第21話 植物を操る魔術

 ひと通り踊り回ったのち、俺たちはシャノンの魔術を確認するため庭の

畑へと向かった。


「…………」


 シャノン様は木製の杖を手におごそかな所作で集中なさり、その偉大なる魔術をお使いになられた。


 シャノン様の偉大なるお力を受け、畑に植えられていた癒やし草が伸びる。ほんのわずか、小指の横幅ほど伸びただけではあるものの、植物の生長としては本来あり得ない速度であった。


「……ふう。こんなもんだよ」


「すばらしい」


 俺は感動に打ち震えながらつぶやいた。


 さすがに『植えて即日収穫』とまでは行かないが、収穫までの時間を大幅に短縮できるだろう。


「なんというシャノン様のお力……このエミル、感服いたしました」


「……頼む。その話し方やめてくれ。それとシャノン様は止めてくれ。落ち着かないったらありゃしない」


 シャノン様……訂正、シャノンは言った。


「すごいですねー。この能力、たとえば農家の方々から引っ張りだこになってもおかしくないほどですよ」


 関心しつつリサが言った。


「いや、さすがにそれは無理だな。大規模にやるのはあたしの負担がキツすぎる。それに実際やるとなると、たとえば収穫時期やらなんやらの都合もある。生育を早めすぎて真夏に小麦の収穫をする羽目になるとか地獄だろ?」


 想像してみる。うだるような炎天下、広大な小麦畑でひたすら刈り取り作業を行うさまを。


 ……うむ、普通に死ねる。かといって放っておくと枯れるので秋を待つ訳にもいかない。


「せいぜい近所の小さな畑に使ってたくらいだ。生育の早い野菜を育てる手伝いをしたりとかな」


「……たとえば、そのすばらしすぎる力を冒険者以外の道で活かそうとは考えなかったのか? それこそ俺らのように薬草を育てる職を選ぶ選択もあったはずだ」


「言いたい事は分かるけどよ。あたしの本命はあくまで魔術師なんだ。それも派手ですげえ魔術を使いこなすような。将来はともかくとして、いまは魔術を鍛えて一人前になる事が第一目標なんだ」


「そうか」


「勘違いすんなよ。そういうのが嫌だってんじゃない。自分の中じゃ、鍛えるなら冒険者として経験積むのがいいと思ったってだけの話だ」


「分かってる」


 俺はうなずく。


「……では次だ。シャノンの古式魔術はどこまで使えるのかを知りたい」


「ああ。……じゃあ行くぜ」


 シャノンは手にした杖の先を、くるぶし程度の高さの雑草へ向ける。


 それから集中。魔力の光が雑草へと流れる。


 雑草はたちまち伸び、俺の身長くらいの高さになる。それをシャノンが右へ、左へと揺らす。


「……これが限界だ」


 シャノンが息を吐きつつ魔術を解くと、雑草はあっという間に元の高さへと戻った。


 あくまで一時的に草を伸ばすだけか。最初に使った"生育"とは種類の違う魔術なのだろう。


「なるほどな。見る限り制御に問題はなさそうだ」


「サンキュー。もっとも、これくらいじゃまだまだだ」


 シャノンは言った。


 ……まあ、これで彼女の魔術はおおむね把握できた。


 では、最後の確認だ。


「シャノン。魔力に余裕はあるか?」


「ああ」


 シャノンはしっかりとうなずく。


「では、バルバート式魔術・・・・・・・・を使ってくれ」


 俺の言葉に、シャノンとリサはきょとんとした表情を向けた。


「……え? いや、さっき言っただろう。あたしは――」


「分かっている。苦手なのだろう。だから『なにがどう苦手なのか』を知りたいんだ」


 俺はすでに彼女がバルバート式を扱えない理由に察しがついていた。


「なんでもいいが、できれば複数使ってほしい。頼めるか?」


「……ああ。じゃあ、まずは着火魔術トーチを……」


 シャノンは杖を構えて集中する。


 すぐには発動しない。かなり難儀をしているらしく、その表情は歪んでいる。


 しばらくして、杖の先から橙色の火――らしきものがチラチラと明滅した。


 それで終わりだった。これでは火を起こすのは難しいだろう。


「……次だ。光源魔術ライトを使うぞ」


 再び集中。


 今度は杖の先がぼんやりと光った――ような気がした。暗闇ならばもっと見やすいかも知れないが、いずれにせよ照明には使えそうにない。


「……はあぁ~……」


 魔術はそれで終わりだった。シャノンは足元へ疲労を吐き出すように大きくうなだれ、ひたいの汗を地面に落とした。


「……う~ん……バルバート式魔術って、だれでも効率よく習得できるのが売りのはずですよね」


 一部始終を見守っていたリサは、あごに手を当てながら首をひねる。


「魔力制御の"型"を作って、それらを組み合わせるって風に。古式魔術を扱えるなら、ひとつくらい使いこなせそうなものですが……不思議な話です」


「あたしもだよ……」


 シャノンものっそりと顔を上げて答えた。


 ……さて。確認するか。


「シャノン。感覚的な話になるが――たとえばトーチを使おうとした際、まず最初に違和感を覚えなかったか? 魔術使用のため最初に"型"を形成する時だ。魔力を流そうとした際、かき乱されたり停滞したりする感じはしなかったか?」


「あったな。なんつーか、魔力の流れが淀んじまう感覚っつーか、まっすぐ通そうとしてんのにグニャグニャに曲げられて妙なところへ流されちまうっつーか……」


「ライトも同じじゃないか? "似てる"ではなく、まったく同じ感覚があったんじゃないか?」


「……ああ」


「そして植物を操る魔術を使おうとする際も、それらより弱いが最初に"淀んだ感覚"がある」


「……なんで分かるんだ?」


 ……やはりな。


 これで改善の道筋はついた。あとは実践あるのみだ。


「……その時の感覚は覚えているな?」


「? ああ」


「なら最後にもうひと頑張りだ。もう一度、お前の植物を操る魔術を使ってみてくれ。ただし、その"淀んでしまう感覚"を徹底的に避けるようにして、だ」


「……え? んん?」


 シャノンはいまいち飲み込めない様子だった。


「つまり……淀んでいる感覚を呼び起こさせない、その感覚の方へと魔力を流さない、遠回りさせる――とにかく、そんな風にやってみせてくれ」


「……っつってもよ……」


 見るからにシャノンは戸惑っている。


 まあそうだろう。俺が言っているのは『魔力を動かし始める時に制限をつけろ』という事なのだから。


 たとえるなら『外へ出るのに表口を使うな、自宅正面の道を通るな』と指示される――シャノンはそれくらいおかしな事を言われた気分になっているはずだ。


「ものは試しだ。やってみてくれ」


「……分かったよ」


 半信半疑ながらもシャノンは杖を構え意識を集中。慣れないやり方だけに最初よりも時間がかかったが、無事に魔術が発動。


 先ほどと同じ雑草がぐんぐん伸びていき――今度は、俺の身長をはるかに越えるほどに伸びた。


「……あれ!? さっきよりもうまくできてるじゃないですか!」


「あ……ああ……」


 興奮気味のリサに対し、シャノンはむしろ困惑していた。


 続けて右、左と揺らす。その動きは先ほどよりも機敏だった。


「……おお……すげ……!!」


 だんだんと感覚を飲み込めてきたらしく、シャノンの制御もより大胆になっていく。揺らすだけでは飽き足らず、八の字を描くように動かし始める。口の端もだんだん上向きになっていく。そのまましばらく思う存分に操作をする。


「どうだった?」


 魔術を使い終え、雑草が元の高さに戻ったのを見届けてから声をかける。


「……ああ!! すげえよ!!」


 シャノンの顔には疲労がにじんでいるものの、それ以上に喜色が強く現れてい

る。これまでにない手応えを得た――その充実感を全身から発散させてた。


「ちっとばかし慣れねえ感じだけど、それでもいつもよりやりやすいっつーか……なんだったんだ今の!?」


「……たまにいるんだ。バルバート式魔術全般が苦手な人間は」


 俺は言った。


「理由は様々。そもそも根本的に魔術の適正がない場合だってある。だがお前は古式魔術を使えるからそれには当てはまらない」


「だな」


「こうした事例の中で一番多い理由が、すべてのバルバート式魔術で使う基礎中の基礎である"型"が形成できない事。その根本理由が、魔力を流し始める際によく使われる"経路"に独特のクセを持っている事だ」


 経路、と言ってもあくまで感覚上の話である。


「……そのクセこそが、あの淀んじまう感覚の正体って訳か……」


「ああ。古式魔術ならその"経路"を抜けて魔力制御させられるが、バルバート式における"基礎の型"はその経路内で形成される。クセが原因で"基礎の型"の形成が大きく阻害されてしまうんだ」


「つまり、シャノンさんは最初の第一歩でずっとつまづいていた、って事ですか」


「ああ」


 さっきの喩えで言えば『表口や自宅正面の道がまともに通れない状態』なのである。


 そして、原因が分かれば対処もできる。


「だからシャノンが魔術を扱いたいのなら、魔力始動の際にそのクセのある経路を迂回すればいい。そうした結果がさっきの魔術だ」


「……そう……だったのか……」


「俺はお前に提案をする。いっその事バルバート式はすっぱり諦め、古式魔術一本で行ってはどうだ?」


「…………」


 シャノンはすぐに答えない。無言で続きをうながす。


「魔術はなにもバルバート式がすべてじゃない。あくまで選択肢のひとつでしかない。現代ではどうも歪んだ認識が広まっているらしいが、使いこなせばむしろ古式の方が威力の高い魔術を扱える」


「……そうなのか?」


「うむ」


「……がんばれば、あたしでも派手ですげえ魔術をぶっ放せるようになるのか?」


「お前次第だ。俺はその手助けを惜しまないと約束する」


 俺が言うと、己の行く先に光明を見出したようにシャノンの青い瞳が輝いた。


「……サンキューな、エミル。あたしやるよ! 古式魔術を鍛えまくって、いつか絶対にすっげえのぶっ放してやる!」


 小柄な体から気力をみなぎらせ、シャノンは力強く宣言した。


「……取りあえずはお疲れ様だ。ひとまずはこのマナポーションを飲め」


 俺はあらかじめ用意していた一本を差し出す。


 シャノンは受け取り、まずは恐るおそる口をつける。だがすぐに細い眉が上が

り、小ビンの中身を一気にあおる。


「……うめえっ!! なんだこの飲みやすさはっ!!」


「それこそが本来のポーションだ」


 空のビンと俺とを交互に見るシャノンへ静かに告げる。


「……シャノン。俺たちの目的はポーションの復権だ。お前の魔術はそのための大いなる力となってくれるだろう」


「…………」


「お前が俺の協力を求めるように、俺もお前の協力がほしい。頼むシャノン。俺たちの力になってくれ」


 そう言って俺は彼女へ手を差し出す。


「……ああ!!」


 迷う事なく、シャノンは手をガッチリと握り返した。


「おおっと、私ことリサちゃんを忘れてもらっちゃ困ります! 当然、私もおふたりの力になりますよー!」


 横合いからリサが手を伸ばし、俺たちの手へ重ねてくる。


「ああ。改めて頼む」


「おう!! よろしくなリサ!!」


 彼女の手に、俺たちはそれぞれの手を重ねた。



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