第15話 進軍

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 それから俺達は、王都を拠点にして強くなるための訓練に明け暮れた。内心でまだかまだかと復活の気配を探りつつ、心の何処かで「まだ復活してくれるな」と願う日々は、俺達の神経を擦り減らしていった。


 国内からは、完全に復活する前に叩くべきではないかという議論ももちろん上がった。そして実は、俺もそれには賛成だった。先代勇者が戦った時に多くの被害を出した魔王討伐戦を、もう一度万全な状態で挑みかかる必要はない。


 だが、肝心な魔王の姿が確認できず、瘴気に包まれて復活した魔王城に勇者の加護なしで偵察することも難しかった。もし仮に魔王が物理的復活を遂げていなかった場合、いたずらに戦力を消耗するだけで終る可能性もあり、むしろ魔王がそれを期待している可能性すらあった。


 ならば、やはりより確実に叩くためには、魔王復活時にこちらの戦力を最大まで高めるべきだと結論付けられた。


 結局、魔王が完全に復活するまでは相当に長い時間がかかり、実に数年を要した。再びの宣戦布告が為された時、シビルは17歳、ロックは12歳になっていた。


 


 シビルは、やはり王都では差別の対象となった。青白い肌と片角を恐れ、街中では誰もが避けて近づこうとはしなかった。


 ただシビル本人はそれを全く気にする素振りも無く、むしろ転んで怪我をした子供を治癒した事もあったことから、ごく一部の住民からは心優しき魔族として例外扱いされている。率先して向こうから交流を図ることは少ないが、助けた子供の親が声の高い野菜売りだったこともあり、最初期に比べればかなりマシな扱いになったと言えるだろう。


 流石にレストランには入れなかったが、露店で買い食いする程度なら出来る程度になっていたのは、ひとえにシビルの優しさと行動の賜物だ。


 戦闘能力も飛躍的に向上し、俺が想定していた通り上級魔法の詠唱を短縮することに成功させ、無詠唱魔法であっても簡単に魔力拡散されないほどの密度で魔法を練り上げることができるようになった。


 棒術の方も、差別意識の強い暴漢程度なら箒で圧倒出来るレベルになり、これなら問題なく魔王討伐へ連れていけるだろうと、小隊長殿も太鼓判を押していた。


 ロックの方は……幼少の頃とはさらに印象が変わった。子供らしさは完全に消え失せ、年齢以上に大人びて見える美少年へと変貌した。父親譲りの燃え上がるような赤い髪と、反対に氷を思わせるような蒼い瞳は同年代の少女たちを魅了した。


 腐ることなく魔法訓練を進め、専門の魔術部門からも指導を受けた彼は、光魔法の威力と相まって王国最強戦力の一人と評価されている。流石に剣の技術だけで模擬戦を行うと小隊長殿に及ばないが、それでもリシャールに匹敵するだけの腕前は持っていた。俺も何度か相手をしたが、最近は負け越すことが多くなってきている。


 そんなロックが唯一その瞳の氷を溶かすのは、騎士団の古株たちと小隊長殿、俺、そしてシビルに対してだけだ。


 特に最初に出会った騎士であるアルスへは、個人的な憧れもあってか、笑顔も交えてよく話している。そしてシビルへの淡い想いは明確な恋慕へと進化し、シビルもその想いには気付いており、よく二人きりで出掛けていた。


 それ以外の人間に対してはどこまでも冷徹に振る舞い、国王に対しては刃のような鋭さまで加わっていた。


 流石は勇者の息子だと王族達がほめたたえる中で、ロックが俺の前でだけ嗤いながら漏らした言葉が今も耳から離れない。


「バカどもが」


 その瞳は憎しみを超え、怒りを超え、血の滴るような憎悪が明確に宿っていた。彼は国のためではなく、ましてや世界平和のためでもなく、あくまで愛する人々のために戦おうとしていた。だからこそ彼は聖剣に選ばれ、対話に至れたのだろう。


 あの日リシャールが勇者の力を失ったのは、おそらくロックほど護ることへの執念が無かったからだろう。転じてロックは魔王を倒した後、果たして勇者の力を失うのだろうか。


 俺にはそうは思えなかった。もし失うとするならば、それは俺たちから守るべき敵がいなくなったその時だろうから。




【愚かな人間どもよ。今一度降臨し、今度こそ根絶やしにしてくれる】




 魔王が直接頭に語り掛ける形で宣戦布告が為され、すぐに討伐軍が編成された。その数、約500。前回の2倍近い戦力だった。ロックとシビルを中心とした遠征が始まり、すっかり髪の毛が白くなった小隊長殿がすぐ横に付いた。俺は、その小隊長殿の左手側に配置された。


「敵襲!敵襲ー!!」


「ロック!お前は範囲魔法で敵の勢いを削げ!シビルはロックの補佐だ!ロックに近づいてくる敵をすべて無詠唱魔法で撃ち落とせ!余裕があれば範囲魔法でお前も殲滅に回れ!」


「はい!」「わかったよ、パパ!」


「トリスタン!」


「なんでありますか!小隊長殿!」



「……はい!」


 魔王城までの道のりはそれほど長くないものの、断続的に敵が襲ってきた。しかし生きている魔族の数は少なく、敵の殆どがアンデッドとして蘇った魔族どもと、狂暴化した魔獣達だった。前回の行軍の時と比べれば、今回の魔王軍は一段落ちると評価してよかった。


 だがアンデッドが使われたのもあって敵の数が無尽蔵であり、まるで敵軍の中を掻き分けて進むかのような、途方もない行軍となった。今回は陽動部隊も3つほど編成して討伐軍を援護していたのだが、それでもかなりの被害が出てしまった。


 魔王城に到着した頃には、本隊で戦闘可能な兵の数は20を下回っていた。敵の数が多かったのが一番の原因ではあるのだが、加えて死んだ味方が敵となって襲ってくるのを見て、こちらの士気が落ちた。


 それでも中心戦力を損なうことなく魔王城に到着できたことは、ある意味で奇跡かもしれない。子供達も、そんな凄惨な光景に心折れることなく、戦い続けてくれていた。


「くそっ!魔王城の中も敵だらけか!」


「みんな!逸れるなよ!」


 今回は魔王城に到着しても謁見の間へは誘導されなかった。それどころか、謁見の間に至るまで相当な数の敵が絶え間なく襲い掛かってきた。


 騎士たちは傷つき、倒れ、それでも俺たちを謁見の間まで導いてくれた。多数の古株たちが倒れたが、誰もが振り返らずにただ前へと進んでいった。


 そしてついに、前回俺が留守を任された地点まで到達した。


「よぉし、ロック!シビル!トリスタン!お前らで魔王を仕留めてこい!」


 小隊長殿は血のりと腐肉で汚れた両手剣を構え直し、謁見の間を守るようにして俺たちに背を向けた。生き残った10名程の騎士たちも、笑いながら敵を迎え撃っている。


「そんな、小隊長殿は!?」


「この数を抑えて退路を確保するのは、お前では力不足だ!これならまだ魔王の方がマシってもんだ!」


 言葉とは裏腹に、小隊長殿の剣は冴えていない。老いた小隊長殿の体力は限界を迎えつつあった。


 嫌だ、俺も残る。そう言いたかった。これが今生の別れになるなんて認めたくない。


 だが、小隊長殿は首だけをこちらに向けてニカっと笑った。初めて出会った、あの日のように。


「行ってこい!そしてさっさと勝って帰ってこい!ここで待っててやるから!」


「さっさと行ってこい勝ち逃げ野郎!!いい加減俺らも疲れてるんだよ!!」


「若い男女を二人きりで行かせる気ですか!!」


「先輩!!ご武運を!!」




「みんな……すまない!いくぞ、ロック、シビル!」


「皆さん、ごめんなさい……!」


「絶対に勝ってきますから!!」


 騎士たちに背中を押された俺たちは、謁見の間の扉を開き、中に入るとすぐに扉を閉めた。




 暗闇が支配する奥に、一人の男が鎮座していた。
















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「それで、実際のところはどうですか小隊長殿?」


「ぬわははは!正直今すぐにでも帰って寝転がりたいわ!疲れたなあ!」


「はぁ……疲れましたねえ……いや本当に……。あの野郎、ちゃんと勝てるんだろうなあ?」


「大丈夫です。先輩なら必ず勝って帰ってきます。今度こそ、必ず」


 小康状態にあった戦場の奥から、再び敵の波が迫ってきていた。


「総員、深呼吸3回!」


 敵の足音が地面を揺らす。


 白髪を血で濡らした小隊長がニヤリと笑う。まるで勝利を確信するかのように。


 勝つ保証など、ありはしないのに。


「…………良い面だ。帰ったらいい酒を奢ってやる。総員、突撃!!」


 謁見の間の前で、最後にして最大の正面衝突が巻き起こった。




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