第25話 交渉

 店はふたりにまかせ、俺は大通りへとやってきた。


 ……さて、どの店へ委託を頼むべきか。

 考えてもしかたない。ここは目についた店に片っ端から頼み込んでみるか。


 そう思った俺は、通りに面した雑貨屋へと向かった。


「いらっしゃいませ」


 扉を開くと、店番の中年男の落ち着いた声が飛んでくる。


 俺は四つ折りにした紙――リサの台本をこっそりと開き、中身を確認した。



『その1 まずは以下を参考に、ていねいなあいさつをしましょう』



 文章の下に、俺が言うべきセリフが書かれていた。これをマネすればいいのか。

 ではさっそく――


「――突然の訪問失礼いたします。わたしくは『ポーション工房メーベルト』の店主、エミルと申します。少々お時間をよろしいでしょうか?」

「? ええ、どうぞ」


 店番はカウンターの向こうで軽く居住まいを正し、話を聞く様子を見せる。

 なるほど、効果ありだ。


「実はですね。わたくしどもの工房で制作したポーションをあなた方の店舗で委託販売していただきたいと考え、こちらへうかがいました」

「委託販売……ですか」


 店番――この反応からすると彼が店主だろう。店主はうなずき、続きをうながしてくる。


 まずはよし。俺はふたたび手元の台本を確認する。



『その2 ポーションを取り出し、長所をアピールをしましょう』



「はい。これが当工房のヒールポーションです」


 俺は肩かけカバンから――高度な空間操作魔術である収納魔術ストレージを軽々しく使うと悪目立ちしかねないため、こういう場面では使わない方がいいとリサから言われている――水色の液体が詰まった小ビンを取り出した。


「当工房のポーションは、一般的なポーションに比べ飲みやすい味をしている点、高い効能を持っている点が特徴となっております。いにしえの製法を現代へとよみがえらせた自慢の一品です」

「ほう」


 店主は興味を引かれたようにつぶやく。


 おお、なかなか順調ではないか! さすがだぞリサ!

 内心で感謝しつつ、台本の続きを確認。



『その3 相手側にも利点がある事も忘れずに示しましょう』



「製品売り上げの一部は手数料としてあなた方にお支払いいたします。いかがでしょうか?」

「売り上げは見込めるのですかな?」


「わたくしども自慢の製品であれば、過酷な冒険者生活を送られている方々のご期待に添えられるものと確信しております」

「ふむ……」


 店主はこちらの話を吟味するようにうなる。即決、という雰囲気でこそないものの、手応えとしては十分だ。


 すばらしい!! さすがだぞリサ!!


 次が最後の項目だ!! やってやるぞ――!!



『その4 トドメに私の両親直伝の決めゼリフを大声で叫ぶのです!!』



「――さあ、貴様も地獄の業火に飲み込まれるがいいっ!!」

「お出口はあちらです。本日はどうもありがとうございました」


 中年男がにべもなく言い放つのと、俺が台本の終盤を破り捨てるのは同時だっ

た。






 気を取り直し、次の店へと向かう。


 今度は冒険者向けの宿屋の扉を開いた。


「はいよ、いらっしゃい」

 女将おかみらしき中年女が出迎えた。


「突然の訪問失礼いたします。わたしくは『ポーション工房メーベルト』店主、エミルと申します。少々お時間よろしいでしょうか?」


 しばらくは台本の通りに進める。"その1~3"までは問題なく使えるのだ。"その1~3"までは。


「――まあ、冒険者が必要な道具を置いとくのもサービスとしてありかね……」


 女将は腕組みしながらうなずく。


「だけどアンタんとこのポーション、本当にそんないいもんなのかねぇ。いにしえの製法……だとか言って、けっきょくそこら辺のと大差ないんじゃないかい?」


 特に遠慮する様子も見せず、女将ははっきり言う。


 疑わしいのであれば、実飲すれば分かってくれるだろう。


「よろしければ一本どうぞ」

「う~ん……」

 だが、女将はどうにも及び腰である。


 遺憾いかんながら、どうやらこの時代の『ポーションは苦いもの』という認識は根深いものらしい。言われて素直に『ではいただきます』とはならないようだ。

 俺なら脇目も振らず飛びつくと言うのに。


 ここはもう少し説明を続けた方がいいだろう。


 かといってこの先は台本に頼れない。あくまで俺自身の言葉を伝えなければならない。

 大丈夫だ。俺のポーション愛を信じろ。


 俺が普段ポーションを飲んで感じている事を、ありのまま言葉にすればいい。きっと女将にも分かってもらえるはずだ。


 よし、行くぞエミル!!


「……わたくしはいくつものポーションを飲み比べてみましたが、やはりこれは別格です」

「へえ」


「飲むと他では味わえないような多幸感が得られます。あの恍惚こうこつとした感覚、たまらないんですよね」

「へ、え……?」


「一度体験すればもうやめられなくなりますね。強い中毒性とでも言いましょう

か、もうあれなしで暮らす事なんて考えられませんよ」

「…………」


鬱屈うっくつした気分もスカッと晴れますし、どんなに嫌な事があってもこれ一本あればすべて忘れる事ができるんです」

「………………」


「やがて、その場にないはずの花がたくさん咲いて見えるようになります。これを続けるにつれ次第に飲む間隔も短くなっていき、『次を、もっと次を』と求めるようになりますね。そして最終的には四六時中ポーションの事ばかり考えるように」


「……あんたっ!! 悪い事は言わない、ポーションなんていますぐにやめるんだよっ!!」


 気分よく説明していたら、女将に肩を掴まれて止められた。


「若いのにそんなモンに溺れちゃいけないっ!! 大丈夫だよ、あたしも一緒に憲兵さんとこへ行ってあげるからねっ!!」


 女将に分かってもらえなかった。


 おかしい。なにか間違えたのだろうか。





 どうやら女将はなにか誤解していたらしい。なんとか分かってもらえたが、結局委託販売の件はうやむやになった。


 その後もポーションを手に様々な店を訪ね歩いた。

 が、いずれも芳しい結果は得られなかった。


 すでに他の製薬所から仕入れている、ポーションの取り扱いは考えていない、委託販売にさほど魅力を感じない、そもそも弱小工房のポーションが売れる保証はない……などの理由だった。


 いくつかの店で実際に試飲させてもみた。


 だが味こそ認められたものの、それだけで決め手とはならなかった。誰も"魔力の働き"を感じ取れる者がいなかったため、効果の高さはイマイチ理解してもらえなかった。


 やはりそう簡単にはいかないのだろうか。

 すっかり夕日に染まった町を歩きながら、俺はぼんやり考える。


 いやいや、交渉は始まったばかりだ。まだ尋ねていない店はたくさんある。明日以降、改めて委託先を探そう。


 それより、そろそろ戻った方がいい時間か……と思いながら、遠くにそびえ立つ時計台へと目を向ける。


 時刻を確認し、視線を時計から付近へと戻そうとした時。


(……ん?)


 たまたま、栗色のサイドテール髪の女が後ずさりながら路地裏へ入るところを目撃した。


 すぐそばには屈強な男が三人。まるで栗髪女へ迫るように彼らも路地裏へと入っていった。


 ……あれは少々まずい事態なのではないか。


 そう考えた俺は、迷う事なく路地裏へと駆け出していった。



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