第4話 友として

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「パパ!パパ、大変だよ!!」


 それは、シビルとの生活を始めた10年目のこと。シビルが血まみれの男を肩に抱いて、家まで連れてきた。


 その後ろにはオロオロと困った顔で、5,6歳ほどの小さな男の子が立っていた。どうやらこの男の息子らしい。目鼻立ちがよく似ている。


「パパ!早く助けてあげよう!!」


「落ち着けシビル。助けたい時こそ、冷静にやるべきことを考えるんだ。まず深呼吸しろ」


 言いつけどおり深呼吸したシビルは、改めて強い意志を込めた目で俺を見つめた。


「よし。じゃあその怪我人を、パパのベッドに寝かせろ」


「わかった!」


 シビルはどういう皮肉なのか、聖女にしか持ち得ないはずの治癒の魔法を使う事ができるようになっていた。怪我をしたウサギを助けたいと思ったとき、咄嗟に発動したらしいが……その力は万能ではなかった。


 傷口を怪我する前に復元するのではなく、本人の治癒力を促進させる力。だから、まずは適切な応急措置が不可欠だった。そして、手遅れになった相手には効かなかった。


「シビル。怪我の処置方法は覚えているか?」


「まず傷口を洗ってゴミを流すんだよね!治癒はそれから!私は水を汲んでくる!君も手伝って!パパは消毒の準備お願い!」


「よし、頼むぞ」


 どうやら自分が何をすべきかわかっていたらしい娘は、小さな男の子と一緒に家のそばにある井戸まで走っていった。分かっていたからこそ、俺の手を借りにきながらも、独断で治癒魔法を試みなかったのだ。素晴らしい成長じゃないか。


 ……それはいいとして。




「…………さて。どうしてあなたがここにいるんです?」


 それは、俺がよく知る男であり、力関係を超えた友であり、ここにいるはずのない男。


「……やあ……久しぶりだね……トリスタン……」




 勇者リシャール様、その人だった。




 シビルが汲んできた水でよく傷口を洗い、念の為煮沸消毒した白湯でも洗い流す。消毒用の酒は流石に無いが、薬草を煎じた汁でなら消毒出来た。かなり染みるが。


 清潔を保持できたところで、勇者様の傷口に対してシビルが治癒――正確には自然治癒の促進――を施した。うっかり雑菌ごと治癒すると破傷風に発展しかねないが、今回も上手くいったようだ。


「ありがとう。ええっと、シビルちゃんだったね。僕の名前はリシャール。その子は俺の息子のロック。おかけで助かったよ、」


「いいえ!応急手当をしたのはパパですから!」


「ううん、君がここに連れてきてくれたから助かったんだよ。ありがとう、君は僕らの恩人だ」


 えへへと笑うシビルの顔は赤かった。初めて父以外の男に褒められて照れているようだ。


「シビル。パパはちょっとこの人と大事な話がある。少しだけ席を外してくれないか。子牛の様子を見に行ってくれ。ついでにちょっとその子と遊んでこい」


 もちろん、あのイビルバッファローの子牛だった。


「えー!?」


「ごめん、シビルちゃん。僕にとっては恥ずかしい話でね。ロックも一緒に、頼めるかな?」


「……もう!仕方ないなぁ!パパ、ちょっとだけだよ?ロック君、行こ!」


 プンプンと怒りながらも、シビルは言うことを聞いてくれたようだ。男の子の手を引きながら、牧場へと走っていく。


「……すまない。君に気を使わせてしまったな」


「いえ。それより、何があったのですか?まさか魔王が復活を?」


 勇者様は、伊達に伝説の勇者の再来と評されているわけではない。この周辺の魔獣如きに遅れをとるなど、あり得なかった。


「単刀直入に言う。僕は今、伝説の勇者としての力を全て失っている」


「なんですって……!?」


「魔王を討伐したあの日から、俺は光の力を少しずつ失っていったんだ。どうやら、魔王を倒した事で神様は満足したみたいだね。参ったよ、まさかオウルベア相手に遅れを取るなんてさ」


 そう語る勇者……元勇者リシャールは、力無く苦笑いを浮かべていた。


 その後語られた話は、非常に納得し難いことではあったが、いかにもといった内容ではあった。


 王国はリシャールを伝説の勇者の再来にして、魔王を討滅せしめた大英雄として担ぎ上げた。だが王都に到着する頃には殆どの力を失っていて、護衛だった騎士に勝てるかどうかも怪しい状態になっていたという。


 それを知った王国は、リシャールが今後の戦争の役に立たないと見て、事前に約束していた姫との婚約を白紙化。報酬金を一部のみ渡してリシャールを放逐した。その数年後に幼馴染と結婚して子供を……ロックを授かったものの、村が魔獣の群れに襲撃された際にその幼馴染は殺害されてしまったという。


 何もかも失った彼は国王を頼ったが、なんと彼らは無力な彼に対し門前払いをしたという。その後なんのアテもない中旅を続け、息子ともども心中も辞さない気持ちだったらしい。


 そしてたまたまこの村の近くを通り、幸か不幸かオウルベアに襲われたところを、シビルに助けられた。


「まともな装備も、光の力も無しで、よくオウルベアを撃退できたな」


 あんまりと言えばあんまりなエピソードを聞いた俺は、もはや勇者様向けの敬語すら忘れ、元来の対等な友人として話しかけていた。


「いや、全く歯が立たなかったよ。あれに勝てる騎士団の練度の高さに舌を巻いたね。あの時はシビルちゃんの雷魔法に助けられたんだ。まさかあの歳で無詠唱魔法を使いこなすとは、正直驚いたよ。彼女の雷に頭を撃たれたオウルベアはそのまま斃れてくれたんだ。僕は随分と運が良いらしい」


 シビルは魔王の娘としての血によるものか、俺が教えるより早く無詠唱魔法を使いこなしていた。むしろ逆に詠唱魔法が苦手で、無詠唱魔法ばかり使っていた。


 どちらにも利点があるため、どうやって教えたものかと悩んでいたのだが、今回ばかりは躊躇なく無詠唱魔法を使ったのが功を奏したらしい。


 まぐれってやつも、あながち馬鹿にできないものだ。運も実力の内なのだから。


「息子諸共死ぬしかないかと思った矢先に、まさか君と再会できるなんてな」


「……ああ。だが、俺もお前と肩を並べて魔王と戦えなかった。お互い様だ」


「……なあ、トリスタン。シビルちゃんは……魔族なのか?」


 それは、誰かにも聞かれたくない質問だった。差別意識と嫌悪がない混ぜになって聞かれるだろう言葉に違いなかったから。


 だが不思議なことに、リシャールの顔に嫌悪は無かった。


「内緒にするからさ。話してくれよ、トリスタン」


 あくまで興味本位といった様子に見える。リシャールは、魔族に家族や身近な人を殺されたことが無いはずだが、それでだろうか。


 何もかも失った者同士のよしみで、正直に話したくなった。


「ああ。……魔王の娘だ。多分な」


 だが流石にこの答えには驚いたらしく、動揺が全身に表れていた。


「はあ!?ちょ、ちょっと待て!?どういうことだ!?」


「俺はあの日、穴に落ちた先でシビルに出会ったんだ。その部屋は魔王が死んだとしても崩れないように設計されていたようだった。だが、まだ乳児だったあの子を見つけても、俺はあの子を殺すことがどうしても出来なかった。だからいっそ育てることにして、今に至るわけだ」


「い、いや、お前……」


 要約すればそれだけのこと。無論、今日に至るまで色んなことがあったわけだけども、他人に説明するならそれだけだった。


「…………すまない、流石に理解が追いつかないよ。じゃあ何か?今勇者の息子と魔王の娘は、一緒に仲良く子牛の様子を見に行ってるわけか?しかもその後、仲良く遊んでるってことか?」


「そうだ。二人ともパパの言いつけを守ってな」


 盛大な溜息をつく彼を責めることなど出来はしない。俺だって改めて言葉にして、唖然としているくらいなのだから。


「……シビルちゃんは、このことを?」


「話してない。ていうか話せないだろ」


「そうだよな……ははっ、トリスタンらしい」


「俺らしい?」


「ああ。君はいつだって勝つために、つまり自分の希望を叶えるためにどんなことだってやる男だった。魔王とは戦えなくても、魔王よりもわがままを通せる男だった。なるほど、つまり赤ん坊を救い育てる事が、君の希望だったんだな。それが例え、魔王の娘であろうとも」


「……まあな。さすがは勇者様だ。お見通しか」


「違うよ」


 そう笑うリシャールの顔は、晴れやかだった。


「君の友達だからわかるのさ、トリスタン。……よく生きててくれた」


「お前もな、リシャール」


 魔王を殺した勇者との再会。


 その彼に10年前と同じ友誼が残っていることに、胸が熱くなった。




 夕食は四人分ということで、ちょっと豪勢に肉を多めに使った。


 オウルベアも内臓は塩漬けにして、肉はそのまま焼き肉にした他、スープにもウサギ肉を入れた。特にウサギ肉のクリームスープは、シビルの得意料理になっていた。


 それが亡き妻ポーラの得意料理でもあったことなど、シビルは知る由も無かったが。


 だがどうやらロック君は、料理の出来よりも気になることがあるらしい。


「お、お父さん!聞いてよ!?シビルったら今日のお肉だからって、捕まえたウサギをその場で殺したんだよ!?首をグサッて!!あ、あの、あの熊も、平気な顔で解体して!!」


「だーかーらー!言ったじゃない!ロックがいつも食べてるお肉もそうなんだよ!残したらウサギさんはになるんだから、ちゃんと食べなさいよね!!」


「む、無駄死に!?」


 なんとシビルはロック君の目の前で捕獲、解体、そして調理を行なったという。確かにどれも俺が教えたことだし、最近のシビルに時々任せていることではあったが、まさかそれら全部を何も知らない幼子の前でやってみせるとは。


 いや、なかなか強かに育ったものである。


「君に似てるね」


「誰かさんに似るよりはいい」


 そんな穏やかな夕食が、今後もずっと続くのだと思っていた。




 リシャールはシビルに対し特に悪感情を抱くことなく、俺の娘として扱ってくれた。良くできたことを褒め、子供同士の喧嘩にも平等に接し、時に叱ってくれた。


 勇者の力を失った彼は、戦いにおいては娘よりも非力ですらあったが、それでも一人の男手として力仕事をこなしてくれた。そんな彼を、子供達は尊敬していた。


 リシャールの息子であるロックも、俺とシビルに懐いてくれた。彼にシビルの生い立ちを話すことはしないよう、リシャールとも合意していた。


 そして勇者リシャールが、魔王の天敵だったことも。それらの事実を受け止めるには、二人ともあまりにも幼過ぎた。




 幸せな日々がまたゆっくりと流れた。


 俺と、魔王の娘と、元勇者と、元勇者の息子。そして増えた牛たちとの生活。


 リシャールが俺の家に住み込んで一年が経った頃、なんとまた俺の知ってる顔がやってきた。


 だが、それは決して望ましい客ではなかった。




「……小隊長殿」


「久しいな、トリスタン」


 俺の、上官だった。




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