第29話 支援部長アレックス・ノードリーその2

 このような展開になるとは。私にとってまったく予想外の出来事であった。


 まさか、まさか――


『……突然どうした。ポーションに癒やし草と甘露かんろ草とファール使うのになにか問題でもあるのか?」

「いやだからエミルっ!? ポーションの材料なんて気軽にバラしていいのかよっ!?」


 ――まさか、困難と思っていた『材料の秘密を知る』を初手で達成する事になろうとは。事前の意気込みはいったいなんだったのだろうか。


 しかし……"甘露草"といえば確かあれだ。かじると少しばかり甘い味のする野草の事だ。


 察するにそれがポーションの苦さを抑え、味をよくする効果を発揮しているのだろうが……少量入れた程度で意味があるとは思えない。


 どれだけ大量に使用すればいいのか、それだけの甘露草を彼らがどのように調達しているのかまったく見当がつかない。


 輪をかけて分からないのが"ファール"だ。


 まったく聞いた事もなければ、それらしきものの心当たりさえない。


 野草なのか? それともなにかの果実? 動物の肝や、特殊な薬品という可能性もあり得る。


 ……そこまで考えて、エミルメーベルトの考えが読めた。


 なるほど。彼は『素材名を明かしただけでは自作ポーションの秘密を解き明かせない』……と踏んだ上で先手を打ったのか。


 つまりこうだ。


 彼はおそらく、ギルド支援部こちら側が『安全性を確認するために材料を知りたい』と考えているのをあらかじめ予測していたのだろう。


 自分たちの優位性を確保するためにポーションの秘密は守りたい。だが安全証明のため使用素材は明かさねばならない――それらを両立させるために策を講じていたのだ。


 あえてすんなりと素材を明かす事でこちら側の要望を早急に満たしておく。だが一番肝心な甘露草の投入量やファールの正体は決して明かさない。


 こちらとしては聞きたい事は聞けた訳だから、それ以上の追求は行いづらい。特にファールは『まさか冒険者ギルドともあろう組織が知らないのですか?』という雰囲気でも出してしまえば、それだけで抑止効果になると見越しているのだろう。


 一見無警戒に思わせておいて、実は緻密な計算のうえで行われた発言だったという訳だ。なるほど、彼は相当な策士



「ああ、説明が足りませんでした。ファールとは魔石をけずった粉の事です。それと甘露草を入れる量はのちほど紙に書き残しておきます。そこまで大量には使いませんが」

「だからエミルさ――――――――んっ!? いっぺんストップですっ!!」



 ……うん。普通に違った。なんか勝手に全部明かしてくれた。


 まあそうだろうね。正直、私もちょっと無理のある推理かなー、って思ってた。


「……魔石をけずった粉……って、そんなもの入れて大丈夫なの……?」


 天を仰ぐ私をよそに、マイラは至極当然な疑問を口にしていた。うん。娘よ、それ大事。でかした。


「はい、問題ありません。それほど大量に入れる必要もありませんし――むぐ」

「ですからエミルさんっ!! ちょっと一回止まってくださいっ!!」


 さらなる情報を垂れ流そうとするメーベルトの口を、リ サクリオーネが慌てて塞いだ。


「……なんださっきから。いったいなにを騒いでいるのだ」

「い……いえ、おそらくですがメーベルトさん」


 思わず私は口を挟んだ。


「クリオーネさんはですね、ポーションの素材や製法は極力秘密にしておいた方がいいのでは、と考えているのでしょう」

「なぜでしょうか」

「そりゃあ、同業者に知られてしまえば作り方をマネをされてしまうからでしょ

う。そうなればあなた方の優位性が崩れてしまいます。たとえ冒険者ギルドが商売がたきでないとしても、できれば教えたくはないはずです」


 なぜ私がこんな事を説明せねばならないのか……と思わなくもない。だがクリオーネとシャノンタリスが『もっと言ってやってくれ』とばかりに激しくうなずくのを見れば、些末な疑念など吹き飛ぶというものだ。


 だが、私の説明にメーベルトは眉をひそめた。


「ですから、それのなにが困るというのでしょうか」

「……は?」


 さも当然のように言うメーベルトに、私の思考は硬直する。


「俺はポーション本来の製法を広く世に伝える事によって、ポーションの復権を果たしたいと考えております。それこそ、ポーション主義者ポーショニストたる俺がポーション工房を営むうえで最大の使命であると心得ております。ポーション本来の製法を同業者へ伝えるのになんの不都合がありましょうか」

「……ポーショニ……え?」


 息でもするように謎用語を吐き出された。


 頼む。誰か、誰か解説してくれ――すがるような視線をクリオーネたちに向けるが、返ってきたのは諦観ていかんをにじませた四つの瞳であった。


 ……そうか。普段からこうなのか。君らも苦労しているのだな。


 奇妙な共感を抱く私をよそに、メーベルトは持論をさらに広げていく。


「秘密にするなどもってのほかです。むしろ製法を書いた紙を町中の掲示板に張り出したいくらいです。というより、我々の知名度が高まり本来のポーションを求める者が増えたころを見計らって実行しようかと密かに考えております」


「………………」


「いや、この際です。アレックスさん、委託販売などと言わずいっそ冒険者ギルドでポーションの製法を広めてるのはどうでしょうか。ギルドの広報力を活用して正しいポーションの製法を広め、正しいポーションを人々に啓蒙するのです」


「…………え? あ、いや、その……」


「まずはファルマシアの町にポーション主義ポーショニズムの精神を根付かせるとともに若きポーション職人マイスターたちを多数育成し、そしてゆくゆくはこの冒険者ギルドをポーションギルドとして新たなる――もご」


「はいストップですエミルさん」


 理解不能な単語とともに理解不能な野望を語り始めたメーベルトの口を、クリオーネがふたたび塞いだ。


「……今度はなんなのだ」

「……妄想かっ飛ばすのはそこまでにしてください。ほら、見てくださいよギルドのおふたりを。ドン引きしているでしょう?」

「…………あ、いや、私は別にその、はは……」


 話を振られマイラは引きつった愛想笑いで曖昧に答える。内心をごまかそうとして、まったくごまかせていない様子がありありと見て取れる。


 もっとも、私も似たような顔をしている事だろう。立場上、感情を表に出さないのには慣れているが、今回ばかりは許容範囲などとっくに超えてしまっている。


 ふと、クリオーネと目が合った。こちらの心境を汲むように彼女がうなずき、乾ききった緑の瞳が上下に揺れた。隣のタリスも同調するようにうなずいた。マイラもふたりにうなずきを返していた。気がつけば、私もうなずいていた。


 いまや、私たちの気持ちは委託の件とはまったく無関係の部分でひとつだった。皆が皆、メーベルトに対しあるひとつの感想を共有していた。


 すなわち――



 この男、狂ってやがる。



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