第34話 トロルと遭遇
木々の奥から姿を現した、紫色の巨大な魔物。あれは――
「なぁっ!? "トロル"ッ!?」
トロルは人の三~四倍の背丈がある巨人型の魔物だ。動きこそ鈍重であるが、その屈強な体躯から繰り出される一撃は非常に危険である。
「おいっ!! ここトロルなんて出るのかっ!?」
「いや。少なくとも里周辺で遭遇するなんて話は聞いた事がない」
「でもこの通り出てきてるじゃないですかっ!!」
魔物の巨体を前にシャノンとリサは動揺していた。まあ無理もない。普通は手練れの冒険者が複数名で挑むような相手なのだから。
「落ち着け。本来の生息域から外れた場所で魔物と遭遇する事はたまにある。おおかた、近くの山脈にでも棲んでいた個体がこの森に流れてきたのだろう。リサにも
「ありますけどっ!! ますけどーっ!!」
「お、おいおいリサ、落ち着こうぜっ!! なんてったって、こっちには魔王を倒した勇者サマがいるんだからなっ!!」
「はっ!! そうでしたそうでしたっ!!」
リサとシャノンは安堵と期待に満ちた目で俺の方を振り向く。
……安心しているところ悪いのだが――
「……ささっ、という訳でエミルさんっ!! こんな魔物なんてサクッとバシッとやっちゃってくださいっ!!」
「いや。言っておくが、まずはお前たちに戦ってもらうつもりだぞ」
「「……え?」」
「強敵との戦いはあらゆる鍛錬に勝るからな。これはふたりにとって戦闘経験を積むいい機会になるはずだ」
「「……ええええええっ!?」」
ふたり分の絶叫が薄暗い森にこだまする。
「そ、そりゃあ確かにエミルさんは私こと優れた才能があってしかもかわいいリサちゃんを鍛えてやるとは言っていましたがっ!! よりにもよってあんなヤバそうな奴と戦わせようなんて無茶ぶりが過ぎるじゃないですかぁっ!!」
「そーだよっ!! いくら訓練たってぶっ飛び過ぎな相手だよっ!!あたし、エミルに習った古式魔術のやり方にようやく慣れてきたって段階なんだぜっ!?」
リサもシャノンも及び腰である。危機回避という観点から見て恐怖が重要な感情であるのは確かだが……危険を恐れて逃げるばかりでは成長できない。
かといって萎縮させた状態で戦わせてもうまく立ち回れないだろう。
「ふたりとも。よく聞け」
指導には厳しい鞭だけでなく、甘い飴も必要だ。ここは俺が用意できる最高の飴を提供してやろう。必ずややる気になってくれるだろう。
「ヒールポーションはたっぷり持ってきている。がんばった奴にはご褒美に満足するまで飲み放題の権利をやるぞ」
「「がんばれるかぁ――っ!!」」
……まったくの計算外だ。まさかポーション飲み放題が不満とは。こいつらどこまで強欲なのだ。
「お、落ち着け。なにもお前たちだけで倒せと言ってるんじゃない。危なくなればすぐ俺が援護に入る」
「ですけど……っ!!」
「……そろそろ奴が来るぞ。思いきって全力でぶつかってみろ」
「むぬぬぬぅ……っ!!」
「さあ構えろっ!!」
「……ええ――いっ!! 分かりましたよっ!!」
「あとで覚えてろよエミル――ッ!!」
腹をくくったように二人は叫び、迫るトロルを見据える。
トロルはリサをにらみつけながら丸太よりも太い右腕を振り上げる。拳を叩きつけるつもりだ。
「……させるかっ!!」
タイミングを見計らい、シャノンが魔術発動。『植物を操る』魔術の効力で地面の草が急激に伸び、大きく踏み出そうとしたトロルの左足へと絡みつく。
巨人の動きが一瞬止まる。だがトロルの筋力を完全には抑えきれない。足を踏み出す動きのまま絡まった草を強引に引きちぎられる。
魔物はそのまま踏み込み、リサへ向けて剛腕を振り下ろす。
だが、
「……
シャノンが動きを妨害していたあいだにリサの守護魔術が間に合う。青白い魔術壁がリサの眼前に展開。
そのままトロルの右腕を受け止める。凄まじい衝撃で魔術壁が大きくひしゃぎ、ガラスにヒビが入るのに似た耳障りな音が響く。だがそこで魔物の拳は止まる。リサの体には届いていない。
リサは腰の剣を引き抜き、
「……にりゃぁ――――っ!!」
伸ばされたトロルの右拳に向けて振り下ろす。鈍い銀色の切っ先が、紫色の手の甲を一直線に走る。だが魔物の頑強な皮膚に阻まれ、傷をつけるには至らない。
「……おいぃっ!! ぜんっぜん効いてねーじゃねーかっ!!」
「あいつの皮膚硬いんですよぉっ!! シャノンさんこそあいつに効きそうな魔術とかないんですかぁっ!?」
「無茶言うなっ!! いまんとこ足止めがせいぜいだよっ!!」
「ふたりとも、よそ見をするなっ!! まだ来るぞっ!! リサ、次はもっと踏み込めっ!!」
「ぐぬぬぬぅっ!! ……エミルさんの鬼講師っ!! 悪魔っ!! ポーションバカ――ッ!!」
リサは俺へ悪態を吐きつつ、改めてトロルを見据えた。なぜ最後に褒めたのかは謎だが、闘志に火がついたのなら結構である。
トロルがリサを目掛け左手を大きく振りかぶり、右足を踏み出そうと地面から浮かせる。
「ンのぉっ!! させるかぁっ!!」
シャノンが再度魔術を発動。地面の草を伸ばし、今度はトロルの両足を深く絡め取る。
半端な姿勢で足を取られた巨人はバランスを大きく崩し、両膝から地面に倒れ込む。上体まで倒れかかる――が、振りかぶった左腕でとっさに支えて阻止する。
だが、結果的にトロルは地面に両膝と左手をついた姿勢をこちらに晒していた。
「いまだリサッ!! 度胸を見せろっ!!」
「やりますよっ!! やりゃいいんでしょぉぉぉぉ――――っ!!」
リサはヤケクソ気味に叫びながら突撃。渾身の力でトロルの左手へとまっすぐに剣を突きつける。
「GGYAAAッ!!」
今度こそ切っ先に皮膚を突き破られ、トロルが苦悶の声を上げる。
「やっ、やったりましたよぉ……ってぇ!?」
一瞬調子に乗りかけたリサだったが、相手は手を刺しただけで倒れるヤワな魔物ではない。リサを追い払うようにトロルは右手を振るってくる。
リサは慌てて飛び退いて回避する――が、着地の際に足がもつれて尻もちをつく。
「GOOOッ!!」
その隙を好機と見たトロルは追撃。膝をついた姿勢のまま両手を組み、頭上へ大きく振り上げる。
さすがに危ないか。援護に入るっ!!
「――
「……伸びろっ!!」
俺が全力の強化魔術を使うと同時に、シャノンも樹木に向かって魔術を発動。
横へ突き出すように生えていた一本の枝が急速に伸び、振り下ろされるトロルの両腕の進路を遮る。
枝が裂ける大きな音。そのまま
「おおおおおおおっ!!」
俺はすばやくリサと魔物の間へ割り込む。そのまま両足を踏ん張り、迫るトロルの両拳を折れた枝もろとも正面からがっちりと受け止める。
砕ける枝。俺の全身を襲う衝撃。足元の地面が軽く沈み込む。だが魔術で強化した体は問題なく耐えきる。
「はっ!!」
そのままトロルの両拳を力任せに押しのける。魔物の巨体がぐらり、と揺れ、慌てて両腕を振り回すどこか滑稽な動作でなんとか姿勢を正そうとし、結局は膝をついたままの姿勢で背後へと土埃を上げ倒れ込んだ。
「無事かっ!?」
「エミルさんっ!? は、はいっ!! ……凄っ」
リサはつぶやき、立ち上がって後方へと下がる。
「確かにな。シャノン、古式魔術のコツを掴んでいるみたいじゃないか。その調子で鍛錬を続けろよ」
「……あ、ああ……。これ以上は効果を維持できねーけどな……」
シャノンがつぶやき、トロルに絡んだ草と伸びた枝が元の長さに戻る。
「……いや、そうじゃなくて。凄えのはエミルの方だって意味だと思うけど……」
「魔王軍に比べれば大した相手じゃない。それよりリサもいい一撃だったぞ。ふたりとも、確実に成長しているな」
俺はそう告げ、よろよろと起き上がったトロルを見据えた。
「あとは俺に任せろ」
俺がそう言うのと、トロルがこちらへ一歩を踏み出すのは同時だった。巨人の目は俺に向いている。俺に押し負けたのを根に持ったのか、脅威に感じたのか。
どちらでもいい。狙いがふたりから逸れるなら好都合だ。
「GOAAッ!!」
トロルは体をねじって右腕を大きく振りかぶり、こちらへ飛びかかりながら拳を叩き込んでくる。
唸りを上げる右拳を最小限の動作で回避。背中の
「
そこからさらに跳躍、魔物の顔正面へと迫り、
「――
剣を振り抜く。
刀身から放出された雷の魔力がトロルの顔面を一気に飲み込む。威力は絞っているが、この程度の魔物なら十分だ。
着地し、背後へ飛び退く。
直後、頭部を黒焦げにされたトロルが軽い地響きを立て、前のめりに倒れ込んだ。
「「…………」」
「……さあ、行こうか」
「「……凄っ」」
魔石とトロルの死骸を
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