第32話 エルフ族

「……それでエミルさん。符術士のアテとは……」

 マイラを見送ったあと、リサが言った。


「うむ。うっかり忘れていたが、そういえばこの時代にも"いにしえ製法のポーション"に関わっていた者たちがいたのを思い出したのだ」

「どちら様ですか?」

「ああ。『エルフ族』だ」


 エルフ族。


 森の深くに里や集落を作って住んでいる種族であり、"耳の先が長い"以外は人間とほぼ変わらない外見をしている。


 彼らは非常に長命であり、その寿命は軽く数百歳を超える。場合によっては千年以上生きるエルフすらいる。


 二百年後の世界に飛ばされ、そこで人間関係も途絶えたものと無意識に思い込んでしまっていた。


 だがエルフであるあいつ・・・なら、まだ生きている可能性が高い。


「いや、ちょい待て」

 シャノンが言った。


「気軽に言うけどよ。そもそもエルフたちが住んでる場所なんてファルマシア周辺このあたりにゃないんだぜ。どうすりゃ会えるんだよ」

「それなら問題ない。転移魔術ファストトラベルで飛べる場所の近くにエルフの里があるからな。そこにポーション用符術を扱える知り合いがいる」

「……なあ」


 シャノンはどこか探るような声音を出した。


「エルフって普通は森の奥とかに住んでて、人間とはあんま交流しない種族だったよな。エミル、お前よくエルフの知り合いなんているな……」

「まあな。旅をしていたころ、エルフの里に立ち入る機会があったんだよ」


「お前、旅なんてしてたのか?」

「ああ。すこし前までな」


「すこし前?」

「ほんの二十日ほど……いや、正確には二百年か。二百年ほど前の事だ」

「ふうん。そうだったのか」


 シャノンは大きくうなずいた。納得してもらえたようでなによりだ。


「そういう訳で、俺は明日エルフの里へ向かい――」


「「……ってちょっと待ったぁぁぁぁぁ――――――――っ!?」」


 俺の声を遮って、リサとシャノンが同時に叫んだ。


「……ふたりともどうした?」

「「どうした、じゃねえ(ないです)よっ!!」」


 ふたりは声を揃えて詰め寄ってきた。


「にひゃくっ!? エミルお前いま『二百年前』っつったかっ!?」

「そうだが?」

「なにしれっとした顔でおかしな事言ってやがんだっ!! いくら冗談ったってぶっ飛びまくってんぞっ!?」

「そうですよっ!!」


 今度はリサが声を上げた。


「エミルさんの正体が二百年前に魔王を倒した"勇者エミル・メーベルト"で、討伐直後にとある事情でいまの時代に飛ばされてきただなんて事実、まさかシャノンさんにバラしちゃうつもりなんですかっ!?」


「いままさにリサがバラしてんだよっ!! ……待てっ!? ちょっ、いやっ、なんか待、ちょっ……冗談……えっ!?」


 シャノンはすっかり狼狽した様子だった。視線を俺の全身あちこちにさまよわせつつ、まるで整理されていない言葉を吐き出していた。


 ……まあ確かに。ある日いきなり『勤め先の店主は勇者である』と言われてしまえば混乱するのも無理はないだろう。


 話しても問題ないと思ったのだが……これは少々、配慮が足りなかったか。


「……唐突に悪かったな、シャノン」

「悪かったっ!? ……あ、ああ……なんだ。つまり、事前にふたりで打ち合わせしていただけの手の込んだ冗談か……」


「取りあえずこれを見て落ち着け」

「ああ、そうだな――"勇者の印"ぃぃぃっ!!」


 という訳で"複製不可能な証拠"を見せておこう。左手の甲に浮かび上がらせた紋章を見れば、紛れもない事実であると受け入れるだろう。


「なんでっ!? ユウシャナンデッ!?」

 だが、俺の目論見とは裏腹にシャノンはますます混乱していた。


「……どうした? ほら、印をもっとよく見て落ち着け」

「落ち着いてられるかぁぁぁ――――――っ!!」

「……エミルさん。なに考えてたか知りませんが完全に逆効果ですからね……」


 リサが呆れたようにつぶやいていた。


 その後しばらく、ふたりで混乱するシャノンをなだめた。






「――つまり、エミルは魔王討伐後にミラクルポーションの影響で二百年後のいまの時代に飛ばされた……と」

「うむ」

「……まあ、事情は理解したけど……むしろ理解せざるを得なかったけど……」


 俺の説明を聞き終え、シャノンはなんとか内容を飲み込むようにうなずいた。


「リサも知ってたんだよな?」

「ええ」


「エミルが勇者だっていうの、いままでずっと黙ってたんだろ? だってのに、あたしにバラしちゃってもいいのか?」

「ああ。問題ない」

「……そうか」


 シャノンはつぶやいた。その表情には柔らかい笑みが浮かんでいた。


「……それって、あたしを仲間として信頼してくれてるって事なんだよな。もう隠し事をする必要がないくらいに――」


「ああいや。いままで特に言う機会がなかっただけの話だ。特別秘密にしている訳じゃないぞ」

「…………おい。うっかり感動的な空気醸し出しちまったじゃねーか」

「……まあこの人、正体についてはなあなあで適当に流そうとしてる適当な人ですからね……」


 ぶすっとした顔のシャノンの肩にリサは手を置いた。


「……とにかく、そういう事だ。俺は明日、エルフの知り合いに会いに行く」


 俺は言った。



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