第17話 古式魔術とバルバート式魔術

 翌日、俺たちふたりは採取のため早朝からブロンドゥム樹海へと出かけた。


 とはいっても、樹海内には転移魔術ファストトラベルの移動先として記憶した地点がある。自宅の庭から直接飛べるようになったため移動時間はほぼゼロ。二日前よりもじっくり時間をかけて素材集めができる。


「――さて、今回の採取目標だが……」


 朝露あさつゆに濡れる草を踏みつつ、俺は口を開いた。


「特に欲しいのはマナポーションの材料であるミドリタケ。薄暗くて湿った場所を重点的に探そう。それとヒールポーションの材料である癒やし草もだ。うちの畑でも栽培はしているが、将来にそなえてもう少し確保しておきたい」


「はい。……ところで、この・・カゴはなんですか?」


 リサは、自分と俺ふたり分の背負いカゴを指した。


「ああ、ミドリタケを入れるためのものだ」


「そうじゃなくて。別にカゴなんて用意しなくても、収納魔術ストレージを使えばいいじゃないですか」


「いや。前回は甘露草かんろそうが主だったから持ってこなかったが、本来キノコを採取する時はカゴに入れて持ち歩くのが鉄則だ。歩いているうちに隙間から胞子がこぼれるから繁殖の助けになるんだ」


「ああ、そうなんですか」


 リサは納得したようにうなずいた。


「それから前回に引き続き甘露草もだ。こいつはあらゆるポーションに使われる材料だからな。畑に植える追加分も含めて採取したい」


「ですね。畑だけでまかなえるようになるには時間がかかりますから」


 甘露草はポーション復権の必須素材だ。自前で調達できる環境を早期に作り上げたいが……なにしろまだ『樹海に生えていたものを自宅の畑に移しただけ』である。


 栽培分だけで回せるようになるのは当面先だろう。手っ取り早く解決できるならそうしたいが、そんな手段に心当たりなどない。地道にやっていくしかない。


「……それと、だ。今回も戦闘はリサにまかせる。前にも言ったが、お前を戦力として育てるためにも、なるべく実戦経験を積んでもらいたいからな」


「おまかせあれ。かの勇者エミルにその天才的な素質を見出された百年にひとりの逸材として、見事期待に応えてみせますよ!」


 そこまで言った覚えはないが……やる気があるならいいか。


「では、行くぞ」


 俺たちは探索を開始した。






 採取のさなか"オオトゲムシ"の群れ――背中にとがったトゲの生えた、でかい

蠕虫ワーム(イモムシやミミズみたいな奴らの事だ)の魔物と遭遇した。


「――もっと深く踏み込め! そんなんじゃ当たらないぞ!」


「わ、分かってますよ! ……そりゃ――――っ!!」


 リサは防盾魔術シールドを張りながらオオトゲムシを片手剣で斬りつける。


 命中――だが浅い。体表ほとんど当たらなかった二日前よりはマシだが、それでも合格にはほど遠い。


 別のオオトゲムシが丸まり、リサの側面方向を狙って飛びかかる。


「わわっ!」


 気づいたリサは前方の魔物をシールドで押さえつつ、飛びかかり攻撃を左手の円盾で防ぐ。


 いい動きだ。防御に関してはなかなかの才能を持っているようだな。


 とはいえ、これ以上はさすがに危ないか。


「援護するぞ! 雷光飛刃レヴィンダガー!」


 叫び、リサの側面にいたオオトゲムシへ雷の短刀を飛ばす。寸分狂わず胴体に命中、魔物は倒れる。


「……いまだっ!! ぶつかる勢いで思いっ切り行け!」


「はいっ! タマァ取ったらぁぁぁ――――――――っ!!」


 冒険者とは思えない叫び声を上げつつ、前方のオオトゲムシへと片手剣を突き刺した。


 切っ先が魔物の体に深々と食い込む。オオトゲムシは断末魔を上げ、そのまま地面に倒れ伏した。


 俺は背中からデュランダルを抜き、残りの魔物をまとめて蹴散らした。


「……ぜー……はー……」


「……まあ、先日よりはマシになったな」


 呼吸を整えるリサに、俺は静かにそう言った。


「……そうですか。私もついに剣の道を極めましたか。感慨深いですね……」


「お前が思う剣の道はずいぶん近所にしか伸びていないのだな」


 道場へ向かう道のりの方が長そうである。


「そう言えばですねエミルさん。ひとつ気になっていたのですが」


「? なんだ?」


「エミルさんが使ってる"レヴィンダガー"とかって『古式魔術』ですよね。『バルバート式魔術』の方は使わないんですか?」


 順を追って説明をしておこう。


『バルバート式魔術』とは、父アマデオ・息子ミルコの"バルバート親子"が完成させた魔術の形式である。


 魔術は術者体内で魔力を制御し、術者の望む性質を持たせる事によって実現させている。しかしそのためには複雑かつ繊細な魔力制御が必要になる。


 バルバート親子は魔力制御に対して『"一定のパターン・型"を作り、それらを組み合わせて魔術を発動させる』手法を確立させた。


 つまり、『魔術発動の効率化・簡便化』を実現させたのである。


 同時に魔術を効果、規模ごとに『下位・中位・上位』と分類し(すべての魔術がそう分類されている訳ではないが)、バルバート式によって発動される魔術に『防盾魔術シールド』や『下位火炎魔術ファイアボール』などの名称を設定したのも彼ら親子である。


 バルバート親子は魔術の習得難易度を劇的に低下させ、その使用者を大幅に増やす事に成功した、まさに偉人なのである。


 こうして誕生した新しい形式の魔術に対し、旧来の魔術は『古式魔術』と呼ばれている。バルバート親子が便宜的にそう呼んでいたものが、そのまま定着した名称である。


 こちらは個人の才能に強く依存する形式であり、他人がおいそれとはマネできない。雷光閃撃レヴィンストライクやレヴィンダガーは、俺以外には使えない俺独自の魔術なのである


(ちなみに、収納魔術ストレージ転移魔術ファストトラベルなどは『バルバート式魔術が成立したのをきっかけに、既存の古式魔術に名称を与えたもの』だ)。


 ……まとめると、リサの疑問とは、



『なぜエミルさんは簡単で効率のいいやり方を選ばず、古いやり方を選ぶのですか?』



 ……という意味なのである。


「なぜって……あまり必要じゃなかったからな。魔術なら古式でも問題なく扱え

ている」


「ですが、バルバート式の方が古式の魔術より効果が高い・・・・・じゃないですか」


 ……ん? 


 ……"効果が高い"?


「……ちょっと待て。なぜバルバート式魔術が古式魔術より効果が高いなんて話になるのだ?」


「え? ……いや、古式魔術よりも強力なものがバルバート式魔術では?」


 …………。


 ……うむ。なんか理解したぞ。


 これも『二百年の間におかしな認識が広まった問題』のひとつか。


「……訂正しておくがな。バルバート式魔術はあくまで"簡単に、効率よく使える"だ

けであって、別に古式と比べて効果が高い訳ではないぞ」


「……え? そうなんですか?」


「うむ。むしろ威力に関してはむしろ古式の方が強い」


 古式魔術は複雑な魔力制御を必要とするが、逆に高い制御能力さえあれば威力も規模もどんどん上げられる。バルバート式以上に強力な効果を発揮させられるのである。


 大ざっぱに例えるなら"砂で城を作る"のが古式魔術、"積み木で作る"のがバルバート式魔術だ。作るだけなら圧倒的にバルバート式の方が簡単であるが、砂の方が細部まで緻密なものを完成させられる。


「……おそらくお前のその認識は、二百年の間にねじ曲がって伝わった結果なのだろうな」


「……ああ……」


 ポーションに引き続いて二度目という事もあり、リサはあっさり納得した。


「これもその類でしたか。……まあ、魔王襲撃から討伐後の世界はそれだけ混乱していたのでしょう。おかしな情報が伝わるのもしかたありません。なにしろ世には『勇者エミル美少女説』なんてのも流布しているくらいですし」


「おい。聞き捨てならん事をサラリと言うな」


 いったいなにをどうねじ曲げればそんな珍説が流布するんだ。


「私が悪いんじゃないですよ。そういう説を熱弁した歴史学者がいたんですからしかたないじゃないですか。ちなみに彼は『勇者エミルは巨乳である』『勇者エミルは黒髪ロングのクール系お姉さんである』とも熱弁しており、いまでも少数の熱烈な支持者がおりますね」


 なにしてくれてんだ歴史学者。


「……俺はこの通りれっきとした男だ。そんな個人の願望が混ざったような珍説など断じてあり得ん」


「そうですよねー。まあエミルさんは歴史学者たちのあいだでも人気のある人物ですから。『露出度抜群の水着で旅をする美少女説』だとか、『下着は穿いてないけどミニスカな美少女説』だとか、『見た目は子供、中身は120才エルフな合法幼女説』だとか、そんな説が唱えられる事だってありますよ」


 恨むぞ歴史学者。


 …………ま、まあ、その後俺たちはつつがなく素材を集め終え、昼前に帰宅し

た。



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