第33話 エルフ里へ出発

 翌日。


「――では、さっそく向かうとするか」

 工房の庭にある転移魔術ファストトラベル地点で俺はつぶやいた。


 本来の予定では俺ひとりで向かうつもりだったのだが、


「はーい」

「おー」


 どうせ店休日だから、とリサとシャノンもついてくる事になった。


「……別に俺ひとりでも問題ないのだが、本当についてくるつもりか?」

「もちろんですよ。エルフに会えるなんて滅多にない事ですから」

「ああ。珍しい話とかも聞けるかも知れねーしな」


 ふたりはのんびりと答えた。


 ……まあいいか。あいつも悪い奴・・・ではないからな。


 悪い奴では。


「そうか。……ではふたりとも、どこでもいいから俺の体に触れてくれ」

 ふたりはそれぞれの手を、俺の右肩と左腕に当てる。


「確認するぞ。まず里の周囲に広がっている森へ出る。そこから徒歩で十分ほど歩けば目的地にたどり着く。忘れものはないか?」

「はい。戸締まりもバッチリです」

「念のため装備も整えてるしな」

「なら、さっそく行くぞ。――ファストトラベル」


 俺は転移魔術を発動。三人の体が魔術の光に包まれる。

 数十秒ほど、どこかへ流されていく感覚に身を委ねる。


 光が晴れると、俺たちは鬱蒼うっそうとした森の中に立っていた。


「……おー、すげーなー。こんな、なんもなさそーな場所にもファストトラベルで飛べるなんてよ」


 シャノンは周囲を見回しつつ、青い瞳を感心に輝かせながら言った。


「エミルの魔術の腕がすげえってのがよく分かるぜ。実は伝説の勇者だったってのもうなずけるな。……いや、疑ってはねーんだけどな。なんかいまだにピンとこなくてよ」

「…………」

「……エミル?」


 俺はシャノンの声に答えなかった。


 ……おかしい。ここのファストトラベル地点はこんな場所ではなかったはずだ。


 二百年も経てば風景だって変わるだろうが……付近にあったはずの、切り立った崖までまるごと消え失せるとは到底考えられない。


「エミルさーん? 早く案内してくださいよー」

「……すまんが少し待ってくれ」


 俺は改めて周囲を観察する。


 ……これはもしや。


雷光強化レヴィンフォース


 俺は魔術で身体能力を強化し手近な木の枝へと飛び上がる。そのまま枝を飛び継ぎてっぺんまで登り、高所から周辺を見回す。


 ……やはりか。


「ふたりとも。少し悪い知らせがある」

 俺は地面へと飛び降り、待っていたリサとシャノンへ結論を告げた。


「どうやら、ファストトラベル地点の位置がズレているようだ」

「「え?」」


 ファストトラベルは地中を流れる魔導脈マナラインを利用した魔術であり、地表付近に出ている地点同士を結び、移動する。


 このマナラインそのものが消滅したり、流れが止まったりする事はない(とされている)。二百年前に登録した転移先も問題なく使用可能ではあったのだが――


「おそらく、二百年のあいだにマナラインの流れそのものが変わっていたのだろうな。まったく覚えのないところに出てしまっている」

「……そんな事があるんですか?」

「場所にもよるがな。極めてゆっくりとした変化ではあるが、なにしろ二百年も経っているのだ。すまない、予定が狂ってしまった」


「おい。まさかエルフ里まで行けないってんじゃ……」

「それは大丈夫だ。さっき高所から確認した際、遠方に里を見つけた」


 エルフ里の中央には、樹齢三千年を超える巨大な樹木が立っている。彼らが神木と崇めるその樹木が目印となってくれた。


「ただし距離は少々離れている。到着には時間がかかりそうだ」

「そうですか……まあ仕方ありません」


 リサは言った。


「それでも着いてくるのか? なんならお前たちだけでも工房へ帰したっていいんだぞ」

「構わねえよ。それくらい我慢するって」

「です」

「そうか。分かった」


 俺はうなずいた。






 俺たちはエルフ里の方角を目指し、薄暗い森の中を歩いていった。


 この辺りに土地勘が利く訳ではないので、時々高所へと登って里の位置を確認。さらに迷った場合に備え、定期的に進路上の樹木に印を刻みつけながらの移動である。


「ところでですね」

 陰気な森の風景に退屈でも感じたのか、リサが口を開いた。


「エミルさん、実際にエルフ族と会った事あるんですよね? せっかくですし、どんな方々だったのか詳しく教えてくださいよ」

「あ、それあたしも知りてえな。せいぜいうわさ話くらいしか聞いた事ねえし」

「……エルフたちか。そうだな……」


 俺はひたいを軽く指でつつきながらエルフ族の特徴を思い起こす。


「……彼らは人間に対し、決して敵対的な種族ではないが……俺たちからすれば少々めんどうな部分もあるな」

「「めんどう?」」


「ああ。エルフは人間社会の法律とは別に、それぞれ自分たちの里で独自の掟を作って暮らしている。里の掟はエルフだけでなく、俺たちのような外部の者に対しても例外なく遵守させているんだ」


「……なるほど。それは確かに頭に入れておかなければなりませんね」

「掟かぁ……。人間たちの法律も使われてんだろ? だったら、んなもんなくても普通に暮らせるんじゃねーのか?」


 シャノンがつまらなそうにつぶやいた。


「頭から否定しちゃダメですよ。私たちには理解できなくても、きっと当人たちにとっては大事なものなのですよ」

「そーかぁ? 守れって言われりゃ、そりゃ守るけどよ。あたしにゃ固っ苦しいだけにしか思えねーなぁ」

「里で暮らすうえでは必要になっているのかも知れませんよ。そうですよねエミルさん? エルフたちにとってはなにか大事な意味が――」


「……いや。大した理由じゃないな。エルフいわく『なんか里の掟とかあったらカッコよくねっ!?』『長命種としてイイ感じにそれっぽいよなっ!!』……みたいな軽いノリで作られるものらしい」


「「…………」」


「だから掟に合理性や道徳的な理由などはなく、その時の気分や流行で適当に決められる。逆に飽きればさっさと破棄される程度のものでしかない」


「「………………」」


「外部の者に適用させるのも、『ノッてくれる奴とかめっちゃ気が合うんじゃねっ!?』……という理由しかない。逆にそういうノリを無視する者は適当にあしらわれてしまう。だから、彼らと交流するためには形のうえでも掟を守らなければならないんだ」


「「めんどくせえ(ですね)」」


 俺の説明にふたりは声を揃えた。腹の底から思ったであろう、それはそれはくすんだ感情のこもった言葉だった。


「だからそう言っただろう。……まあ妙な趣味を持っているだけで悪い奴らではない。そう身構える必要は――」


 ない、と言いかけて口を閉ざす。注意深く、意識を周囲へと巡らせる。


「? どうしたエミル?」

「……いるな」


 俺がつぶやくのと、木々を揺らす音が届くのは同時だった。


「ふたりとも、準備をしろ」

「な、なんのですか?」

「戦闘のだ」


 音がどんどん近づき、振動も伝わってくる――枝葉が大きく揺れる。


 暗がりの奥から、巨大な人型の魔物が姿を現した。



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