第7話 裏切りの代価
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小隊長殿に投げつけられたものを見た俺は、完全に硬直した。
「こ……れは……?」
それは、硬貨の入った革袋だった。中身は銀貨や銅貨が殆どだが、数枚だけ金貨も混ざっている。
大金だ。何もないここではという意味ではない。個人が持つには多すぎるお金だった。受け取った手が震え、そのたびにチャリチャリと硬貨が音を立てる。
「退職金だ」
「退職金……?」
「お前の無事を知った騎士団の連中からの、手切れ金だ。精々大事に使って、俺達を裏切ったことを後悔しろと言っていた。そして、これも餞別だ」
バサリとテーブルに撒かれたのは、大量の手紙だった。
『勝ち逃げしてんじゃねーぞ!次に会ったらぶっ殺す!』
『幼女趣味とかさいてーだな!帰ってくんなよ犯罪者が!元気でな!』
『水臭いですよ先輩!なんで何も言ってくれなかったんですか!一生恨みますからね!』
「こ……これって……こ、こんな…………っ!!そんな……っ!?」
「こんの…………大バカ野郎がああッッ!!!」
手紙を読むのに夢中になっていた俺に、小隊長殿渾身の一撃が頬に直撃した。床に倒れ込んだところで胸倉を捕まれ、強引に目線を合わせられる。
「どうして俺を頼らなかったッ!!どうして俺らに黙って消えたッ!!どうしてだッ!!そんなに俺達は頼りなかったのかッ!!」
「だ……だって!だって俺、魔王の娘を……っ!もう、人類の敵に……っ!魔族に家族を殺されたやつだっているのに……っ!帰れるわけが……っ!」
胸倉を掴む力が強くなった。小隊長殿の腕が震えている。
震えているのは腕だけではない。双眸から流れる涙が多すぎて、体が悲鳴を上げているかのように、全身が震えているようだった。
そして、震えているのは俺も同じだった。もちろん、恐怖からではなかった。
「お前が赤ん坊一人拾って育てたからって、俺がお前をどうにかすると思ってたのか!!旅で仲間がわんさか死んでいく中で魔王城まで生き延びてッ!!あの崩落の中でも生き延びたお前の決断をッ!!俺が見誤ってお前を斬るとでも思っているのかッ!!俺たちがお前を見限ると思っていたのかッッ!!見損なうんじゃないぞッッ!!」
なんてことだ…………!お、俺は……!
俺にはこんなにも素晴らしい仲間たちが、家族がいたのか……!
魔王の娘を育て、人類の敵になったと知ってなお、見捨てないでくれていたというのか!?
こんな俺のために涙を流してくれるというのか!!
「…………す…………すみま…………せんっ!!親父……さん…………っ!!」
「ああ……!!一生許すものか……!!この青二才のバカ息子が……っ!!」
親父さんの胸ぐらを掴む手が離れ、痛いくらいに抱きしめられた。
「よく無事でいてくれた……っ!トリスタン……っ!!」
親父さんは、俺とシビルを斬りに来たんじゃなかったんだ。
人類の敵になった俺を消しにきたのではなく、赤ん坊を拾った後で何も連絡をせず、仲間を頼らずに独りで生きて育てていこうとしたことを叱り、殴りつけるために来たんだ。
この俺のために、わざわざ来てくれたんだ。
抑えられない激情がなんとか落ち着いたのは、それから数分が経ってからだった。
「じゃあ、リシャールのやつは……?」
「勇者様はお前の窮状を憂いていたんだ。お前がこの何もない土地で精一杯子供を育てているが、あまりにも過酷でこのままではお前が保たないと。聞けば行商人にも頼らず、小屋に残っていた作業着を直してお前や娘の服に仕立てていたと聞いた。王都へ出稼ぎに来ることはできても、その間お前が独りで二人の子供を見なくてはならない。だから魔王討伐の報奨金もまともに貰えなかった勇者様は、お前のために俺たちに頭を下げに来たんだ。どうか、お前を助けてくださいとな」
ああ…………ああ…………っ!
そうだったのか……!リシャールのやつは、どこまでも俺のことを思って動いてくれていたんだ!王都には出られない俺と娘のために身を削り、頭を下げて助けを求めてくれたリシャールに、俺はどうして裏切り者だなどと言えたのだ。
すまない……!すまない、リシャール!
「……勇者様には、ちゃんと謝ります」
「そんなものは不要だろう。帰ってきたら美味い肉でも食わせてやれ。おおそうだ、彼に俺の馬車を貸してやったんだが、やつの荷台の中には酒も入っていたぞ」
「それは楽しみです。酒なんてここに来てからは一切口にしてないものですから。小隊長殿もご一緒にどうですか?」
「そうだな、今から戻ってもすぐ野営になりそうだから、遠慮無くそうさせてもらおう。孫娘の顔も見てみたいしな」
なんて温かな時間なんだ。俺は幸せものだ。俺にこんな幸せを感じていい資格なんてあるんだろうか。
きっとこの思い出があるだけでずっと頑張れる。俺と娘と、リシャールとロック。家族が力を合わせれば、この先どんなことがあろうとも――。
「トリスタンおじさん!!」
唐突に開かれた扉が悲鳴を上げた。ロックが帰ってきたと知って頬を綻ばせかけたが、そのあまりにも緊迫した様子に顔が強ばる。
「おじさん!早く来て!」
俺の手を引くロックの力は、これまでの何倍も強かった。
俺は、何かを間違ってしまったのだろうか。
はじめから小隊長殿に相談しておけば、こんなことにはならなかったのだろうか。
それとも、得てはならない量の幸せを得ようとした事で、罰が下ったのか。
「お父さんが!!お父さんが死んじゃう!!」
ああ、神様。
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