第26話 路地裏にて

 俺は栗髪の女たちを追って路地裏へと入る。


「――嫌よ……!! やめなさい……!!」

「へへへ……いいじゃねえか嬢ちゃん……」


 悪い予感が的中した。路地の奥で、建物の壁際に追い詰められた女を三人組の男たちがニタニタと笑いながら取り囲んでいた。


 くそっ!! 助けなければっ!!


 すぐに駆け出す。


「嫌……!! 通して……!!」


「そんな事言うなって。なあ、いいだろ……?」

「そうそう。ほら、こっち来て俺らと一緒にイイコトしようぜぇ?」

「たっぷり楽しませてやるからよぉ……ヒヒヒ……」


 懇願こんがんする女へ、男たちは欲望を隠そうともしない下卑た声で迫り続ける。女を取り囲む輪も徐々に狭まっている。


 急げ!!


 このままでは――このままでは彼女が危ない……ッ!!



「遠慮すんなって……ほら、俺らと一緒にあやとりの新技研究しようぜぇ……?」



 それほどでもない……ッ!!


 が、助けるッ!!


「――待てぇいっ!!」

「「「……ああん?」」」


 俺が叫ぶと男たちは一斉に振り向く。全員が全員、射すくめるような視線を飛ばしている。


 だが俺は臆する事なく真っ向から視線をぶつけ返す。


「嫌がる女を無理矢理あやとりの新技研究に誘うなど言語道断っ!! 今すぐ彼女を離すんだっ!!」


「ンだテメェは、ああんっ!?」

「この野郎、さては俺らとけんけんぱやりてえってんじゃねえだろうなぁっ!?」

「上等じゃあっ!! ツラ貸せやコラァッ!!」


 男たちは威圧的な態度とともにこちらへ向き直った。だがその程度で引き下がる訳にはいかない。俺は声を張り上げる。


「けんけんぱはまたの機会だっ!! それよりその女を解放しろっ!!」


 俺が言うと、男たちは大股でこちらへ迫ってきた。


「さっきからゴチャゴチャうるせえなあ……テメエにあやとりのやり方教えてやろうか、ああっ!?」


「悪いがそれも遠慮するっ!!」


「いまさら遅えんだよっ!! ……おらっ、お前らそいつを捕まえてろっ!!」

「「おおぅっ!!」」


 そう言ったのち、男のひとりがふところから赤いあやとりひもを取り出し、残りのふたりが俺の背後へと回り込む。


「あやとりはふたりでも楽しめるんだよっ!! 覚悟しろよ、テメエにその魅力をじっくり叩き込んでやるっ!! まずは基本の"つりばし"からだっ!!」


 前方のひとりがあやとりひもを腰だめに構え、後方へ回ったふたりが俺を捕らえようとそれぞれ左右から迫る。


 どうやら俺たちを逃がすつもりはないらしい。なにがなんでもあやとりにつき合わせてやる――彼らから強い意思を感じる。


 正直な話、俺には彼らの気持ちがまったく分からない訳ではない。俺だって隙あらば他人にポーションを勧めたいと常々思っている。


 だが、俺は無理強いしてまで飲ませる事はしない。過程はどうあれ、最後は相手の意思に委ねる――それが最低限の作法だ。


 他人から無理やり押しつけられただけのあやとりになんの意味があろうか。


 背後の男たちが接近。単純で遅い動きだ。俺は慌てる事なく身を翻し、その場から逃れる。男たちの手が空を切る。


 そのままふたりは勢い余ってつんのめり、互いにぶつかり合った。


「ぐ……っ、テメエッ!!」

「いまは鬼ごっこしてんじゃねえぞオラァッ!!」

「おとなしく"田んぼ"作れやぁっ!!」


 彼らはふたたび、今度はあやとりひもを持った男も同時に手を伸ばしてくる。


 それらも同様にかわす。魔王軍と数々の死闘を切り抜けてきた俺にとって、この程度の動きなど目を閉じていてもたやすく見切れる。


 それでも三人は諦めず、血走った目を俺へと向けつつそれぞれに迫る。


 それも同様に回避。男たちはムキになって何度もしつこく追い続けるが、いずれも結果は同じだった。


「クソがぁ……っ!! 絶対に"船"作らせてやるからなぁ……っ!!」

 男たちは湯気が出そうなほどに紅潮した顔でこちらをにらみつけている。


 そんな顔であやとりを楽しむつもりなのか。


 俺は彼らへ静かに語りかける。


「……もうやめておけ。こんな事を続けたところで、そのあやとりひもを悲しませるだけだ」


「"かえる"も作った事なさそうな分際で知ったふうな口叩いてんじゃねえよ

……っ!! 俺たちは絶対に諦めねえからな……っ!!」


 どうやら彼らに引き下がるつもりはないようだ。


 かといって殴って止める訳にはいかない。よほどの事がない限り、俺は人に直接危害を加えるつもりはない。たとえそれが無理やりあやとりをさせようとする相手だとしても、だ。


 しかし。


 俺にはこの状況を打開するための策がある。


 先ほど時刻を確認しておいてよかった。そろそろあれ・・が来る時間のはずだ。


 もちろんうまくいかないかも知れない。この時代・・・・では通用しないのかも知れない。だが賭ける価値は十分にある。


 ――さあ来い。


「この野郎がっ!!」


 右へ回避。


 ――来い。


「ちょこまか動くんじゃねえっ!!」


 左へ回避。


 来い……ッ!!


「さっさと"ダイヤモンド"作れってんだ――ッ!?」


 俺に伸ばされかけた男たちの手が、唐突に鳴り響いたかねの前にびくり、と止まった。


 来た。


 このファルマシアの町中へと厳かに響き渡る金属の音。


 教会の鐘だ。


「ま……まさか……」


「……そうだ。『夕方に鳴らされる教会の鐘』――その意味が分かるな?」


 わなわなと手を震わせる男たちに俺は静かに告げる。


 すべてを悟った彼らは弱々しく答える。


「……それは……『よい子は遊ぶのをやめておうちへ帰る合図』……」


 そうだ。


 それがおそとで遊ぶ際、親御さんたちとの間で必ずと言っていいほど結ばれる約束だ。


「て……テメエ……まさか、ずっとこれを狙って……」

「そういう事だ。……それで、どうする? 聞こえなかったフリでもするか?」


 俺の言葉に男たちは一瞬、忌々しげに歯を食いしばる。


 だがつい先程まで全身にみなぎっていた覇気はもう戻らない。ほんの数秒、泥でも飲むような表情を浮かべたのち、


「「「……ちっ、ちくしょうめがぁぁぁ――――っ!!」」」


 男たちはそう吐き捨て、大通りの方へと駆け足で立ち去っていった。


 ……いつの日か、彼らも己の過ちに気づいてくれるだろうか。もしその時がきたら、改めてあやとりに誘ってくれよ。


「……無事か?」


「…………」


 男たちの背中が角の向こうへ消えるのを見届けたのち、俺は一部始終を眺めていた女へ声をかけた。


「災難だったな。だが、もう大丈夫だ」


 そう語りかける俺へ、女はひとことぽつりと返した。


「……ナニコレ……」


 ……そういえばなんだろうな。



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