第23話 『ポーション工房メーベルト』開店

 俺たちは手書き宣伝広告を数枚作成。それらを手に掲示板管理者の元へ向かい、張り出してもらうための手続きを済ませる。


 無事張り出してもらい、それから数日後。


「――ついにこの日が来たか……」

「そうですね」

「ああ」


 晴れて『ポーション工房メーベルト』の開店日を迎えた。


「今日この日は、ポーション復権史に重要な足跡を残した一日として後世に語り継がれる事となるだろう。ふたりとも、心してかかれよ」

「その謎歴史は脇に置いておくとして、了解です!」

「同じくだぜ!」


「……では開店だっ!!」


 気合をみなぎらせ、俺は宣言した。





 ――開店から三十分経過。


「おお! 客が入るではないか!」

「あ、確かあの方は路上販売の時、抽選に参加していた人です! 改めて買いに来てくれたんですね!」

「なんだ、結構順調じゃねーか!」




 ――二時間経過。


「少し客足が落ち着いたらしいな」

「ですね」

「だな」


「まあ、焦る事はない。またすぐにでも人が押し寄せて来るだろう」

「ですね」

「だな」




 ――三時間経過。


「……来ないな」

「来ませんね」

「だな」


「……おそらく皆、なにかが忙しいのだろう。それが落ち着けばすぐに人が押し寄せて来るはずだ」

「ですね」

「だな」




 ――閉店時間直前。


「……なあ。ふたりとも」

「はい」

「おう」


「……本日は何人の客が入った?」

「十人ちょいですかね」

「十人ちょいだな」


「……そうか。どうやら俺の数え間違いではないらしいな」


「ま、まあ初日ですのでこんなものですよ! それに、ヒールポーションがいらないくらいケガ人が少なかったのかも知れませんし!」

「そうそう! マナポーションがいらないくらい魔術使われなかったのかも知れねーし!」


「うむ、きっとそうだ。では明日から本格的にがんばるか!」






 ――開店二日目。


「…………来ないな」

「……来ませんね」

「……来ねえな」


「…………今日、何人来た?」

「……合計で五人です」

「……最後に来たのは一時間前だな」


「…………まあなんだ。おそらく皆、たまたま用事が重なったのだろう。外を出歩く余裕がないのだろう」

「……ですね」

「……だな」


「きっとこれから客が入る。希望を捨てるんじゃない。ふたりとも、気合いを入れ直せ」

「はい」

「おう」





 ――開店三日目。


「――それでは、緊急会議を始める」

「はい」

「おう」


「議題は『客がぜんぜん入らない問題』についてだ。異論はないな?」

「はい」

「おう」


 俺たちは辛気臭い顔を突き合わせ、カウンター席で会議を始めた。


 店内に客はひとりもいなかった。三日目にして、早くも閑古鳥が定住する気配が漂っていた。


「……その前に、だ。俺からひとつ言っておきたい事がある」

「はい」

「おう」



「―― な ん で だ よ っ !!」



「ああ、『言っておきたい』ってそういう方向性の話でしたか」


「……おい。いきなり泣き崩れられても対応に困るんだけどよ……」


 カウンターに突っ伏し、俺は魂の底から叫び声を上げた。


 まさしく慟哭どうこくであった。


「なぜだ……っ!! なぜ客が入らない……っ!! なぜみんなポーションを買おうとしないんだっ!! ……みんなもっとケガしろっ!! もっと魔力枯渇しろよっ!!」

「なんか無茶苦茶言い始めましたね」


「……もっと……みんなもっとポーションに構えよ……」

「なんか面倒な事まで言い始めたぞ……」


 ふたりの声に応える事なく、俺はただただカウンターの天板を涙で濡らし続け

る。


 魔王討伐の旅でも様々な困難に直面してきた。危うく死にかけた経験など両手の指では足りないほどにある。


 それらすべてを乗り越えてきた俺であるが、こんな事態に直面するのは初めてだった。


 ……これはもしや、俺に対するポーションからの警告ではないだろうか。心のどこかでポーションに胡座あぐらをかいていた俺へ『そのような心構えで|ポーション職人ポーションマイスターを名乗ればこうなるのだ』と無言で示しているのではないだろうか。


 だとすれば――俺はなんという愚か者なのだろうか。


「俺はバカだ……ッ!! バカ野郎だ俺は……っ!!」


「……雇い主がなんの説明もなくカウンターに頭打ちつけ始めるのは輪をかけて対応に困るんだけどよ……」


 ああ、カウンターよ……っ!! この俺にもっと罰を与えたまえ……っ!!


「まあ、これも商売の風物詩って奴ですよ。最初は期待に胸を踊らせながらお客さんを待ち、日が経つにつれ次第に焦燥感が膨らんでいき、しかし徐々にその気持ちもしぼみ、やがては『うん、もう慣れたから。別に期待とか全然してないから』と自分に言い聞かせながら店を開くように……」


「……リサはリサで妙な実感の籠もった事を……」


「…………なんにせよ、このままではダメだ」


 俺は顔を上げ、涙をぬぐう。後悔ばかりしていても始まらない。いま行うべきは会議だ。


「いったいなぜ客足が遠いのか。ふたりの意見を聞きたい」


「……まあ、宣伝が足りてないんでしょうね。数枚の広告を出しただけですし。路上販売だって、あの場にいた方のすべてが来店した訳ではないでしょうし」


「そうだろうな……」


 その時点ではポーション熱が高まっていても、時間が経てば冷めもするだろう。しかたのない事ではある。ポーション熱を持続させるにはまだまだ啓蒙が足りていない。


「それと、品ぞろえにも問題あるんじゃないですか? 現状、ヒールポーションとマナポーションの二種類だけです。エミルさん、能力強化系のポーションとか全然作ろうとしないですけど、理由でもあるんですか?」


 リサは言った。


「うむ。作るのに少しばかり問題があってな、俺たちだけではどうにもならん。ある程度の材料は揃えているのだが……」


 筋力増強薬パワーポーションを作るための"紅緋草ベニヒソウ"、魔力増強薬マインドポーションを作るための"ビオレタの実"などは確保しているが……いまのままでは調達するアテのない品がある。


 ロプレア暦725年この時代の強化系ポーションはそれ抜きで作られた代物だ。もちろんそんな半端なポーションを提供する訳にはいかない。ポーションの復権のためにはあくまで『本来の効能を持った品』にこだわらなければならない。


「ひとまずそれらは後回しだ。いまはヒールとマナ、二種類のポーションでやっていく事に集中しよう」

「そうですか……」


「シャノンはどうだ? なにか感じた事はないか?」

「……ああ……その……」


 シャノンへ話を振ると歯切れ悪く答えた。


「どうした?」

「いや、ちょっとな……。愉快な事じゃねーけど……」


「小さな事でもいい。問題に感じたのならぜひ聞きたい」

「……怒るなよ?」

「うむ」


 俺がうなずくと、シャノンはいったん間を置いて切り出した。


「……あたしが客としてこの店へ向かう時、正直思った事があるんだよ」

「うむ」


「……ぶっちゃけ、なんか不便なとこに店あるな、って」


 シャノンが言うと、リサは納得するように「あ~……」とつぶやいた。


「そうかも知れませんね。うちの両親は、薬草園を作れるだけの土地があるのでここを選びましたが……なにしろこの場所、主要な通りからちょっと外れた場所にありますからね」


「……なるほどな……」


 そう言われれば思い当たる節はある。俺も何度か大通りへ出向いた事があるが、薄々ながら『少し遠いか?』と感じていた。どうやら気のせいではなかったらし

い。


「お客さんにとっては気軽に立ち寄りずらいかも知れません。『ポーションくらいわざわざそこを選ばなくても手近な他店で十分だ』と思われているのでしょう」


「……そうか」


 客を"不便な立地の店"へと呼び寄せるためには、まだまだ評判が足りていないと言う事か。


 ……ここはひとつ、考え方を変えてみるか。


「ならば、こちらから売り込みに出向くというのはどうだ」

「また路上販売ですか?」

「いや」


 俺は首を横に振った。


「うちで作ったポーションを、他店で委託販売してもらおう」



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