第19話 シャノン・タリス

        ~~  シャノン・タリスSIDE  ~~


「――遅ぇぞ、道具係・・・


 あたしがギルドロビーへ到着するのを見るなり、パーティーのリーダーであるロイが不機嫌そうに言った。他の仲間ふたりも責めるような目であたしを見ている。


『遅い』とは言うが、別に遅刻している訳じゃない。最後に来たのがあたしというだけであって、本来なら文句を言われる筋合いはない。


「……悪かったよ」


 ないのだが――そう言い返したところで怒鳴り返されるのがオチだ。そんな事は何度もあった。だからあたしは謝罪の言葉を口にする。


 それを聞き、パーティー仲間のひとりダミアンが鼻を鳴らす。


「しょせんは魔術師崩れの半端者だね。時間さえろくに分からないとは……」


 魔術師と時間になんの関係があるんだよ。


 それにあたしは魔術師の道をあきらめた訳じゃない。


 確かにあたしは魔術師なのに魔術が苦手である。悔しいが、戦力として心許ないのはあたし自身痛いほどよく分かっている。


 だから少しでもパーティーの役に立とうと荷物持ちポーターをしているが、魔術の訓練はいまでも続けている。ポーターが劣っているなどと思ってはいないが、あたしの本命はあくまでも魔術師である。


「……だから悪かったって言ってるだろう。ちょっとクエストに使う道具を注文していて、それを取りに――」


「くだらない言い訳してんじゃないわよ、このチビ」


 あたしの言葉を、仲間のひとりエレナが露骨に見下すような声色で遮った。


道具係・・・が道具用意するのは当然でしょうが。戦力の頭数にもならない、たかが下っ端のくせしてなに『仕事してます』風に粋がってんのよ」


 ここはギルドロビーである。他の冒険者たち――つまり他パーティーのポーターも普通にいる空間だ。


 そんな場所であるにも関わらず、エレナはポーターという役割を軽んじる姿勢を隠そうともしない。当然のように"道具係"などという蔑称べっしょうを使う。ロイもダミアンも咎めない。普通にあたしを"道具係"呼ばわりする。


 あたしが把握している限りではロイがいいとこの三男坊、エレナは同じくいいとこのお嬢様でロイの彼女、ダミアンはロイの腰巾着……という関係性らしい。


 ようは苦労知らずとそいつらへの尻尾振りとのパーティーだ。一見地味な裏方仕事の重要性など想像すらした事がないのだろう。


 こんなロクでなしパーティーを選ぶんじゃなかった。故郷の村からやってきて右も左も分からない状態でこいつらに声をかけられ、そのままホイホイ乗ったあたしが馬鹿だった。


 だが、こらえるしかない。


 あたしはいつか立派な魔術師になりたい。その修行のため冒険者となる事を決意し、故郷の村からここ湖の町ファルマシアへとやってきたのだ。


 いまはまだ未熟だが、いつかはド派手な魔術でバリバリ活躍できるようになりたい。


 そのためにもまずはパーティーを組み、裏方としてがんばりつつ安定した収入を確保する。その合間を縫って少しずつ魔術を鍛え、そして最終的には一人前の魔術師となるのだ。


 そのためにも多少嫌な事があろうが我慢しなければならない。すでに『あたしシャノンは魔術が苦手』だと他の冒険者たちにも知られているはずだ。このパーティーを抜けたところで、わざわざあたしと組んでくれる奴が見つかる保証はない。


 いまでも切り詰めた慎ましやかな生活を送っているのだ。ここを抜けて新たなパーティーを探すのはリスキーである。しがみついてでも、ここの一員としてやっていかなければ。


 憤りを無言で飲み込み、


「……それより。今回はちょっと評判のいい道具を用意してきたんだ」


 それから、調達してきたヒールポーションに関する話を切り出す。こうした情報はあらかじめ仲間内で共有しておくべきだ。


 あたしは肩かけカバンから例のヒールポーションを一本取り出す。


 話によると、普通のものよりやたら効果の高いポーションらしい。あたしが直接見た訳ではないが、その場にいた奴らは『骨折すら治した』と話していた。


 結構な奴らが証言していたし、偽の客を使った仕込みという事もないだろう。少なくとも不良品には見えない。


 少しでもいい道具を調達し、少しでもパーティーに貢献しなければ。たとえ地味な努力でも、そうする事があたしの居場所を守り、ひいては魔術師として成功する道に繋がると信じて。


 だがポーションを見たロイたちの反応は芳しくなかった。それどころか蔑みの視線を向けてきた。


「……おい。なんだこれは」


「え? いや、ヒールポーションだよ」


「ンな事聞いてんじゃねえっ!!」


 いきなりロイが爆発した。


「たかがポーションごときでなに得意顔してんだよっ!! もっと役立つもんを用意しろってんだっ!!」


「いや、これは並のものじゃないらし――」


「口答えしてんじゃねえっ!!」


 猛烈な剣幕でロイは怒鳴り散らす。むしろ癇癪かんしゃくを起こしたと言ったほうがいい様子だった。


「ほんっっっとクソの役にも立たねえ奴だなお前はっ!! ポーションなんていうろくすっぽ役に立たねえ薬なんざ一本か二本ありゃ十分なんだよっ!! ちょっと考えりゃ分かる事だろうがっ!!」


 あたしは二の句が継げなかった。恐怖や威圧というより、呆気に取られたというのが近い。


 ロイがささいな事で怒るのは何度も見たが、まさかポーションを見せただけで激高するとは。完全に予想外だった。


「……まったく。ロイが怒るのも当然だね。まさか君がそこまで馬鹿な奴だったとは……」


「ま、たかが田舎村のチビ娘じゃこんなもんよね」


 激高するロイに便乗し、ダミアンとエレナもなじってくる。


 ……なんでこんな事を言われなきゃいけないんだ。あたしはただ効果が高いって話のヒールポーションを持ってきただけじゃねーか。こっち話くらい聞いてくれたっていいじゃねーか。


 これまで何度も理不尽な目に遭わされてきた。これ以上に無茶苦茶な理由で責められた事もあるが――なぜか今回が一番心に来た。自分の中にあるなにかが軋むのをはっきりと感じ取れた。


 しばらく大声で怒鳴り続け、わめき散らしていたロイだったが、


「……はぁ~。うん。もう無理だわ」


 唐突に怒りを引っ込めた。


「おいシャノン。お前もうクビな。とっととこのパーティーから出て行けよ」


 一瞬、意味が飲み込めなかった。


「……は?」


 あまりにあっさり言い放たれた言葉がようやく意識に染み込み、思わずつぶやいていた。


「……い……いや、なに言って……」


「だーかーらーっ!! クビだっつってんだよっ!!」


 戸惑うあたしへ、ロイは苛立たしげに言った。


「てめえみたいな役立たずはもういらねえっ!! クビだクビッ!!」


「そうだね。こんな奴、いてもいなくても同じだ」


「賛成よ。むしろいままでパーティーに入れてたのがおかしかったのよ」


 ダミアンとエレナもうなずいた。どこかせせら笑うような表情だった。


「ま……待ってくれ。あたしは考えなしにこのポーションを持ってきた訳じゃないんだ。効果が高いらしいし、これがあればいざって時も安心だろうって……」


 あたしが震える手でヒールポーションを差し出す。


「黙れっ!!」


 だが、ロイはその手を横薙ぎにはたいた。弾みでポーションのビンが床に落ち、ガシャンと派手な音を立てて砕ける。ガラスが飛び散り、水色の液体が木目の床に広がっていった。


「ポーションなんざどんなもん使っても同じだっ!! たかがかすり傷治す程度のゴミだろうがっ!! アレかっ!? 俺がすぐにケガするような雑魚だって言いてえのかっ!? てめえ俺をナメてんだろっ!!」


「ち、違……」


「なんも違わねえんだよこのクソ役立たずがっ!!」


 ロビー中に響く怒鳴り声に、周囲の冒険者たちからの視線が集中する。そんな注目もお構いなしにロイは叫び、ダミアンとエレナはニヤニヤ笑いながら責め立ててくる。


 ……あたしがいったいなにをしたって言うんだよ。


 目に涙がにじむ。自分の価値がすべて否定されるような、ひたすらみじめな気分だった。


「試しに組んでみたらとんでもねえカスだったよてめえはっ!! 魔術師のくせして魔術は使いもんにならねえっ!! それでも荷物持ちとして組んでやってたってのにまさかこいつがお荷物だったとはなっ!! 俺が馬鹿だったよっ!! たかがポーションごとき――なんだお前?」


 ロイたちがあたしの背後へ視線を送っているのに気づいた。つられてあたしも振り向く。



 いつの間にか、黒髪の男が立っていた。



 例のポーション屋――"ポーション工房メーベルト"の店主(たぶん)だ。



 なぜか笑顔だった。満面の笑顔であるにも関わらず、なぜか全身から電気がバチバチはじけていた。


 ロイの問いには答えず、店主の男――こいつがメーベルトか? メーベルトはあたしに見覚えのあるハンカチを差し出した。


「……シャノン。モッテキタ。オトシモノ」


 なぜ片言……?


「……あ、ああ。サンキュー……」


 彼の様子に戸惑いつつもハンカチを受け取る。どうやら店に落としていたらし

い。


 それからメーベルトはロイに近づいて行った。


「な……なんだよてめえは……おい? なぜ俺の肩を掴」


「――こんっの、ド腐れ外道めがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!!」


「ああああああああああああああああ――――――――――――――――っ!?」


 瞬間、メーベルトの全身から電撃がほとばしった。紫電が派手にバッチバチ弾けた。肩を掴まれたロイはモロに電撃を浴び、のどから悲鳴をほとばしらせていた。


「ポーションさんを粗末に扱ってんじゃねえぇっ!! そういう奴には禁断の対人用懲罰魔術・雷光制裁レヴィンパニッシャーも辞さねえんだよオラァァァァァァァ――――――ッ!!」


「ああああああああああああああああ――――――――――――――――っ!?」


「ロイッ!?」


「な、なんなのよあんたはっ!! なにを――」


「るせえっ!! テメエらにも話あんだよッラァァァァ――――――――ッ!!」


「「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――――――――――――――っ!?」」


 悪鬼そのものの壮絶な表情を向けられ、ダミアンとエレナも悲鳴を上げた。


「過失で落としただけならいいっ!! 手ぇはたいてぶちまけるとか正気かテメエらはよぉっ!! しかもポーションさんだけでなくうちの客にまで狼藉働きやがってっ!! 性根が背骨まで腐りきってやがるうんこ野郎どもにゃ慈悲も容赦もくれてやらねえぞゴルァァァァァ――――――――ッ!!」


「まっ、待てっ!! 僕は別にポーション……さんを粗末に扱ってなんか――」


「わっ、私もポーション……さんを床にぶちまけてなんか――」


「便乗して馬鹿にしやがったの見てたんだよォンドリャアァッ!! テメエらもレヴィンしてやろうかアアッ!?」


「「ぎゃああああああああああああああ――――――――――――――っ!?」」


 ふたりは叫び声を上げた。いや別に電撃は食らっていないのだが、食らってるも同然の声だった。


 まあそれもそうだろう。あの凄まじい形相と迫力とを間近でぶつけられたのだから。端から見てるだけのあたしもちょっと怖いくらいだった。


 つーか、それ以上に訳が分からない。商品を乱暴に扱われて怒るのはまだ理解できるが……え? なんでポーションを"さん付け"で呼ぶんだ?


 ……それより、メーベルトの『レヴィンパニッシャー』とか言う魔術。あたしが聞いた事もない魔術だった。少なくとも"バルバート式魔術"にそんなものはなかったはずだ。


 こいつ、ひょっとして――


「……あ……あ……」


「オラァテメエッ!! とっとと起きろっ!! 起きてこいつらと一緒にいますぐ床に這いつくばって謝れっ!!」


「ひぃぃっ!? わ、わわ悪かった――いえっ!! ごめんなさいぃっ!! ごめんなさいぃっ!!」


「俺にじゃねえっ!! シャノンとポーションさんにだっ!!」


「はっ、はいぃぃっ!! ごめんなさいぃっ!! ごめんなさいぃっ!!」


「「ごめんなさいぃっ!! ごめんなさいぃっ!!」」


 半泣きのロイにならって、ダミアンとエレナも慌てて謝った。当然、あたしと床のポーションに対してだ。


 訳が分からない。


「謝ったらとっととここから出て行けっ!! 俺の理性が少しでも残ってるうちにそのツラ引っ込めろッとばすぞりゃぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――っ!!」


「ひぃぃぃああああああああああ――――――――――――――――――っ!!」


「「おっ、おおおお助けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――っ!!」」


 メーベルトにすごまれ、三人は慌ててギルドから逃げ出していった。


 ……ある意味、ロイ以上に無茶苦茶な事言ってやがるなこいつ。


「………………まったく。あの不届き者どもめが」


 たっぷり一分ほど荒い呼吸をしたあと、メーベルトはギルドの出入り口扉へ向かって吐き捨てた。


 取りあえず、こいつに関して分かった事がある。


 ひとつは相当な変人らしいと言う事。店で見た限りでは『ちょっと無愛想そうな顔してるな』くらいにしか思わなかったが……なんでポーションにさん付け?


 それからもうひとつ。


「……なあ。あの、あんた」


「……どうした」


「その……ありがとうな」


 この男はポーションを粗末に扱った事だけじゃなく、あたしのためにも怒ってくれた。


 意味の分からないところもあるが――こいつはいい奴だ。


「気にするな」


 気取った様子も見せず、メーベルトはそう言った。



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