第14話 芸するヘビとアオサギ亭
おれは質屋から出ると大きく肩を落とした。
「そうだよな。お前を人質に、ってわけにもいかないしさ」
肩に乗るセラプトを軽くつつく。いつまでも戸口に立っていたら邪魔だと脇にどいたが、これからどうしたらいいんだと途方に暮れてたたずんでしまう。
声をかけた女の人に質屋まで案内してもらったまではいいが、おれが持っているのは供物に与えられる衣一枚だけ。
質屋の反応をからすると換金には十分の代物だったようだが、これを脱げばおれは下帯だけしか残らないのだ。だから先に金をもらい、衣服を買ってから衣を渡そうと思ったが、そうは問屋が卸さない。
だったらセラプトを預けていくから、なんて友情を担保にしかけたが、珍しい白のアシアリヘビでおれにとっては大親友だとしても、質屋にとってはただのヘビだ。預けたところでおれが戻ってくる保証はない。
一時の我慢で衣を売り、すぐに代わりの服を買いに走る案まで脳裏をよぎりもしたが人通りの多さを見ているうちに、そんな突飛な行動をとる気も失せていった。
「まいったな。収穫なしでまた泳いで戻るのか?」
街には物があふれ、人々の活気に満ちているというのに、おれは何も手にできないんだ。すっかりしょげて惨めさを噛みしめていると、肩に乗るセラプトが頬をつんと叩く。
ヘビはぴょんと飛び降りると、おれを見上げ、くるっと宙返りした。にかっと自慢げに笑うセラプトに、おれもピンとくる。
——そして。
「よってらっしゃい、みてらっしゃい。摩訶不思議なアシアリヘビの珍しい芸だよ」
手を打ち鳴らしながら声を張り上げる。立ち止まる人が増え、徐々に人だかりができ始めた。
「そら、宙返り」
くるん。合図で一回転したセラプトのどや顔がまぶしい。ヘビはさらに宙で二回転。続けて弾みをつけ高く跳ぶと三回転する。
拍手喝采。硬貨がちゃりちゃり降り注ぐ。得意になったセラプトは引き締まった顔をすると、後ろの二本足で立ち上がり、よたよたと歩いた。どよっと湧く観衆。
普通のアシアリヘビの足がこう動くなんて想像できない。だが、おれは知っている。セラプトはもっと上手に歩ける。彼は「がんばって芸してます」感を勝手に演出していた。
セラプトは思いつく限りの技を見せた。前足を使っての側転、逆立ち。手拍子に合わせてのくねくね踊り。大盛り上がりだ。銅貨だけじゃなく銀貨を投げてくれる人もいた。
親切な人が山高帽をくれ、その中に稼いだ金を貯めていった。観衆はまだまだ芸を見たがっている様子だったけど、おれたちは稼ぎが帽子いっぱいになったところで終了させた。
と、集まった人だかりをかき分けて男がひとり声をかけてきた。
「ケセド」
おれはびっくりして全財産の山高帽を落としそうになった。ヌンだ。感激に帽子から硬貨が落ちるのもかまわず駆け寄る。
「お前どうしてここに。いや、見事な芸だったな」
ヌンはおれの肩によじ登っていたセラプトの頭を軽くつついた。セラプトは牙を出してにかりと笑った。その笑顔もまた、普通のヘビには珍しい表情だった。
◇◇◇
ヌンの案内で欲しかったものを全部買うことが出来た。洋装の下着に、綿シャツとズボン、革製のサンダルと荷物がたくさん入るリュック。早速着替えたあと、雑貨店に行って半月型の櫛も買った。
本当はまだ買いたいものがあったけれど、ヌンの視線が気になってやめた。稼いだ金はまだたっぷり残っているし、ヌンと別れてから改めて探せばいい。
それからおれたちはヌンが滞在している宿に行くことになった。そこでごちそうしてくれるらしい。酒場も兼ねている店で食事が安くて美味しいのだという。
到着したのは二階建てのお店だった。上が宿で下が酒場なのだ。漆喰は黄土色に汚れていたが太い梁が渡してある頑丈そうな店だ。脇には厩もあって、ヌンの相棒、縮れ毛ラバのロブが渡し板にあごを乗せていた。おれは軽く鼻づらをなで、あいさつしたあと店に入った。
メニューを見せられたが、文字は読めても意味がさっぱりだった。ヌンに全部任せて店内を見回す。賑やかだった。みんな豪快に料理を食べている。
料理はすぐ運ばれてきた。「スライストマトのサラダとオニオンスープ、バケットに、きのこと鹿肉のソテー」とのことだった。とりあえず鹿肉だけはわかった。見慣れない盛り付けだったが美味しそうだ。
ヌンにビールも飲むよう勧められたが口に全く合わなかった。口直しに水をもらって飲むが、ほんのり果実の味がついている。
「まさかお前がな」
ビールをあおり、口を拭うヌン。渋い顔をしたが味のせいではないだろう。
「供物になるなんて、でしょ?」
上目で続けると、彼は苦笑した。
ソーダ水に瓶を割って縄を切った事情は省いたが、おれはヌンに、祭りの前夜に供物が逃げ出したこと、ジジ様たちがおれを身代わりに選んだこと、『竜の胃袋』を渡り、岩壁の洞窟を抜けてここまで泳いできたことを話した。
「十八のお前を身代わりにするとは図太い連中だな。成人の証だってもらっていただろう」
「うん、まあね。首飾りはなくしたんだけど」
「なくした?」
濁すように付け加えたのだが、ヌンは聞き逃さなかった。平たい鹿肉を刺していたフォークが止まっている。
「なくしたって、どういうことだ」
おれはひざに乗って首を天板に乗せているセラプトにトマトをあげながら、曖昧に笑った。ヌンは眉をしかめ、肉にかじる。
「ズンダか。そうだろ?」
「そんな感じ」
はっ、と息を吐き、肉を噛み、ますます眉を寄せるヌン。そんな彼を見ているうちにおかしくなって笑ってしまった。
「何を笑う」
「ヌンが怒ってるから」
「そりゃあ怒るだろ」
「だね。でも今は悔しくも悲しくもないから。あの時はこの世の終わりみたいに思ったけど。今はうんと昔の話に感じる」
セラプトの頭をそっと触った。彼が怪我を負い、それを月夜に捨てたことは大きなしこりを残している。でも首飾りも水神祭のことも、今では本当にちっぽけなことに思えた。
ヌンは納得のいかない顔をしていたが、それ以上、集落での出来事は話題にしなかった。着ている洋装が似合うと褒め、セラプトの賢さと芸の上手さを自分のことのように喜んでいた。
甘いものも食おう、とヌンが「デザート」を頼んだとき、おれたちの席に二人連れの男女が近づいてきた。どちらもヌンより少し若いくらいの年頃で髪は黒かった。
「ヌン。この子が新しく捧げられた子だよね?」
女のほうがヌンの肩に手をやり、そういった。彼女は髪が短く、服装も後ろにいる男と同じでシャツとズボンだ。
「ミラ」
ヌンが小声でいった。ちら、とおれをうかがう視線をよこす。
「そうだ、ミラ。この子であってるよ」
「よかった。陸地で会えなかったからね。どうしちゃったのか心配してたんだ」
ミラはおれに笑いかけ、手を差し出す。集落にはない文化だが、やり方はわかっている。おれは手を握った。彼女は驚くほど力強く握り返してきて上下に振る。
「わたしはミラ。今年の水神祭はククスが供物を用意する番だったろう? わたしもククスの出身なんだ」
おれはヌンを見た。気まずそうだが、軽くうなずいている。
「ミラ。おれはこの子と親しいんだ。商売で出向いたとき仲良くなってな。だから今後のことはおれが世話するさ」
「そうかい?」
ミラは後ろにいる男を振り返り小声でなにかいうと、またこっちを向いて笑った。おれは彼女の目をじっと見つめた。
「はじめまして」
「名前は?」
おれは迷い、答えた。
「セラプト」
「そうか、セラプト。よろしく。きみは十五歳にしては大人びているね」
おれは無理して微笑を作った。人が来てうずくまっていたセラプトが、天板の下でそっとおれの手を食んだ。
◇◇◇
「おれがいる宿は覚えたよな? 『アオサギ亭』だ。明日は一日出かけずにいるから、また昼でも食おう」
「わかった。たぶん行くと思う」
「たぶんか」
ヌンは笑うと水面に浮かんだ船を押し出してくれた。おれは
泳いで帰らなくてもよくなって一安心だ。服や荷物が濡れずにすむ。ヌンに手を振る。セラプトは船の先に座り、頭を楽しげに左右に揺らしていた。
おれはしばらく船を漕いだ。それからシュロの木の横で止め、櫂を回した。ゆっくり船を戻していき、密集して生えているガマの裏で止めた。セラプトに頼んでヌンが帰ったかどうか岸まで見てきてもらう。
少しして水面から顔を出したラプトは、小さな片手をうんと伸ばして招く仕草をした。おれはうなずき、ゆっくり船を岸につけた。短い洞窟と森を抜け、ノムアの街に戻る。
大急ぎで婦人服の店を探して入った。下着一式とワンピースを買った。靴もいる。それから食器やまな板も。
考えていたらあれもこれもと思い浮かんでしまったが、もたもたしていたら帰りが遅くなる。陽があるうちに川を渡りたかった。
最後にパンとハムを買い、おれは船に戻った。慌ただしく櫂をつかんで漕ぐ。汗だくになったが、夕焼けのあいだに洞窟に戻ることができた。
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