第24話 委託販売という手段

「委託販売……ですか」

「ああ」


 委託販売。


 つまり"工房うちで作ったポーションをいくつか他店へ預け、代わりに販売してもらおう"……という事である。


 売り上げの何割かは手数料として預けた店へ納めなければならない一方、販売機会が増える、うちのポーションの知名度を高められる、といった利点がある。


 俺の提案を聞いたリサはあごに軽く手を当てる。


「……まあ、確かにこのままなんの手も打たずにいるよりはマシでしょうね」

「うむ、そうだろう」


「で、受けてくれるお店にアテはあるのですか?」

「まったくない」

「ダメじゃねーか」


 シャノンが呆れ顔で言った。


「まあ待て。アテがなければ作ればいい。これから各所へ赴いて頼み込むんだ」

「具体的には?」


「ひとまずは冒険者向けの店舗に絞るとして……たとえば、冒険者ギルド内の販売所なら大勢の冒険者たちの目に留まるだろう」

「そこはちょっと難しいと思いますよ。ヒールポーションのみに限っても、大手の製薬所から仕入れてますから。うちみたいな無名の工房がつけ入る隙はほぼないでしょう」


「なら雑貨屋や宿屋はどうだ。武具屋辺りも候補に入れていいだろう」

「うまくいくのか?」

「俺たちが作ったポーションを試飲してもらうつもりだ。『飲みやすさ』は十分に宣伝材料となり得る。売れれば相手側にも利益となるし、勝算は見込める」


 本当なら『効果の高さ』こそを宣伝したいのだが……それは相手がケガをしているか、"成分内に含まれる魔力の働き"を感じ取れるかのどちらかでなければならない。そちらの方はひとまず諦めるしかない。


「……そうですね。試すだけ試してみましょう」

「うむ。では早速行動開始だ」

「いやいや、ちょっと待った」


 椅子から腰を浮かそうとする俺をシャノンが口で止める。


「まさか全員で向かうんじゃねーよな? 開店三日目で店を休むって訳には行かねーぜ」

「当然だ。だから俺ひとりで行くつもりだ」


 俺が言うと、リサは露骨に顔をしかめた。


「……エミルさんのトーク力じゃ不安しかないのですが。私が代わりに行った方が……」


「いいや。現状の俺たちはただの新参者に過ぎない。そんな弱い立場の店が店主を寄越よこさず、使いをやるだけですませたらどうなる? おそらくは――」






リサ『ごめんくださーい。"ポーション工房メーベルト"からの使いでーす。委託販   

   売お願いしまーす』


他店『……なにぃ? 新参者風情が、この道二十年の我にそのような頼みをするなら    

   店主自ら顔を見せるのが筋であろう。……貴様ら、さては我を愚弄しておるの        

   だな?』


リサ『い、いえっ!! 決してそんなつもりは……っ!!』


他店『言い訳無用っ!! この無礼者めがっ、許さんぞっ!! 貴様をすり身にし   

   て文鳥のエサに混ぜてくれるわっ!!』


リサ『ひいぃっ!! ど、どうかっ!! どうかご勘弁をっ!!』


他店『いまさら後悔してももう遅いっ!! ……くらえっ!! 秘奥義・すり身ス   

   トームハリケーンッ!!』


リサ『ぐわああああああああああ――――――っ!!』


他店『もののついでだっ!! 店の方もすり身に変えてくれようぞっ!!』


工房『ぐわああああああああああ――――――っ!!』


他店『くくく……はぁ――はっはっはっはっはぁ――――っ!! 身の程知らずの   

   愚か者どもめっ!! せいぜいあの世で後悔するがいいわっ!!』


 ……こうして、ポーション工房メーベルトは滅んだ。


 本来のポーションが失われた世界は、その後滅亡の道を突き進んでいった。


 空から太陽の輝きが失われ、地上は果てなき闇と止まぬ吹雪に覆われた。


 草かおる風が、川のせせらぎが、花の息吹が、生命の躍動が永遠の冬に閉ざされ、凍てついた大地に熱が戻る事は二度となかったのであった――






「――と、このようになる」


「文鳥はすり身食べません」


「いや待てっ!? よりにもよって最初に突っ込むのそこかよっ!?」


 シャノンが椅子を『ガタンッ!』と背後に倒しつつ叫んだ。行儀が悪いぞ。


「まあとにかく。そういう訳で、店主である俺自らが直接向かうべきだ」


「でしたら、せめて私も一緒について行きますよ」

「おいおい。さすがに新入りのあたしひとりで店番は無茶ぶりが過ぎるぜ」


 シャノンが椅子を戻しながら言うと、リサは「む~」と首をひねった。


「大丈夫だ。ひとりでもうまくやってみせる。ポーションと誠意があれば先方もきっと分かってくれるだろう」

「……さいですか……」


 ため息混じりに言うと、リサは立ち上がって筆記用具を持ってきた。


「……ちょっと待っててください。妙ちきりんな事を口走らずにすむよう私が台本を書いておいてあげますから」

「おい。それは余計なお世話という奴ではないか」

「だって私、信じてますから。エミルさんならきっとやらかしてくれる、って」


 失礼な事を言いやがって。


 ……まあ、確かにこういうのは苦手なのでありがたいと言えばありがたいが。


 十分とかからずリサは書き上げ、紙を折って手渡してきた。


「……はい。簡単ではありますが、少しはマシになるでしょう」


「……うむ。いちおう助かる」


 微妙な気分だが、ここは素直に頼らせてもらおう。


「では行ってくる。ふたりとも、店番は頼んだぞ」

「ハンカチ忘れちゃダメですよー」

「おー、任せとけー」


 ふたりに見送られ、俺は町中へと向かった。



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