第22話 宣伝広告作成

 ――シャノンがうちの従業員となって二日が経った。三人で話し合った結果、彼女はうちの住み込みという扱いとなっていた。


「…………」


 そのシャノンは、朝から畑の作物へ"生育を早める魔術"を使っていた。


 まだまだ丈の低い癒やし草が見る間に伸びていく。昨日種を植えたばかりのものも、さっそく芽を出している。


 改めて彼女の魔術のすばらしさに感嘆する。それだけ各種薬草の収穫速度も早まり、ポーション作りもどんどん進められるのだから。


 俺は背後からしばし感動的光景を見守りつつ、ひとり静かに涙を流していた。


 しばらくして、シャノンが魔術をかけ終えた。


「……ふう」


「お疲れ様だ」


 俺が言うと、シャノンは「おう」と答えながら振り返った。


「……エミル。昨日もそうだが、あたしの魔術見るたびに泣くの止めようぜ?」


「なにを言う。美しい光景に心震わせるのは人として当然の反応だ」


「……すまん。さすがにその発想にはついて行ける気がしねえ……」


 褒めたにも関わらず、なぜかシャノンは微妙な顔をしていた。解せない。


「それより、教えてもらったやり方だ。まだまだ慣れない感じだが、それでも二日前よりうまくいってる感じだよ。あたしの調子はどんなだ? 順調なのか?」


「うむ。個人差はあるだろうがそう悪くないだろう。どのみち、あまり焦る必要はない。ゆっくりでも続けていけば、そのうち馴染むだろう」


 ひとたび馴染んでしまえば、そこから先の成長もどんどん進んでいくだろう。継続こそが肝要である。


「――エミルさーん! エミルさんにシャノンさん、朗報ですよー!」


 そんな時、リサが一枚の手紙を持ってパタパタと駆けてきた。


「どうした?」


「ほら、これ!」


 手にしていた手紙を広げ、俺たちふたりに突き出した。


 これは――


「商業ギルドからの店舗営業許可証。ついに来たか」


 これで我が『ポーション工房メーベルト』も正式に営業できるという訳だ。


「おお、めでたいな。あとは準備整えれば開店できるじゃねーか」


「うむ。……しかし店の準備も大事だが、宣伝の方にも力を入れなければな」


 先日の路上販売こそ成功裏に終わったものの、あれだけでは宣伝としてまだ不十分だろう。あの時間に大通りを歩いていた人々――どれほど多く見積もっても百に満たない人数にしか効果がない。


 もっと広く、ファルマシアの町中にポーション工房の開店を知らしめねばなるまい。かと言って、大規模に行うほどの予算はない。


 いちおう、リサの借金を肩代わりした際に売り払った各物品のおつりが返ってきてはいる。おかげで生活する分にはしばらく困らないが……潤沢とはとても言えない経済状況なのである。


 どんな手段があるか……と考えていると、リサが提案してきた。


「宣伝でしたら、広告を作るのはどうですか? 自前で作れば安上がりですし、何枚か作って町の掲示板なんかに張り出させてもらえれば取りあえず十分だと思います」


 なるほど、それは堅実な手だ。


「そうだな。そうするとしよう」


 俺はうなずいた。






 俺たちは室内へ戻り、それぞれテーブルに着く。


「――それでは、広告の内容に関して話し合おうか」


 俺の言葉に、正面のリサと隣のシャノンが「はーい」「ああ」と答えた。


「……とは言ったものの、あたしはそんなの作った事なんてないからな……」


「うむ、俺もだ。……取りあえず、ポーションの絵と店名、住所、開店日を書いたものはどうだ?」


 俺が言うと、リサとシャノンはたちまち渋い顔になった。


「……ダメダメですね」


「……地味だな」


「……まあイマイチだろうな」


 提案しておいてなんだが、こういうのが苦手な俺でさえさすがにそれはナシだと分かる。いくらなんでも味気なさすぎる。


 俺が首をひねっていると、唐突にリサが胸を張った。


「ふふん。そこで、このかわいくて頼りになるリサちゃんの出番なのですよ。チラシ作りなら薬草店やってたころから何度もやってきましたからね」


「……それは大丈夫なのか……?」


 なにしろクリオーネ家リサとその両親のネーミングセンスは終わっている。さながらポーションのない世界くらいに。はっきり言って不安しかない。


「失礼ですねぇ。この私のプロフェッショナルな仕事ぶりを見てから言ってくださいよ」


 そう言いながらリサは一枚の紙をテーブルに載せた。たぶん広告を裏返しにしたものだろう。浮いた端からちらりと覗いている箇所に、なにかが描かれているのが見える。


「これは以前、私が制作した広告です。おふたりとも私に感謝しながらじっくりと眺め回してください」


「どれどれ……」


 俺は広告をめくり、おもて面を確認した。




『紅いほむらが天を焦がし、大地のすべてを焼き尽くす――

                         紅蓮のインフェルノ』



「「却下で」」


 一面が真っ赤に染まった表面を目にするのと、俺とシャノンが声を重ねるのは同時だった。


「な……っ!? い、いったいなにが悪いってんですかっ!! 私史上に残るハイセンスなキャッチコピーなのにっ!!」


「うむ。強いて言えばお前史上に残るような代物だからだ」


「……単純になんの店なのか分かんねーし……」


 取りあえず、リサにだけは任すまいと心に決めた。


「……しかたない。俺かシャノンがなんとかするしかないな」


 しかし、いったいなにを書けばいいのやら。考えてみても思いつかない。


 …………いちおう、経験者の意見でも聞いてみるか。


「……なあリサ。広告のコツくらいは分かるか?」


「……えーなんですかー。あんな風にダメ出ししといて、助言は欲しいってんですかー。チョーシよくないですかー。私の事、頼んだだけでなんでもホイホイ引き受けるちょろい女だとでも思ってるんですかー」


 リサはなんか拗ねていた。俺たちにそっぽを向き、ふて腐れた声でグチグチ文句を言っていた。


「リサ。おいリサ」


「……つーん」


「なあリサ。機嫌治してくれよー」


「……つーん」


 シャノンの言葉にも耳を貸さない。


「リサ。聞いているかリサ」


「……つーん」


「……頼む。ものすごく頼りになるリサ」


「――まっっっっったく、エミルさんってばしかたない人なんですからー!! まあこの私ことリサちゃんの手にかかれば、助言くらいお茶の子さいさいってなもんですよー!!」


「うむ。助かる」


 ちょろいなコイツ。


「それでだ。お前が広告の文面を作る時、なにを考えているんだ」


「そんなの簡単です! 己の内から湧き出る情熱をそのまま文面に叩きつけるだけで

いいんですよ!」


「情熱、か」


「難しく考える必要はありません! 頭に浮かんだものをそのまま表に出すんですよ!」


「ふむ……」


 なるほど。頭に浮かんだものを書くだけか。彼女がなにを思って天を焦がしたがったのかは不明だが、参考になった。


「……まずは簡単にでも書いてみようぜ。ダメならやり直せばいいだけだし」


「そうだな」


 俺とシャノンは紙を用意し、それぞれにペンを走らせる。


 ……うむ、なかなかにいい手応えを感じる。なんだ、やってみれば確かに難しくないではないか。


 チラッと横を見れば、シャノンも迷いなくペンを動かしている。どうやらお互いに順調らしいな。


 そのまま無言で書き続け、十分が経過。


「できたぞ」


「あたしもだ」


 俺たちは同時にペンを置いた。


「では、まずエミルさんのから見ていきましょうか」


「うむ」


 俺は書き上げた広告をテーブル中央へと置いた。


「「…………」」


 ふたりは眉根にしわを寄せ、無言で眺める。


「……感想はどうだ?」


「……分かりません」


「分からんという事はないだろう。遠慮はいらん、思ったままを――」


「……いや、なに書いてるかサッパリ読めねえんだよ。あまりに下手すぎて……」


 しばし硬直。


「……待て。俺は読めるぞ?」


「私たちには読めません。だいたいなんですか、この中央にある|複雑骨折した背骨みたいなものは?」


「なにって……どう見てもポーションだろう」


「あたしの知ってるポーションはこんないびつにねじれてねえよ」


 失礼な奴らめ。確かに俺の絵心は少々心もとないかも知れないが、そこまでひどい訳ではあるまい。


「で、広告全体に書かれている、にわか死霊使いに操られたミミズの死骸みたいなものはなんですか? ひょっとして文字ですか? にわか死霊使いに操られたミミズの死骸にしか見えませんが」


「二度言うな。宣伝文に決まっとろうが」


「読めねえよ。なんて書いてんだ?」


「うむ」


 読めないのであればしかたない。俺はひとつ咳払いをし、朗読を始めた。


「――諸人もろびとよ、ポーションに身を委ねよ。ポーションを讃えよ。ポーションに魂を捧げよ。ポーションとは運命。ポーションとは世界。ポーションとは愛。すなわちポーションとは液状化した人生そのものである。さあポーションを手に取り、ポ」


「「ストップ。却下で」」


「な……なぜだっ!?」


 俺は言った。


「なぜって……こんな怪文書を町に解き放つ訳にゃいかねーだろ……」


「ですね」


「待てっ!! これは助言通り、俺の頭に浮かんだものをそのまま書いただけのものなんだぞっ!!」


「ええ。ですので私、安易な助言などするものではないと反省しております。むしろよく『ヒールポーションは慣れれば誰でも簡単に~』とかの口上を考えついたものですね……」


「それはひとりで一年かけて考えたものだっ!! 今は三人、みんなで少しずつ手を加えていけば……っ!!」


「どう手を加えればこの邪教の教典みたいな代物を改善できるんだよ……」


 シャノンは呆れながら言った。リサも呆れ顔である。両者の視線は静かに、かつ断固たる意思を乗せて『不合格』を告げていた。


 ……そうか……。ダメ……なのか……。


「とにかく却下だ。……つー事はつまり、あたしのが採用されるって訳か」


「………………その前に……内容を確認させてくれ……」


「思いのほかダメージ入った顔してますね……」


 ……リサは……そう言った……。


「まあ見ろ。ほれ」


 ……シャノンは書き上げた広告をテーブルに乗せた。




『ポーション工房メーベルト!!!!!!!!!!!!!!!!

   ついに開店!!!!!!!!!!!!!!!!

     王国が転覆するほどの衝撃を食らえ!!!!!!!!!!!!!!!』




「「却下で」」


 ポーションの絵の上にデカデカした文字が書かれた代物を見て、俺とリサは同時に審判を下した。


「な……なんでだよっ!?」


「まず感嘆符が多すぎるんですよっ!! 子供ですかっ!?」


「誰が子供だっ!! あたしはとっくに成人してんだよっ!! 今年でっ!!」


「"とっくに"と言えるほどではないな」


 つまり少し前までは子供だったと。


「まずはド迫力な文章で勢いをつけるんだよ。感嘆符でバーッて勢いをつければすっげー熱いじゃねーか」


「子供か」


「だから子供じゃねーしっ!!」


 両手をブンブン振り回す仕草はまんま子供なのだが。


「……それと勝手に俺を凶悪犯に仕立て上げるな。王国転覆の衝撃を食らわそうとするポーション屋なぞ国家反逆者として速攻で処刑されるわ」


「いやいや、そりゃもののたとえだって。派手な文句で気を引こうって寸法さ」


「限度ってものがあると思いますよ。こんな文面じゃ、危険思想の持ち主だと勘違いされてもおかしくありません」


 大地のすべてを焼き尽くそうとした奴の言葉でなければ素直に同意できたかも知れんな。


「……まったく。あれこれと文句ばかり言っておいて、けっきょくは俺のものが一番マシではないか」


「いえ、エミルさんのは絶対にダメです。ここは無難に私が以前作ったものを採用しましょう」


「ドサクサに紛れてんじゃねーよ。リサのだって大差ない酷さじゃねーか。やっぱあたしのが一番だろ」


「却下だ」


「却下です」


「却下だよ」


 三人それぞれに指をさし合った。


「いいや! 俺のはお前たちのものよりはるかに上等だ! ここは店主である俺のものを採用するべきだ!」


「あ、強権ですかーっ!? 強権発動しちゃいますかーっ!? シャノンさんにすら勝てないからって強権に頼るとかダサいと思いまーすっ!!」


「おいコラァッ!! "あたしのすら"って聞き捨てならねーぞっ!! あたしの絶対お前らのより上だからなっ!!」


 しばらく三人であれこれ騒ぎ立てた末――




『ポーション工房メーベルト開店 場所・ファルマシア西一番区』




「……これでいいか……?」


「……しかたありません……」


「……もうなんでもいいよ……」


 最終的にポーションの絵と店名、住所、開店日を書いただけのものに決定した。



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