第36話 アルジェント

 ひとまず興奮状態のアルジェントアルを落ち着かせ、彼女の自宅リビングへと案内してもらう。


「――なるほどのぅ……」


 俺からひととおりの事情を聞き終えたアルが、テーブルの対面でゆっくりとうなずいた。テーブルの上には四人分の紅茶が香り高い湯気を立ち昇らせていた。


「二百年もの時を越えるとは、なんとも面妖な。……とはいえ、こんなポーション狂いがこの世にふたりもおる訳がないし……事実なんじゃろうなぁ……」

「いいや、探せばもっといるだろう」

「そこに食いつくバカがこの世にふたりもいてはたまらんわ」


(彼女視点で)二百年ぶりに再会した友人になんと失礼な。


「……まあとにかく、いまの俺は彼女らとともに湖の町ファルマシアでポーション工房を開き、ポーション復権のための活動をしているのだ」

「うむ。エミルのそちらのおなごたちじゃな」


 アルはリサとシャノンのふたりへ目をやった。


「…………ど、どうも……」

「…………」


 当のふたりはリビングの壁際から警戒心むき出しの眼差しで俺たち……というかアルを眺めていた。


 初対面でいきなり色欲に満ちた奇声を上げられた人物の反応として、ごく当然の態度であった。


「……ふたりとも。気持ちは分かるがそろそろテーブルについたらどうだ。アルに取って食われそうになったら全力で阻止してやるから」

「つまり取って食うつもりなんじゃないですかその方。ヤですよ」


「落ち着け。単なる言葉のあやだ。食われるといっても頭からボリボリかじられる訳じゃない」

「まったく心配してない方を否定されてもなぁ……。じゃあどういう意味なんだよ……」


「うむ。そっちの桃髪ちゃんの巨胸をじっくりたっぷりねっちりとまさぐる――」

「だっ、断固拒否ですよっ!? 私の美巨胸はそんな安くありませんっ!!」


「ではそっちの金髪ちゃんの完成された理想的なぺた胸を――」

「ぺた言うなっ!! まだ成長途中だよっ!!」


 ふたりは胸を押さえつつ、リビングのさらに隅へと距離を取っていた。


「……エミルさん。こうなるって分かってましたね?」

 リサが恨みがましいジト目を向けて言った。


「……俺のせいではないぞ。だから事前に念を押しておいただろう。"ここへ来たのはあくまでお前たち自身の意志で、俺が連れてきた訳ではない"……と」

「……最初に教えてくれりゃいいじゃねーか……」

「……俺の身にもなってくれ。なにが悲しくて『これから会いに行く俺の友人は、女の胸をまさぐるのが好きな奴だ』と伝えねばならんのだ……」


 俺が言うと、アルは不服そうに眉をひそめた。


「……おい。おぬしのその言い草はさすがに語弊があるぞ」

「違うのか?」

「うむ」


 心の底から疑わしいが、アルは自信たっぷりにうなずいた。


「胸だけでなく尻と太ももだってまさぐりたいわ」

「より悪化したぞ」


「それと女だけでなく少年にも興味津々じゃぞ」

「もはや処置なしか」


 ダメだこいつ。


「……おい。こんなんに頼んで大丈夫なのか……?」

 シャノンは不信げな表情で言った。さっそく"こんなん"扱いであるが、妥当というほかない。


「問題ない。いや人格面では大いにあるが、少なくとも付与術に関しての腕前は保証する。こいつならパワーポーションに必要な付与魔石粉ファールを作れる」

「うむ。どーんとおまかせじゃぞ」


 アルは胸を張り、それから話題を切り替えた。


「……しかし、ポーションの復権のう。確かに十年、二十年と経つごとに、里へ入ってくるポーションの効能や味が落ちているのには気づいておったが……まさかファールや、その付与術まで忘れられておったとはのう」

「アルさんはなんとかしようとは考えなかったのですか?」

「ワシは別にポーション専属の付与術士ではないからな」


 リサの問いにアルは答えた。


「それに、永く生きるエルフにとって人間の流行はやすたりはあっという間の出来事じゃからのう。なにしろ、生きているあいだに国が出来て滅ぶまでを見届ける事すらあり得る。人間社会のそういった変化にワシらはあまり頓着せんのじゃよ」

「ほへー」


「まあそれはともかく、仕事なら引き受けるぞ。パワーポーション用のファールじゃったな。さっそく取りかかるので魔石を出しとくれ」

「その事なのだが、まだ話がある」


「なんじゃ? さすがに魔石までワシが用意するつもりはないぞ?」

「そうではない」


 俺は首を振って切り出した。


「アル。いっそファルマシアへ移住するつもりはないか?」


 俺の言葉に、アルを始め三人は意外そうに目を見開いた。



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