第35話 里に到着
「……しっかし、すげえよな」
トロル討伐後、再び里を目指す途中でシャノンが口を開いた。
「あんなでっけえ奴を一撃で倒しちまうなんてよ。エミルひとりで魔王を倒せたってのもうなずけるぜ」
「褒められるような事じゃない。勇者に選ばれた俺にとって、魔王討伐は是が非でも果たさねばならない使命だったからな。そのために女神リーブラから加護を与えられ戦闘力が強化されているし、過酷な訓練だって重ねてきたのだ。トロル一体に後れを取る訳にはいかん」
「……固えなあ。素直に喜びゃいいのに」
「それより……さっきも言ったが、お前たちの方こそ訓練の成果が出ていたぞ。よくやった」
「当然です! なんてったって、やればできるのがリサちゃんですから!」
「まーな。これもエミルの指導のおかげだぜ」
「うむ」
俺は大きくうなずいた。
「そういう訳で、約束通りふたりにはポーション飲み放題の権利」
「「いらない(です)」」
俺が言い切らないうちの即答だった。天国への扉が開かれたも同然の褒美が不要だとは。ひょっとして、こいつらには欲望というものが存在しないのか?
……まあともかく、その後も森の中を歩き続け、覚えのある道へと合流し――
「……あそこだ」
ようやく、目的のエルフ里が見えてきた。
里の周囲は高い木板の柵で囲われており、出入り門の前には門番がふたり立っている。柵の向こう側には物見やぐらが立っており、そこにもエルフがひとり配置されていた。
「門番の方いますけど……通行状とか求められませんよね?」
「いや。ここの里は誰でも簡単に通れるぞ」
俺たちはのんびりと門へと近づいていく。
「――止まれ」
だが、ふたりの門番は俺たちの前に立ち塞がった。
「……止められてんだけど……」
「ふむ……」
もしや、二百年のあいだに新たな掟が作られたのか?
話を聞いてみるか。
「失礼。俺たちはこの里に住む『アルジェント』というエルフに用がある。通してはもらえないだろうか」
「ダメだ」
門番は首を振った。
「我々の掟で"里のエルフ以外の者には決してこの門をくぐらせてはならない"と決められている。ここを通す訳にはいかない」
……やはりそうか。悪い予想が当たった。
「そこを曲げてお願いできませんか? 私たちにとって大切な用事があるのです」
「頼むよ。ここのエルフたちに迷惑はかけねーからさ」
「「ダメだダメだ!」」
リサとシャノンも頼み込むが、門番たちはあくまで断固とした口調である。
……まいったな。こうなったら俺が勇者エミルだと明かすか? そうすれば顔見知りの住民へ話を通してもらえるかも知れない。それに――いささか不本意ではあるが――勇者としての名声を利用すれば特別に許可を得られるかも知れない。
「いいか、我々にとって里の掟は絶対なのだ!」
「左様! 例外など一切認められない!
だが、門番たちの頑なな様子を見るにそれも期待薄だろう。彼らがコネや名声ごときで掟を曲げるとは思えない――
「「――ですので、ご用の方は別途用意されたあちらの門をお通りください」」
「「「…………」」」
一転してにこやかな表情を浮かべつつ、門番たちは少し離れた場所にある門を指さした。
……うん。
まあ、アレだ。確かに通るのは『この門』ではないな。『あちらの門』なら通り放題という理屈なのだな。
「……いいのかよそれ……」
「いやあ、最近は『頑固で閉鎖的な里』ムーブが流行ってまして。それっぽい掟をノリで作ったのはいいのですが、行商人さんまで入れないという事に後から気がつきまして」
「「「…………」」」
「このままではさすがに不便、さりとてイイ感じに雰囲気出てる掟を破棄するのも惜しい。我々はこの問題を解決するための話し合いを行いました」
「「「…………」」」
「――その結果が、あのお客様用の門です」
……懐かしい感覚が蘇ってきた。
このなんとも言えない脱力感。
「……エミルさん……」
「……許可が出たのだ。ありがたく入るとしよう」
俺たちは歩いて数十歩ほどの距離にある門をくぐり、中へ入った。
なお、門の上部アーチ部分にはご丁寧にも『大歓迎! のんびり過ごしていってネ!』と書かれていた。
思っていたよりも変わらない風景。
それが俺の体感で一年ぶりとなるエルフ里の感想だった。
もちろん、実際には二百年も経っているのでまるきり同じという訳ではない。真新しかったはずの小屋が朽ちていたり、なにもなかったはずの場所に井戸が掘られていたり。
それでも基本的な道や建物などの区画、なによりこの閑静とした空気は以前訪れた時のままであった。
「ここだ」
おかげで、目的の人物――アルジェントの住む木造家屋へも迷う事なくたどり着けた。
「引っ越していなければいいが……まあ、その時は里の者に尋ねればいいか」
「そうですね。それにしても、アルジェントさんってどんな方なのでしょうか。ちょっと楽しみです」
「…………」
「……エミル? なんで憐れむような目をあたしたちに向けてんだ?」
「……あらかじめ確認しておく。俺がお前たちに同行を頼んだ訳ではない。着いてきたのはあくまでお前たちの自由意志によるものだ。間違いないな?」
そう問われても、リサとシャノンはキョトンとするばかりだった。質問の意図を測りかねている様子だ。
「ここへ来たのは、紛れもなくお前たち自身の意志。そこに異論はないな?」
念を押すようにもう一度尋ねる。
「……よく分かりませんが……まあ、そうです」
リサに同意するようにシャノンもうなずいた。
「それがどうかしましたか? なにか問題でも……」
「いや。…………すまない」
「……なぜ謝る?」
シャノンの問いには答えず、俺は出入り扉を叩いた。
少しして扉が開き、奥から長身の女エルフが姿を現した。
腰までまっすぐに届く美しい銀髪に、深い紫色の瞳。みずみずしい色白の肌に包まれた端麗な顔立ち。
人間で言えば二十歳そこそこの美女といった外見である。もっともエルフなので実際の年齢は数百歳を超えている。
彼女こそがエルフの符術士・アルジェントだ。
「……誰じゃ。訪問販売なら断って――」
「アル。久しぶりだな」
アルジェント――"アル"は俺の姿を見て紫色の瞳を見開き、硬直する。
「……エミル?」
「そうだ。ちなみに本物だ」
いちいち説明するのもめんどうなので、初手で"勇者の印"を輝かせる。
「…………な……いやいや待て、あやつは魔王と差し違えて死んだはず……いや、そもそも二百年前の人間じゃぞ……」
「ちょっとばかり奇跡が起こっただけだ。幽霊や幻術のたぐいではないぞ。正真正銘、エミル・メーベルト本人だ」
「…………」
「混乱させてすまない。詳しい経緯はあとで説明する」
「…………おい。おぬし、本当にあのエミルか……?」
「ああ」
少しずつ事態を飲み込み始めたらしい。アルは慎重に探るような声音を出した。
「……おぬしが一番好きなポーションは?」
「その質問にひとことで答えるのは難しいな俺が一番飲んでいるのはおそらくヒールポーションであるがそれは使用頻度が高いだけで好みに直結する訳ではないがそれは別にヒールポーションが一番ではないと否定しているのではなく俺が言いたいのは一番の好みを一番多く飲んでいるという訳ではないという事であってそもそも必要な時以外にポーションは飲んではならないという道理はないしたとえばマナ」
「うむ。間違いなく
心から確信したようにアルはうなずいた。思ってたより話を信じてもらえるのが早かったな。
「あのー。そちらの方が……」
「ああ。俺の古い友人、アルジェントだ。……アル。彼女らを紹介しよう。このふたりは――」
「…………」
「ん? どーしたんだエルフのねーちゃん?」
唐突に黙り込んだアルに、シャノンは尋ねる。
……ああ、
「あのー? いかがなさいました?」
「――ワシ好みの若いおなごふたりぶんのおっぱいっひょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!」
「「何事ぉっ!?」」
興奮状態となってふたりへ飛びかかりそうになったアルを、俺は体を張って止めた。
……うむ。
この反応、間違いなくあのアルだ。
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