第14話 強くなって

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 国王との謁見を終えた俺達は、その足で第一騎士団の宿舎へと向かった。そこには、俺がよく知る数名の騎士達と、俺の知らない多数の騎士が詰めていた。どうやら俺への手紙の出し主は、その多くが既に現役を引退していたらしい。


 だが無理もない。第一騎士団は王城勤務が主任務の第二騎士団と異なり、魔獣や魔族との直接対決を主任務とする実戦部隊だ。怪我や戦死によって現役を引退するのも珍しくない。12年越しで知っている顔が残っているだけでも、十分幸運と言えるだろう。


 その幸運を象徴する一人が、小馬鹿にした態度で話しかけてきた。


「よお、最低な少女趣味ロリコン野郎!よくもここに顔見せられたな!」


「やめろ、娘に誤解されるだろ」


 ラゴス。口は最悪だが人情に厚く、腕は立つ。人情に薄い人間が、落伍した仲間に手紙を書いたりはしない。


「パパ、少女趣味ロリコン


 その一言で、宿舎内の温度が一気に冷えた。そして逆に、約一名の温度が急激に上昇していく。


「……貴様、これ以上孫娘に余計なことを吹き込んでみろ。そうしたら……」


「す、すみませんでしたあああ!!」


「?」


 ……口は災の元だな。


「トリスタン先輩、よく無事で」


「ああ、お前もな」


 ロン。こいつは魔王討伐の年に入隊した不運なやつだが、それから今日まで生き延びる悪運はあったみたいだな。


「剣の腕は上がったか?」


「私には槍とクロスボウの方が向いてたみたいで、今は狙撃手を務めてますよ」


「確かにお前は敵の観察が上手かったよな。天職だと思うよ」


「なんだ?勝ち逃げ野郎が偉そうにご講釈かよ」


 ……ああ、アッシュか。俺よりも一ヶ月だけ早く入隊した男だ。かなり年上のはずだが、その目は覇気で溢れている。


「まあな。元先輩特権ってやつだ」


「なら俺も先輩特権を使わせてもらうぞ。来い、今度こそ決着を付けてやる」


「今日は駄目だ。明日復帰するまでは、ただの一般人だからな。明日になったら相手してやるよ」


「忘れるなよ」


 相変わらずギラギラしてるな。もういい歳だろうに。


 さて……これで最古参のメンバーとは一通り挨拶したな。どうせ明日会えるし、今日はもう休もう。


「小隊長殿、俺の家はまだ残ってますか?」


「残念ながら、お前が死亡したと認定された日に売却されている。あの家は、今は他人が住んでいるよ」


 ……そうか。でも、その方が良いのかもしれないな。あの家は思い出と残り香が多すぎる。


「宿舎の空き部屋を使え。ちょうどこの前、除隊したやつらがいたんだ。ベッドもちょうど三人分あるはずだ」


「わかりました。それにしても……」


 ……落伍してからの俺は、誰かが遺したものを拝借してばかりだな。




 馴染み深すぎる部屋に入った俺と子供達二人は、旅の疲れをベッドで癒やすより先に、今後のことを話し合っていた。


「パパすごく人気者だったね!」


「ねえトリスタンおじさん、あの人たちは魔族が怖くないの?シビルのこと、かわいいかわいいって普通に接してたけど……」


 それはおそらく、シビルのことを魔族である以前に、俺の娘として見てくれたからに違いない。もちろん、一対一でも魔族に遅れを取らない彼等からすれば、シビルは脅威ではないというのも大きいだろうが。


 彼らを信じずに一人で娘を育てようと決意していたことを少しだけ後悔した。それを恥だとは思わなかったけども。


「何よロック、私に嫌われてほしいの?」


「そ、そうじゃないよ!騎士見習いの中でシビルに見惚れてるやつがいたから、近付いてほしくないなって思っただけだって!」


「……パパがいいもん」


「え、なにが?」


「結婚するならパパみたいな人がいいの!騎士団にそんな人いなかったから関係ないわ!」


 照れながら話す娘は、たぶん、世界で一番可愛いと思う。


 その姿に惚けながらも目が死んでいるロックが、少しだけ不憫に思えた。ロックがシビルに淡い想いを抱いていることは、流石に俺にも察せられた。シビルはそっち方面ではかなり鈍そうだし、これはなかなか大変だぞ、ロック君。


「……あ、ありがとう、シビル。でだ、今後のことなんだがな……あれから魔王の声は聞こえたことはあるか?」


「無いよ。あれからの魔力も感じないから、多分、あれがあの時の精一杯だったんじゃないかな」


 実の父親を"あいつ"と呼ぶところに、シビルの気持ちが表れている気がした。


「それに……これも多分だけど、まだしばらく復活できないよ」


「どうしてだ?」


「熊の血を浴びた時、すごく角が震えるような感じがしたの。あれは魔王の魔力を感じ取ったから……だと思う。理屈じゃないけど、そんな気がしたの。それが今は全然感じられないんだ。魔王城からも全然。だから、もうしばらく時間がかかるんだと思う」


 魔王の娘であるシビルが、やつの気配を感じないというなら実際にそうなのだろう。では、なぜあの時、復活が遅れてしまうリスクを追ってまでシビルを襲ったのだろう?


 ……パパ同士、いつか魔王に聞いてみるとするか。生きて会えれば、だけどな。


「ロックの方はどうだ。お前、聖剣からの声は聞こえているのか?」


「……」


「……ロック、どうした?」


「え?あ、ごめんなさい。ちょうどアスカロンと話してたんだ」


 驚いた。もうロックは聖剣と対話までできていたのか。


 リシャールが聖剣と意思疎通できたのは、魔王と戦うまさに直前だったらしく、それまでは一方的に話しかけられていたらしい。やはり最近のロックの変化に、アスカロン自身も関わっていたということか。


 もしかしたら、リシャールの想像をはるかに超えた勇者の素質がロックにはあるのかもしれない。


「アスカロンはなんて言ってるんだ?」


「…………な、なんか、恥ずかしいな。……えーと」


 ……恥ずかしい?アスカロンと何を話しているんだ?


「ロック、私も知りたい。アスカロンはなんて?」


 シビルに至近距離から尋ねられたロックは、真っ赤になりながら目線を反らした。そして大きく息を吸い込むと、一息に言い切った。


「あ…………うーー……。シ、シビルを守るためだけに使ってもいいのかって聞いたら、良いよって言ってくれたんだ!大事な子なら魔族でもちゃんと守ってあげなさいって!だから俺を選んだんだって……」


「えっ!?」


 シビルの頬が、ロックに負けないくらい赤く染まった。


 …………ロック、前言撤回だ。不憫だなんてとんでもない。お前はなかなかできる男だな。俺のお眼鏡にも適ってみせろよ?


「まぁ、それは喜ばしいことだが、俺はお前の謁見の間での様子が気になってるんだ。アスカロンは国王にはなんと言ってるんだ?」


「愚王」


 ロックの瞳から色が消えた。


 まただ。最近のロックは子供らしさが急に抜け落ち、時々俺が寒気を覚える程に冷たい目をする時がある。この変化は、リシャールの望みに応えようとしたがためなのか。それとも、アスカロンに引っぱられているのか、どっちだ。


。そう言ってた。聖剣を祀り上げ、その恵みのみを得ようとする愚かな王だって。大切な誰かを守るため戦おうとする、心正しき者に力を与えてるだけなのに、勝手に勘違いしてるあの人に王の資格は無いってさ。お父さんが選ばれたのも、この国で一番、騎士団の皆と友達をすごく守りたかったんだってさ」


 ロックとシビルにとって、この変化は望ましいのか、どうなのか。


 目は冷たいままなのに、口の端は嘲笑によって持ち上げられていた。


 だがすぐにいつものロックに戻り、明るい調子で補足し始めた。


「……あ、でもトリスタンおじさんのことはちょっとだけ認めてもいいらしいよ!使わせてはあげないらしいけどね!」


 なるほど。聖剣アスカロンもまた、俺達のことをちゃんと見ているというわけか。どうやらこの国から聖剣が失われる未来もそう遠くはないらしい。


「……ありがとう。ところで今後の訓練についてだが、お前たちにはこれまで通り俺と小隊長殿の直接指導に加えて、騎士団と同じ訓練メニューを受けてもらう。騎士団では基礎訓練、剣技訓練、模擬戦闘、そして魔法訓練が行われる」


「私も剣を覚えるの?」


「いや、シビルにはその時間に棒術や杖術を覚えてもらう。殺傷能力こそ低い護身術が中心になるが、その分拾った棒きれでも使いこなせる生存率と敵制圧を重視した武術だ。人殺しをさせたくない親心……というのももちろん無くはないが、魔法戦が主体になるお前に前衛の戦い方を覚える時間など無いというのが正直なところだ。覚えたかったら、魔王を倒した後で俺が教えてやる」


 シビルは納得したようで、深く頷き返してくれた。


 次は勇者様ロックだな。


「ロック。お前には魔法訓練を重点的に習ってもらう」


「な、なんでさ!?聖剣があるんだから、剣技訓練を学ばせてよ!」


 当然の反論だな。だがちゃんと理由があるんだ。


「リシャールはお前に見せられなかったと思うが、勇者の力の本分は光の魔力だ。これは魔王や……シビルが纏う闇の魔力と相殺し、相手を浄化する力を持つ。魔王を完全に消滅させるにはこの力が不可欠だと、以前リシャールが言っていた。魔力を込めた聖剣で斬り殺しただけの自分には倒しきれなかったとな」


 あの時の悔しげな表情は忘れられない。自分の子どもたちの世代に重い負債を残すことへの慚愧、その悔しさで、彼は表情を曇らせていた。


 ……安心しろ。俺と子供たちで全部片付けてやるからな、親友。


「……じゃあ、聖剣は使わないの?」


「いや、むしろトドメの時以外は積極的に使ってもらう。後に詳しく詰めるが、まず騎士団の最高戦力と聖剣を魔王にぶつけて、ある程度消耗させる。その間、魔王と同等の力を持つシビルが後方で上級破壊魔法の詠唱を完了させて魔王にぶつけ、動けなくなったところをお前が持つ光の魔力で完全に消し去る作戦だ。つまり、お前の魔法技術が完璧でないとこの作戦は成り立たないし、だからこそ確実に光魔法を使えるようになって欲しいんだ」


 実際はこれがどこまで通じるかはわからない。だが、現状で最も現実的な作戦といえば、これくらいしかなかった。


「恐らくだが剣術の方はアスカロンがある程度補佐してくれるだろうから、まずは基礎体力と魔法訓練に専念しよう。なんならアスカロンも剣の稽古に付き合ってくれるだろ。そうだよな?」


「………………むー、"そうだ"って言ってる。なんかトリスタンおじちゃん、アスカロンの声聞こえてないはずなのに、僕よりわかってるみたいでむかつくな。ほんとは聞こえてるんじゃないの?」


 そう拗ねるなよ。娘の初恋相手がお前になりつつあるのを知って、拗ねたいのは俺の方なんだぞ?


「パパはどうするの?」


「お前たちの教官役をしつつ、通常任務をこなす事になる。安心しろ、ちゃんと昼休みと勤務後はお前たちと過ごす。休日は一緒に遊べるだろう。忙しくはなるが、今までと変わらないぞ。だから……強くなろうな。俺達3人と、小隊長殿と騎士団の皆で魔王を倒して、またあの村に帰ろう」


 どうやら、その言葉が一番嬉しかったらしい。シビルもロックもニッコリと笑って手を取り合った。


 ああ、神様。見ていますでしょうか。


 魔王を父に持つ魔族と、勇者が手を取り合って笑い合うこの姿を。魔王の娘を守ると聖剣が誓ったこの神聖な一時を。


 あなたが見たかった平和な世界は、まさに今、ここにあるのではないでしょうか。




 ポーラ……ニコラ……そして、ついにこの手で抱けなかった、シビル。


 お前たちの死を無駄にはしない。お前たちの命の対価を、俺の涙だけで終わらせはしない。


 必ずや魔王を消し去って、お前たちが安心して生まれ変われる世界にしてやる。


 そしたら、またいつか、俺と一緒に家族になってくれるかな。


 血のつながらなくとも最愛の娘である、シビルと共に。





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