第31話 マイラ、工房に立ち寄る

「ありがとうございました」

 俺は店をあとにするポーション購入客へと頭を下げた。


「……うちもちょっとずつお客さんが入るようになりましたねー」

「だな」


 客を見送ったのち、リサとシャノンは朗らかな調子で顔を見合わせていた。


 冒険者ギルドへの委託販売を開始してから一週間。"いにしえ製法のポーション"が冒険者たちを中心に徐々に知名度を広げていき、それにともない工房への客入りも少しずつ増加していた。


 いい傾向である。それでもポーション復権の道はまだまだ遠い。本来のポーションが一般化し、"いにしえ製法"という名称がもはや不必要となる――あるべき姿を取り戻すためにも、一層気を引き締めてかからねばなるまい。


 俺が決意を新たにしていると、


「――こんにちは。やってるかしら?」


 出入り口の扉呼び鈴ドアチャイムがカランと鳴り、外からマイラが顔を覗かせた。


「マイラさんじゃないですか。どうかしました?」

「仕事で近くを通ったからちょっと顔を見せに寄っただけよ。調子はどう?」

「まあまあだ。これもギルドが委託を受けてくれたおかげだ」


 俺が言うとマイラは「そりゃどうも」とほほえみ、それから商品の陳列棚を一瞥いちべつする。


「……ところでさ。ここって、ヒールとマナの二種類しかポーション売ってないわよね」

「うむ」


「強化系ポーションを取り扱うつもりはないのかしら。具体的に言うと筋力増強薬パワーポーションとか」

「わざわざの指定という事は、パワーポーションがご入用なのですか?」

「ええ。ちょっとね」


 マイラが言った。


「近々、ファルマシアこのまちの東外壁で大規模補修工事があるの。その影響でパワーポーションの需要が高まってるのよ」

「ああ。そーいや壁の工事がどうとかいう話、チラッと聞いたな」


 シャノンがうなずいた。


「冒険者ギルドでもクエストとして臨時の作業員を募集しているから、関係のある話なのよ」

「"冒険者"ギルドで土木作業の募集……相変わらず手広いですねー……」

「よく言われるわ」


 マイラは肩をすくめながら言った。


「ここのポーションは効果が高いから作業員たちも喜ぶだろうし、そっちにとっても商機になるんじゃないかと思ってね。それでちょっと聞いてみたのよ」


 確かに、パワーポーションを使えば重い石材の運搬もずいぶん楽になるだろう。深刻なポーション離れが進むロプレア歴725年この時代であるが、まだまだ必要とされているのか。


 すばらしい。長い時を経てもポーションの存在が完全に忘れられた訳ではないと確信させられる。


 ああ、親 友ポーションよ。二百年ものあいだ耐え難きに耐えつつ、人々の生活を無言で支え続けてきたのだな。なんという献身。なんという忠勤であろうか。


 居ても立ってもいられない。すぐにでもパワーポーションを作成し町中にばら撒きたい衝動に駆られる。


 駆られる……のだが――


「…………あいにく、現状では用意できない」

「……なんでまた泣きそうな顔なのかしら?」


 だって作れないもん。


「……まあいいわ。強化系ポーションは他の店舗でも普通に取り扱ってるものだけど……調達できない材料でもあるのかしら?」


 マイラの疑問に同調するように、リサとシャノンもこちらへ視線を送ってきた。

 取りあえず目元をぬぐいつつ答える。


「……材料そのものはある程度確保してある。……が、本来の効果を持った強化系ポーションを作るにはそれだけでは足りない。"いにしえ製法"の名を掲げる以上、不完全なポーションを提供する訳にはいかない」

「エミルさん。その足りないものってなんですか? 材料じゃないって事は、釜とか臼とかの道具ですか?」


 ……いい機会だ。強化系ポーション作りを進めるためにも、ここいらで彼女らに説明をして協力を仰ごうか。


「いや。"人"だ」

「人?」

「ああ。『付与術士』の力がいる」


 付与術とは物体にさまざまな効果を付与し、たとえば『暗闇でも読める光るインク』や『斬ると対象が燃える剣』などを作り出す魔術である。


 強化系ポーションを作るためには、その付与術を扱える人物に協力してもらわなければならない。


「付与術士ならこの町にだっているでしょう?」

「うむ。だが、ポーション作りに必要な付与術を扱えるかは分からない」

「そもそも、強化系ポーション作るのになんで付与術がいるんだ?」


 シャノンが尋ねる。


「専用のファールを作るためだ」

「ファール。"魔石のけずり粉"の事だったわね」


「そうだ。……特別な付与術をかけた魔石を粉状にけずったもの、いわば『付与ファール』を加える事によって、各素材に含まれる天然の魔力効果を増幅させるんだ」

「へえ、すげーじゃん。付与魔術ってそんな風にも使えるんだな」

「ああ。……そこで三人に尋ねたいのだが、そのような魔術を扱える付与術士に心当たりはないか? うわさ程度の話でもいい」


 俺が尋ねると、三人とも沈黙を返す。形だけは記憶をたどる素振りを見せているが、実際には心当たりなしなのだろう。


 まあそうだろう。


 長い年月の中で本来のポーションの作り方が失われたにも関わらず、ポーション作りに必要な付与術だけは残っている……などというのはあまりに不自然だ。


 やはり、二百年のあいだに廃れてしまったと見ていいだろう。


「……ちなみにエミルさんが使えたりとか……」

 リサが一応、といった様子でつぶやく。


「いや。付与術はまったくの門外漢だ」

「ですよねー……」


 ……こんな事なら付与術を学んでおくべきだったな。いまさら言っても詮ない事ではあるが。


 なんにせよこの時代に強化系ポーションを復活させるためには、まずは付与ファール作りに必要な術を復活させなければならないという事だ。


 そのためになにをするべきか。代々あらゆる付与術を保存し、現代に伝えている家を探すべきか。どこか大きな図書館をくまなく探し、古い魔術書を発掘するべきか。


 いずれにせよアテもなければ確実性もない。だがそれ以外に――


「…………」

「? エミルさん?」


 いや。


「……そういえば、ひとつだけアテがあったな」

 俺のつぶやきに、三人の視線が集まる。


 失念していた。不覚にも完全に意識から抜け落ちてしまっていた。


「そうなのですか?」

「うむ。……ちょうど明日は店休日だ。明日、そこへ出向いてくる」


「……よく分からないけど、ひとまず調達できそうと思っていいのかしら?」

「まだ確定ではないがな。見込みはある」


 俺が言うと、マイラはうなずいた。


「そう。だったら頼むわ。……それじゃ、私はおいとまするわね」

 マイラはそう言って工房から立ち去っていった。



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