第27話 冒険者ギルドの職員

「……なんにせよ助かりました。ありがとうございました」

 栗色の髪をサイドテールにまとめた女は、ていねいに頭を下げた。


 きっちりと着こなした黒ジャケットにタイトスカート姿。冒険者ギルド職員の制服である。つまり彼女はギルド関係者という事である。


「いや。構わん」

「……にしても、変な連中だったわ」


 頭を下げ終えると栗髪サイドテール女は態度を一変させた。整った容姿から慇懃いんぎんな雰囲気を霧散させ、代わりにくだけた様子をのぞかせながら答えた。


「すれ違う時に軽く肩ぶつけちゃっただけなのに、『おいテメエッ!! あやとりに興味ありそうな顔してんなぁっ!!』とか妙な因縁ふっかけられちゃった」

「災難だったな」


「まったくだわ。……ところであなた。ギルドで見かけた事はないけど、冒険者さんかしら?」

「いや。ポーション屋の店主だ」


「あら、そうなの。荒事に慣れてる様子だけど、兵士や騎士みたいな雰囲気でもないし、てっきり熟練の冒険者かと……」


 まあ"荒事に慣れた熟練"には違いないが、わざわざ言う必要はない。


「ま、いいわ。……はあ、にしても疲れちゃったわ。これから書類届けなきゃならないってのに……」

「そうか。そういう時はポーションだな」

「……ごく当然の手つきでヒールポーション取り出すのね……」


 栗髪女が大きく息を吐き出すのを見た瞬間、考えるより先に俺はカバンから相棒ポーションを取り出していた。


「ってかあなた、いつもお店の商品持ち歩いてるのかしら?」


「いや、ポーションの委託先を探していてな。相手方への参考として持ってきたものだ」

「ああ、そういう事。そりゃそうね、ポーションを日常的に持ち歩く人なんて普通は――」


「日常用は別に分けてある。ポーションの公私はきちんとつける、社会における当然の常識だからな」

「あ、なんか理解したわ。あなたも大概な人だって」


 栗髪女はなぜか引きつった顔で言った。まるで異界の常識でも目の当たりにしたような顔だった。


「それより飲め。代金は不要だ。マナポーションがいいなら取り替えるぞ」


 差し出されたヒールポーションを、栗髪女は観察するようにまじまじと眺める。警戒でもしているのだろうか。


 まあその反応も無理はない。ロプレア歴725年この時代に生きる人々は『ポーションは苦いもの』という狂った常識を押しつけられてしまっている、いわば時代の被害者なのだ。彼女を責める訳にはいかなかった。


 だがしばらくポーションを眺めていた栗髪女は、ごくあっさりとポーションへ手を伸ばして受け取った。


 それから、小ビンに紐で巻きつけられたラベルに注目する。


「……『ポーション工房メーベルト』。聞いた事のないお店ね……」

「しかたなかろう。先日開店したばかりだからな」


「ひょっとしなくても、あなたのお店?」

「うむ」


 俺はうなずいた。


「そうなのね。……じゃあ、失礼して――」

 栗髪女はゆっくりと小ビンに口をつける。


「……ん?」

 彼女はたちまち目を見張り、残りを一気に飲み干した。


「……なんなのこれ。すごいわ。ぜんぜん苦くなくって飲みやすい。いざって時に抵抗なく飲めるのはかなりの利点ね……」

 栗髪女はつぶやいた。


「それに――ねえ、これって治癒効果も普通のより高められてるんでしょう?」

「その通りだ。分かるのか?」


 予想外の指摘に軽く驚きながら答える。


「ええ。職業柄・・・、道具の効果を調べるために"魔力を感じ取る"ための訓練を受けてるから。……ああ、そう言えば自己紹介がまだだったわね」

 栗髪女は思い出したように言った。


「申し遅れました。私はマイラ・ノードリー。冒険者ギルド・支援部所属の職員

よ」


 支援部。


 冒険者ギルド内において各種物資の調達や管理、施設清掃や職員食堂の運営などを行っている部署だ。


 つまり、ギルド全体の活動を支える裏方役である。


「こちらこそ挨拶が遅れたな。エミル・メーベルトだ」

「へえ、"伝説の勇者様"と同じ名前なのね」

「まあな」


 こういう時は手の込んだ言い訳よりも適当な相づちが勝る。


「それよりもメーベルトさん。さっきポーションの委託先を探してるって言ってたわよね」


 サイドテールの栗髪女――マイラが言った。


「うむ」

「見つかったの?」

「いや。残念ながらすべて断られた」


 俺は首を横に振る。


「……ねえ。さっきのポーションってまだあるの?」

「うむ」


 俺はカバンに入っている残りのポーションを取り出した。


「それ全部、私が買い取ってもいいかしら?」

「お買い上げありがとうございます!」

「食い気味にきたわね……ま、まあいいわ。これ代金ね」


 俺はポーションをすべて手渡し、マイラから代金を受け取った。


「……はい、確かに受け取りました。メーベルトさん、今日は助けてくれてありがとう」

「うむ」

「それじゃあ私はこれで。またね・・・


 マイラは手を振りながらそう言い残し、大通りへと歩いていった。


 それにしても……委託先は見つからなかったが、思わぬ形でポーションが売れてくれた。『情けは人のためならず』という奴か。


 さて、俺も戻るとするか。


 俺は工房へ向けて歩き出した。


 …………。


 ……ところで彼女、"また"と言ったか?






「――あ、エミルさん。お戻りになられましたか」

「おう、お帰りー」


 俺が工房の扉を開くと、リサとシャノンの声が出迎えた。


「ただいま。客の入りはどうだった?」


「特に変わらずですね。数人だけです。あとの時間は、畑のお世話やらシャノンさんへの接客指導やらをして過ごしてました。エミルさんはどうでしたか?」

「うむ。それが――」


 俺はふたりに委託先が見つからなかった事、帰りに絡まれていたマイアを助けた事を報告した。


「――まあ、最初からそううまくはいかないものですよ」

「そうだぜ。それに、マイラってギルド職員にポーション売れたんだろ? 儲けもんじゃねーか」


 話を聞き終え、ふたりはそれぞれに言った。


「うむ。そうだな」


「ひょっとしたら、それがきっかけでうちのポーションをギルドで委託販売してもらえるかも知れねーぜ」

「うーん……さすがにいち職員に気に入られただけで即決定、なんて話がうますぎますよ」


 リサが言った。


「そうかぁ?」

「ええ。まあ、彼女が実はギルドのお偉方に顔が利く立場の方だったとか、そんな事情でもあれば別ですけどね」


「いやいや。それこそうますぎる話ってなもんだぜ」

「ですよねー」


 そう言って、リサとシャノンはのんきに笑う。


 ふたりの笑い声を聞きながら、別れ際のマイラの言葉を思い出す。


 彼女、"また"と言っていたな。ひょっとしたら『個人的にまたポーションを買いに来店する』くらいの可能性は期待できるかも知れない。


 あるいは単なる社交辞令かなにかかも知れない。言葉のあや・・という可能性もあり得る。


 いずれにせよ、たったあれだけで逆転大勝利という都合のいい展開などさすがにあるはずがない。ポーションの威力を誇示できただけでも幸運なのだ。そんあ都合のいい展開になど期待せず、地道にがんばっていこう。


「……まあ、今日のところは店じまいだ。ふたりとも、また明日がんばろう」


 俺が言うと、ふたりはそれぞれに返事をした。





 二日後。


「――『ポーション工房メーベルト』さんですか? わたくし、冒険者ギルドの者です。当ギルドの支援部長アレックス・ノードリーがお宅のポーション委託販売の件に興味を示しておられまして、つきましては一度ギルド本部へとご足労いただきたく――」


 都合のいい展開があった。


 工房を訪れたギルド職員の言葉に、俺たち三人は大口を開けて固まっていた。



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