第28話 支援部長アレックス・ノードリー
ギルド職員へ了承の返事をしたその二日後。迎えの馬車が我が工房へとやってきた。
「……さすがにエミルさんひとりじゃ不安すぎますし……今日は店休日にして、私もついていきましょう」
「知り合って日が浅いあたしに家の留守番まかせるのもアレだろ? つー訳であたしもついていくぜ」
「うむ。頼む」
という訳で、リサとシャノンも同行。俺たちは馬車に乗り込み冒険者ギルドへと向かった。
「――メーベルトさん。来てくれたわね」
到着した俺たちをマイラが出迎える。なんとも含みのある、さながらイタズラが成功した子供みたいな笑みを浮かべていた。
「……
「驚いたでしょ?」
マイラは悪びれもせず答えてから、
「……さすがに私個人の一存じゃ決められないからね。ぬか喜びさせるのもなんだし、知らせるのはパパ――部長の了承を取りつけてからでいいって思ったのよ」
そうつけ加えた。
「この方が
「ええ。そちらのおふたりさんとは初めましてですね。冒険者ギルド支援部所属、マイラ・ノードリーです」
「どうも初めまして。リサ・クリオーネです」
「シャノン・タリスだぜ」
マイラ達は互いに挨拶をすませる。
「……あなた方のポーションを当ギルド支援部長に紹介したところ、その効果を高く評価しておりまして。委託の件、ぜひ話を聞かせてほしいとの事です」
「うむ……こちらこそ本日はよろしくお願いいたします」
意識を敬語に切り替えて答える。
「詳しい話は中でしましょう」
建物へ入り、応接室へと案内された俺たちは、そのままソファに座って支援部長を待つ事にした。
~~ 冒険者ギルド支援部長・アレックスSIDE ~~
「――パパ。到着したわよ」
娘のマイラが私の執務室へと入り、報告してきた。
「そうか」
私はうなずき、デスクの椅子から立ち上がった。
先日、マイラが数本のヒールポーションとマナポーションを私の元へと持ち帰ってきた。
なんでも『ポーション工房メーベルト』という店で作られたポーションらしい。 ちらりとだが聞き覚えのある店名だ。確か『紅蓮のインフェルノ』という悪い意味で印象に残る薬草店が潰れ、そのあとにできた店がそんな名前だったはずだ。
マイラいわく『そこの工房がポーションの委託販売先を探しているらしいので、ギルドの販売所で取り扱ってみてはどうか』との事だ。
あいにく、わざわざ新しい委託元を探す事など現状まったく考えていないし必要もない。それくらいマイラも理解しているはずだが、娘は『味もいいし効果も高いから、きっと冒険者達の力になってくれるはずよ』と勧めてきた。
試しにヒールポーションを飲んでみて驚いた。マイラの言う通り、並のポーションとは味も効果も比べものにならないほどに優れていた。
なるほど。たしかにこれは委託を考慮するだけの価値がある。
だが"優れているから即決"などとはいかない。委託の条件が合わなければ見送り……という事も普通にある。
それに、効果を高めるために得体の知れないものを混入させている可能性も否定できない。
事実、過去に『独自考案の理論』という名目でポーションに毒草が混ぜられ、健康被害が出た例が存在している。ひっ捕らえられた製作者は『毒を体内で反転させて薬に変えている』『続けていればいずれ効果が出る』とかいう訳のわからない事を言い張っていたそうだ。
きっちりと安全性の確認をしなければならない。そのためにも、できれば材料や製法を知っておきたい。
だが材料・製法などそう簡単には明かさないだろう。それは製作者にとって秘中の秘、たとえ安全証明のためとはいえ他者に教えるなどしたくないはずだ。
もちろん、その製作者には父親として感謝している。なんでも変な男達に絡まれていたマイラを助けてくれたらしい。すばらしい事だ。だがこちらにも責務というものがある。私情を挟んで追求を緩める訳にはいかない。
おそらく、そこがこの交渉の焦点となるだろう。気を引き締めてかからねば。
私はマイラをともない応接室に向かう。顔見知りがいれば交渉も進めやすいだろう。それに将来を考え、娘にはなるべく多く交渉の場を経験させておきたい。
私は応接室の扉を開く。ソファに座っていた三人の男女が立ち上がり、私に向かって会釈をする。
「どうも、初めまして。オルディネア冒険者ギルド・ファルマシア支部支援部長のアレックス・ノードリーです」
「初めまして。『ポーション工房メーベルト』店主、エミル・メーベルトです」
私が手を差し出すと、店主の男――メーベルトはニコリともせず握手に応じた。
事前に娘から聞いてはいたが、本当に"伝説の勇者"と同じ名前だ。親がゲンを担いだのであろうか。私の感覚では
「初めまして。リサ・クリオーネと申します」
「シャノン・タリスだ……です」
ふたりの女性ともそれぞれに握手を交わす。クリオーネは娘と同じくらいの年頃、タリスはそれより年下――むしろ子供に見える。
「メーベルトさん、先日は娘のマイラが世話になったようで。父親として感謝しております」
私が言うと、メーベルトはほとんど起伏のない表情でうなずいた。
「いえ、彼女が強引にあやとらされずに済んでなによりです」
「そうですな。本当に――」
…………。
……んん?
いま奇妙な言葉が出てこなかったか? 『あやとらされ』……なに? なんなんだそれは?
「……パパ。細かい事は気にしなくていいから」
私の微妙な戸惑いを察したのか、マイラが横からつぶやいた。どこか達観した表情だった。
「う……うむ。……それでですね。ポーションを作ったのはメーベルトさん、あなたですかな?」
「いいえ。ポーションを作ったのは数多の試行錯誤を繰り返してきた偉大なる先人達です。俺はあくまで彼らの
「ははは。そうですな」
間違ってはいない。ポーション"そのもの"を発明したのは彼ではない。
この馬鹿真面目な返答、本気で言っているのだろうか? いやいや、まさか。どうやら無愛想な態度に反し、案外冗談を好むタイプであったらしい。
いずれにせよ、これで少しは気もほぐれただろう。
さて、本番だ。
「……しかし、あなたが作った例のポーション。ヒールとマナ、どちらもすばらしいものでしたよ」
「ありがとうございます」
「私も支援部長として様々なポーションを見てきましたが、あれほどの一品に出会ったのは初めてです」
ここまではただの前振りである。
「いや、
ここでさり気なく核心へ迫る言葉を入れる。
もちろん、これでいきなり教えてもらえるなどとは微塵も思ってはいない。あくまでも様子見のためだ。
私の言葉にどのような反応を示すのか、それとも示さないのか。
例えば腕を組んだり、足を揺すったりするのは"精神の負担を感じている"という手がかりになる。体、とくにへそをまっすぐこちらへ向けてくるのは"興味"や"対決姿勢"などの現れだ。
相手のそうした反応を元に、今後の交渉戦略を立てていく。
そうして少しずつ、かのポーションの作り方へと迫るのだ。
さあ、メーベルトはいったいどう出る――
「材料ですか。あれは癒やし草だけでなく甘露草とファールを入れました」
「エミルさぁぁぁぁぁぁ――――――――――――んっ!?」
……どうしよう。
いきなり目的達成した。
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