特定して壊滅させたから、もう悪事をすることはできないでしょう。しょせん、権力もなにもない低級どもの寄せ集め。再構築は不可能でしょうね。聞いてる?」


 ソフィーがマライアと戯れているディティを睨みつける。ディティは肩をすくめて、ようやくソフィーの方を見た。


「まったく……集団の壊滅をクラウンバーク家も手伝ってくれたの。不思議に思って妹がわけを聞いたら、一人息子が行方不明で、どうやらその集団と一緒にいるところを目撃した者がいるらしい、もしかしたら攫われているのではないかと気が気でない、って言ってたそうよ。まあ、様子を見る限り、攫われていたようではなさそうだけど」


 ソフィーがケインを一瞥し、小さく息をついた。


「サーカスが人間に売りさばいたファビュラスベートはアスティカベル家で回収したわ。そのあとのことは、アドミニストレーター様にお任せする。今回のことは全部、アスティカベル家が処理してくれるそうよ。妹が過労死しないか心配だけどね」


「ありがたいよ。ファビュラスベートは僕が責任を持ってファントムパラディに送り届けるね」


「さて。じゃあ、そちらのお坊ちゃんは私が連れて行くから」


 ソフィーがケインに向かっていき、呆然としているケインを見下ろしながら、腕を組んだ。


「私が言えたもんじゃないけど、あまり親に心配をかけるものじゃないわ、お坊ちゃん」


「……美しい……」


「え?」


 突然、ケインが身を乗り出し、手錠をされたままの手で、ソフィーの手を握った。ソフィーがその行動に困惑し、ケインの手錠にヒビが入ったことに気が付いたディティが、慌てて二人の間に入ろうと動き出す。だが、ケインの瞳は光輝いており、ディティが面食らったような顔をした。


「美しい! あなたのような美しい女性に会ったのは初めてだ!」


「はあ?」


「僕の名前はケイン・クラウンバーク。あなたに心を奪われました。是非、僕の伴侶に———」


「ちょ、ちょっと待って! 君!」


 ディティが慌てて声をかけるが、ケインの耳にはディティの声が聞こえていないようで、うっとりとした様子でソフィーを見つめている。ソフィーは顔を引きつらせて、自分の手を握るケインを見つめた。


「ソフィーだけはやめた方がいい‼ ろくなことにならないから‼」


「お黙り」


 ソフィーがそういった瞬間、ディティの頭上に突然、銀色のバケツが出現し、ディティの頭をめがけて落下した。大きな音とともにバケツが直撃したディティが倒れ、マライアが呆れたようにディティの足を軽く蹴る。ソフィーがフンと鼻を鳴らし、ケインの手を振り払った。


「百年早いわ、お坊ちゃん。それに私、お馬鹿な子は好きじゃないの」


「それならば、今からでも世界一賢い頭脳を手に入れて見せましょう!」


「そういう話じゃない。それに、私は誰にも縛られないわ」


「縛るなど滅相もない! 僕はただ、あなたに隣にいて欲しいだけ——」


「ちょっと黙ってくれるかしら?」


 ソフィーがケインに笑いかけた瞬間、ケインの口がまるで縫い付けられたように閉ざされ、ケインが驚いた様子で何か言葉を発しようと、もごもごと口を動かそうとする。ソフィーがそれを気にすることなく、人差し指をケインに向けると、ケインの身体が宙に浮き、ソフィーが大きくため息をついた。


「ひどいなぁ……事実を言っただけじゃないか……」


「もう一発落としましょうか?」


 頭を押さえながら立ち上がったディティに、ソフィーが笑顔を向けながらそう言って、ディティは苦笑しながら首を横に振った。


「はぁ……変なのに懐かれたわ」


「よかったねー」


「……今度はバケツじゃすまさないわよ」


「大変申し訳ありませんでした」


「じゃ、私はこの子を連れて帰るから、帰りたいならこれを使って、マライアと一緒にかえりなさいな」


 ソフィーがディティに向かって何かを投げつけ、ディティがそれをキャッチする。ディティの手には、赤色の宝石が握られていた。


「私の魔力を結晶化したものよ。それ使えば、あんたも転移魔法ぐらい使えるでしょう? また近いうちに会わないこと願うわ。じゃあね、マライア」


 ソフィーが笑顔でマライアに手を振ると、ケインとともにその場から消えた。残されたディティは大きく伸びをして「疲れた~」と声に出す。


「じゃあ、僕たちも帰ろう。マライア」


 ディティがマライアに笑いかける。だが、マライアはその言葉になんの反応も示さず、まっすぐディティを見つめて、ディティに近づいてきた。ディティが不思議に思って、マライアの顔を覗き込もうと、その場に膝をついてマライアと目線を合わせる。


 マライアは静かにディティの前までたどり着くと、ディティに向かって手を伸ばし、ディティの頭にポンと手を置いた。ディティが驚いて目を見開く。マライアはすぐに手を離し、なにもしていないというようにディティから目を逸らした。


「……心配してくれてたの?」


 マライアはディティと目を合わせようとしない。その様子にディティがふっと柔らかく微笑んで「ありがとう」とマライアの頭を優しく撫でた。


「さぁ、帰ろう。まあ、帰ったら帰ったで、仕事に追われるんだろうけどね……」


 ディティが小さくため息をついて、マライアに手を差し出した。マライアがその手を握り、ディティが嬉しそうに微笑む。


「今日は素直だねぇ」


 呟いたディティを、マライアがうるさいというように軽く叩いた。


    ◇


 カリン『甘えん坊』

 狐のような姿をした可愛らしいファビュラスベート。後ろ脚がない下半身で他のファビュラスベートや木の幹などに巻きついて、巻きついた対象に依存する形で共存する。カリンが持つ緑色の瞳には魅了作用があり、目を合わせるとカリンを守りたいという衝動にかられる。人間や魔法使いにはその効果があまり作用しないのは、カリンが人型の生物に対して恐怖心を抱いているからだと思われる。


 リオンプルプ『ライオンのようなタコ』

 ライオンのような上半身に、タコのような触手の下半身を持つファビュラスベート。触手が本体であり、触手の中心に本物の目がある。臆病な性格でとても非力だが、上半身を使って威嚇をすることで外敵から身を守る。身体の色を変化させ、擬態することができ、その性格からファントムパラディで目撃することは困難である。


 ルジュエエレファン『小さなおもちゃの象』

 つぎはぎだらけの小さな象のぬいぐるみのようなファビュラスベート。とても力持ちで自分の倍以上あるものを軽々と持ち上げる。破れたりすると中から綿が出てくるが、ボタンの目からは涙を流すことがある。人間に対してとても友好的で、子供のおもちゃ箱に混じっていることが多い。おもちゃを大切にしない人間に対しては攻撃的になることがあるので注意が必要。


 アベイユウルス『蜂飼い』

 腹部にポケットのような袋がついている、クマのようなファビュラスベート。蜜を固めて作った蜂のようなファビュラスベートと共存しており、ポケットの中にはそのファビュラスベートの巣が入っている。巣で作られる蜜はとても美味なため、巣が外敵に狙われるので、アベイユウルスが巣を守る代わりに蜜を貰うことで、良好な共存関係を築いている。アベイユウルスの頭の上に咲く花は独特な香りを放つため、巣から離れたファビュラスベートはその香りを頼りに戻ってくる。


 ボンブエルブ『砲撃草』

 ファントムパラディの騒然密林ブリュイアンジャングルに生息する巨大植物。太いツタに咲く大きなピンク色の花の中央に、硬く大きい種子ができ、自分を脅かす敵に向かって種子を打ち出す。種子は大砲並みの威力を有するので、近づく際は注意が必要。

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