第30話 支援部長アレックス・ノードリーその3

「……ま、まあともかく」

 気を取り直して私は言った。


「交渉を進めましょうか。手数料や取り扱い個数など、決めるべき事はまだありますから」

「そうですね」


 エミルメーベルトたちはうなずいた。


 その後、しばらくは順調に話がまとまっていく。


 確かにファール――"魔石のけずり粉"を入れていると聞かされた時は驚いた。だが、粉末状に砕いた鉱石を薬として使う事などそもそも普通にあり得るのだ。それを踏まえれば決して突飛な発想という訳ではない。実際に飲んだ私やマイラ、数名の職員にもなんら問題は出ていない。


 こちらがもっとも懸念していた安全性にも合格を与えられる。委託を受け入れる方向で話が進んでいった。


 小規模な個人経営店なので仕入れ個数は少なめに。手数料は売り上げの三割をこちらが受け取る――などなど。


 先ほどはメーベルトの言動に面食らったが、基本的に会話そのものは通じる相手だ。確かに少々……いや、だいぶ変わり者なのかも知れないが、変わり者など冒険者の中にいくらでもいる。こちらとしては交渉できるのであれば頓着とんちゃくはしない。


「――次にですね。ポーションの名称を決めたいのですが」

 私が言うと、メーベルトは首をかしげた。


「名前? それぞれヒールポーションとマナポーションでいいのでは?」

「いえ。それらは通常のポーションよりはるかに効果が高い品です。他と同名で販売しては混乱を招くおそれがあります。差別化のためにも別途名前を用意しておいた方がいいでしょう」

「まー確かにな……ですね」


 シャノンタリスは慌てて敬語に直す。こういう場には慣れていない様子だ。もちろんいちいち気にしない。なんならもっと不躾ぶしつけな態度を取られた事もあるのだ。


「そういう事です。……メーベルトさんが独自開発したものですからね。たとえば"メーベルト特製ヒールポーション"などの名前はどうでしょう?」

「なるほど。それならうちの宣伝にもなって一石二鳥ですね。……私ほどのセンスではありませんが……」


 リ サクリオーネはうなずいた。最後の方は小声で聞き取れなかったが、まあ気にするほどの内容ではないのだろう。


 一方のメーベルトは渋面を作っていた。


「……お言葉ですが、このポーションは俺が独自開発したものではありません。あくまでいにしえの先人たちが考案した製法を再現したものです。にも関わらず"俺特製"を名乗るなどと……おこがましいにもほどがあります」


 そういえば最初に挨拶をした際も似たような事を言っていたな。どうやら本気で言っているらしい。


 とはいえ、いまは名称の厳密さを求める場ではない。


「いえいえ。こういうものは正確さより分かりやすさが大事なのですよ。そう難しく考えなくてもいいのです」


 実際、大げさなあおり文句などさほど珍しくもない。


 そこらの武具屋を覗いてみれば、ハルバードに『最強』の|冠言葉が気軽に輝き、クロスボウに『ぶっ壊れ性能』の文字が手軽に踊る光景などいくらでも見かける。やり過ぎて商業ギルドから注意を受けた店舗もある。それら事例に比べればむしろ控えめと言っていいくらいだ。


「そーだな。なんだったら……なんでしたら」

「……タリスさん。気にしませんので普通に話していいですよ」

「そーか? じゃあそうさせてもらうぜ」


 言った途端、タリスはまるで邪魔なボロ布でも脱ぎ去ったような表情となり、続きを口にした。


「なんだったら"メーベルト印のポーション"なんてのもいーんじゃねーか? 派手さが足りなきゃ『最強』とか『ぶっ壊れ』とかつけりゃバッチリだろ」


 君もか。いやいいけど。


「そうですね。……まあそういう訳で、仮称ですがギルドへ置く際は"メーベルト印のポーション"にしてはどうでしょう?」


 話を振られてもメーベルトは無言だった。しばらく反応を待つが、いつまでたっても返事をする気配がない。


「……あの? メーベルトさん?」

 怪訝に思った私が改めて声をかけると、


「……う……おおおぉぉぉ――――――――っ!!」


「メーベルトさ――――――んっ!?」


 突然、なぜか号泣しながらテーブルへと頭を打ちつけ始めた。


「俺はなんと罪深い男なのだ……っ!! 偉大なる先人たちの叡智えいちをちょっと世界救った程度の矮小な男が独占するなどとは……っ!! 足りない……っ!! この程度の痛みじゃ慚愧ざんきの念は振り払えない……っ!!」


 混乱しているのか、世界どうたらとおかしな事まで口走り始めた。


 いや、混乱したいのはむしろこちらだった。私も様々な人々と何度も交渉を重ねてきた経験があるが、交渉相手が泣き叫びながらテーブルに頭を打ちつける場面に遭遇した事はこれまで一度たりとてなかった。


「ちょ、落ち着きなさいよメーベルトさんっ!!」

「そ、そうですよっ!! まだ決定した訳じゃないですからっ!! ですよね支部長さんっ!?」


 マイラとクリオーネがメーベルトをなだめつつ『なに言うべきか分かってるよなっ!?』とばかりにこちらへ顔を向けてきた。


「そうですっ!! その通りですっ!! いまのはあくまで仮称を提案しただけの話ですからっ!! ……めんどくさいなこの男っ!!」


 思わず交渉の場にあるまじき暴言を吐いてしまったが、場のほぼ全員が同意するようにうなずいていた。


「とにかくっ!! その案は却下という事でっ!! ……そっ、それでは"いにしえ製法のポーション"はどうでしょうかっ!?」


 私が言うと、メーベルトは頭を打ちつけるのを止めた。


「…………そうですね。じゃあそれで」

「はい決定っ!! じゃあ次行きましょうかっ!!」


 有無を言わさぬ口調で私は言った。有無を言おうとする者など誰もいなかった。


「……そっ、それでですね、次に値段の方ですが」

「? 普通のポーションと同じでいいんじゃねーのか?」


 タリスが言った。


「いえ。なにしろ普通のものより大幅に効果が高いですからね。それを従来品と同じ値段で出せば、販売所へ出荷している他店に対して角が立ってしまいます」

「なるほど」


 メーベルトが納得したようにうなずいた。


「そういう事です。それで――」


「――つまり、ここはひとつ従来品よりも安い値段をつけてやるぞ、と」

「なぜそうなるのでしょうな」


「分かりました。これまでは他のポーションと値段を合わせていましたが――そういう事でしたら喜んで安くしましょう」

「なぜそうなるのでしょうな」


 二回繰り返した。


「……エミルさん。さすがにそれは……」

「いいものを安く提供する。それになにか問題でも?」


 難色を示すクリオーネに、メーベルトはごく当然のように言った。普通、商人は『利益のため商品を高く売りたい』と『高すぎては売れないため安くしなければならない』の二律背反に悩むはずなのだが……彼からはそのような葛藤は見受けられない。


 なんにせよ、訂正しておかなければ。


「メーベルトさん。なにか誤解していらっしゃるようですが、普通のポーションよりも高値で売ると言っているのです。安くするのではありません」

「……な……っ!! そんなバカな……っ!!」


 私の説明に、メーベルトはなぜか驚愕していた。


「……できませんっ!! ポーションの値段を釣り上げて暴利をむさぼるなど……そのような不義理を働くなどっ!!」


 暴利て。


「落ち着いてください。さっきも言いましたが、他店と同じ値段ではかえって『当てつけか嫌味のつもりか』と反感を買うおそれがあります」


「しかし……っ!! ポーションは万人に買い求めやすい価格で提供するべきではないのですかっ!? せめて相場と同じ値段で売るべきですっ!!」


「いえ。文句をつけてくる可能性があるのは他店だけではありません。商業ギルドから『市場全体に悪い影響が出る』と横槍を入れられてしまう事も考えられます」


 つまり『高品質に見合わない低価格を勝手につけて市場の秩序を乱すな』という事だ。彼らは市場全体の保護者でもある。一店舗だけが一方的に有利となる状況には見過ごせないだろう。


「しかし……しかし……っ!!」

「エミルさん。こちらだけでなく、相手方にも都合があるんですから。あんまり無理を言わないでください」


「だが……っ!!」

「他よりちょっとだけ高くなるってだけです。暴利だとか、そういう話には繋がりません。素直にうちが評価されている証拠だと受け取っておきましょうよ」


 クリオーネがなだめるように言う。


 メーベルトはしばらくうつむいて沈黙したのち、


「…………アレックスさん」


 観念したようにつぶやいた。


「はい」

「どこか頭を打ちつけるのにちょうどいい柱はありませんか?」

「ありません。というか止めてください」


 迷惑だから。


 それはともかく……普通に考えれば悪い話ではないはずなのだが、彼はそもそも普通ではない。よく分からないプライドに触れたらしい。


「……分かりました」

「分かってもらえましたか」


  ……まあ、受け入れてもらえたのなら問題ない――


「――雷光レヴィンッ!! 自己制裁セルフパニッシャーッ!! ぐぅおあああああああ――――――っ!!」


「メーベルトさぁぁぁ――――――――んっ!?」


 いきなりメーベルトの体に電撃が走った。彼の全身からすごい勢いでバチバチ雷光が散り、のどから悲鳴がほとばしっていた。


「エミルッ!? なにやってんだよお前っ!?」

「…………雷の魔力を自身に流し込む、自己制裁用の魔術だ。俺が考案した」

「そういう意味じゃねえよっ!!」


 テーブルへぐったりと倒れ込んだメーベルトに、タリスは叫んだ。


「メッ、メーベルトさんっ!! 制裁など、そんな事をする必要なんてありませんからっ!!」


「……安値でポーションを提供できない俺は戒められなければなりません。そちらの事情は理解しましたが――それでも、罰を受けない理由にはなりません。自己を律する事を忘れた時、人はポーションの道から外れてしまうのです」


「外れちまえそんな道っ!! もうやだこいつっ!! めんどくせぇっ!!」


 改めて吐いた暴言であったが、やはり場のほぼ全員がうなずいていた。






 ……なんやかやとありつつも、委託販売の件は双方合意で無事に話がついた。


「それでは、本日はどうもありがとうございました」

「……はい……」


 挨拶をするメーベルトに対し、私は力なく答えた。


「……アレックスさん、マイラさん……」

 クリオーネが、私と同じく弱々しい声を出す。


「「……はい……」」

「……すみませんでした……」

「「……いえ……」」


 心底から出たであろう言葉に、私と娘は同情混じりに返した。


 ……彼女らは普段からあの変人とつき合っているのだ。その苦労は私の比ではないはずだ。


 ……というか、私も今後あのポーション狂いと接点を持ち続ける事になるのか。いや、確かにポーションそのものは優れた品なので委託を受けた事そのものは後悔していないが……。


 正直、めっちゃ疲れた。


 今日は早めに寝よう。



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