第11話 受け継がれゆくもの

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「パパ、もう私一人で歩けるったら……」


「靴も無しに飛び出すからだ。家まではおぶられていろ」


 シビルは散々に泣き腫らしてむくんだ顔のままブーたれていた。背中に感じるその重さは、最後におぶさった時よりも随分重くなっていた。


「大きくなったな」


「パパが大きくしたんだよ」


 くすりと笑うシビルは、さらに力を抜いて俺に体重を預けてきた。たぶんこれからも小さな衝突はするだろうけども、俺達は大丈夫に違いない。願わくば、シビルの夫になる男が彼女をもっと幸せにしてくれますように。


 父娘の絆を確かなものにした俺達の耳に、聞き慣れない金属音が飛び込んできた。これは……。


「剣同士がぶつかる音だな」


「誰かが戦ってるの!?」


「……いや、その割には攻撃の間隔が長いな。妙だ」


 丘の自宅が見え始めた頃、その音の正体も姿を見せた。篝火で照らす中で、小隊長殿とロックが剣で模擬戦を行っていた。牧草地帯にシビルを下ろして、その様子を観察する。


 まだ7歳の男の子が小隊長殿に勝てるはずもなく、むしろ剣に振り回されている有様だ。小隊長殿は剣を振りかぶるロックの腕を軽々と捻り上げると、柔らかな牧草の上に投げ落とした。


「はあ……!はあ……!くっそー!」


「弱すぎる。よくそんな弱さで魔王を倒すなどと大言を吐けたものだ」


「聖剣があればお前なんて!」


「ならば抜いてみろ」


 挑発する小隊長殿に応えるように、ロックが聖剣アスカロンを呼び出して抜き放つ。金色に輝く剣身は、紛れもなくリシャールが振るっていた聖剣そのものだった。いつの間に彼は聖剣の呼び方を覚えたのだろう。父と同じく、声が聞こえたのだろうか?


「やあー!!」


 ロックの攻撃は非常に直線的で拙く、踏み込みも良くない。だがそれとは無関係に聖剣は素晴らしかった。ロックの筋力を一切無視するような鋭い斬撃が小隊長殿に襲いかかる。剣に振り回されているロックではあったが、剣が超一流であればそれでも通用するということなのか。この斬撃を剣で受けたところで安々と溶解されて終わりだろう。もちろん、体で受ければただでは済まない。


「きゃっ!?」


 だが聖剣に頼るだけのロックより、小隊長殿の人間力が勝ったようだ。なんと小隊長殿はシビルを抱き上げ、彼女を人質にそのまま剣をロックに向けたのだ。


「ひ、卑怯者!!」


「そうだ。敵は自ら姿を見せず、魔獣を使ってお前たちに襲いかかる卑怯者だ。貴様はそんな魔王と正々堂々と戦ってもらうつもりなのか?」


「くっ……!」


 聖剣アスカロンの放つ光が、どこか悔しげに瞬いているように見えた。その隙を逃さなかった小隊長殿は、なんとシビルを左手に抱えたままロックへと接近し、右腕だけで再び牧草の山へと投げ飛ばした。


 これはまだまだ格が違うな。しかし、一体どうしてこんなことになったのだ?




「俺が小僧を焚き付けたのよ。お前はいつまでトリスタンの家に引きこもり、勇者様の遺志を無視するつもりか、この臆病な親不孝者……とな。いとも簡単に挑発に乗ってくれたのは良かったが、よもやここまで弱いとはな」


 シビルに傷を手当してもらっているロックを呆れたように見ながら、小隊長殿は水を飲み干した。


「これでは勇者様も浮かばれまい。いや、それとも勇者様のとんだ見込み違いというやつかな?」


「お父さんを悪く言うな!!」


「ならば小僧。お前は勇者様になんと言われたのだ。言ってみよ。その弱さでそれを為せるとでも思っているのか?」


「…………っ!」


 悔しげに俯くロックは、その指摘に納得した訳ではない。だが、小隊長殿との実力差はあまりにも開いていて、このままでは魔王に勝てないのは明白だった。彼は聖剣を抜いていながら、徒手の、しかも魔法も一切使っていない小隊長殿に負けたのだ。


「小僧。貴様にこれをくれてやる」


 それはいつか俺が受け取った、騎士団への推薦状だった。名前を書く欄は空欄になっている。


「もし本当にトリスタンとシビルを助ける力が欲しいならば、すぐに所属せよ。直接姿を見せず魔獣を頼っていた以上、魔王が完全に復活するまでにはまだ時間が掛かるはずだ。それまでに貴様に王国最強の騎士団の戦い方をありったけ叩き込んでやる」


「……絶対、僕を強くしてくれるんだろうな」


「俺に二言は無い。少なくともトリスタンよりは強くしてやろう」


 急に話題を振られ、思わず苦笑した。全く勝手なことを言ってくれる。


 だが確かに今から修練すれば、聖剣を持てない俺よりも強くなるだろう。だが、騎士団の訓練は生半なものではない。当時10歳程度だった俺でさえ何度も音を上げたのだ。未だ8歳にも満たないロックがそれに耐えられるのかは、わからなかった。


「……入ります!」


「えっ!?」


「何!?」


 思わぬ乱入者にロックと小隊長殿が驚愕する。


 なんと、その空欄に名前を入れたのはシビルだった。


「小隊長さん!私を……私をパパよりも強くしてください!パパは世界の敵になっても私を守ってくれると言ってくれました。なら、私はそんなパパを守れるようになりたいんです!世界中がパパの敵になっても、私だけはずっとパパの味方でいてあげたいんです!!」


 その目はもはや子供ではなかった。血の繋がりを超え、守りたい誰かのために強さを求めるその姿は、一人の人間としての強い意志を感じさせる。リシャールの精神は、ロックにだけ受け継がれたものではなかった。


「……騎士団の訓練は、お前のような小娘に耐えられるものではない。それに王都ではお前に対する風当たりも強く冷たいものになろう。この田舎で安寧に暮らし、平和の到来を――」


「嫌です!私はもう家族を魔王なんかに傷つけられたくありません!どんなことだって耐えます!私に魔王を倒す力をください!」


 決意は固いようだ。


 本当に珍しく眉を下げ、助けを求めるように俺を見てきた小隊長殿に、俺は意地悪い笑みを返してやった。こんなに頑固なシビルを見たのは初めてで、俺にだって曲げられそうにない。あんたの負けだ、小隊長殿。


「……孫娘からはお祖父ちゃん大好きって、まずは言われたかったんだがなあ」


「それは平和になったらたくさん言ってあげますッ!」


 いい笑顔だ。どうやら小隊長殿はシビルには勝てそうにないな。


「先に書かれちゃうなんて……もう!シビルのバカ!」


 そしてロックもまた、空欄の端っこに自分の名前を書き加えていた。


「おいおっさん!これでもしシビルより強くなれなかったら、あんたのせいだからな!!」


「こしゃくな小僧だ。良いだろう、二人共特別メニューでしごき倒してやる。出発は明日だ。準備をして、今日はすぐに眠れ」


「「はい!!」」




 リシャール、見ているか。


 お前が遺した勇者の精神は、俺とお前の子供達にしっかりと受け継がれているぞ。




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