第16話 来店、そして予約

「……ええと。ひょっとしてお客さんですか?」


「おう。そうだぜ」


 そう答えながら黒マントの少女は黒い三角帽子を取る。帽子の下の二つ結びにした長い金髪が、店の照明を浴びてしゃらりと輝く。


 童顔ながらも整った顔立ちに、気の強さを感じさせるつり上がった碧眼へきがん。右手に握られた木製の杖。


 出で立ちを見るに彼女は魔術師だろう。きっちりし過ぎない着こなしと、お世辞にも丁寧とは言えない口調から推測すると、おそらくは冒険者だ。


 冒険者ギルドへは(少なくとも建前上)成人でなければ登録できない。子供並みの低身長ではあるが、彼女は成人なのだろう。


「ええとですね。うちのお店、まだ正式に営業を始めている訳ではないのですけど……」


 リサは二つ結びの金髪少女へと語りかけつつ、俺に視線をよこしてきた。こちらの判断をうかがっているのだろう。


「構わん。ポーションを求める者を無碍むげにする訳にはいかないだろう」


「……いいのですか? 商業ギルドへ無許可の商売になっちゃいません? 最悪営業停止処分ですよ?」


「路上販売までしておいていまさらだ。それに、そうは言いつつ小規模であれば割と黙認してきたのが商業ギルドだろう? 違うか?」


「……違いませんね。こっそり露店出す旅人もたまにいますね」


「だろう。そう言う訳で、いらっしゃいませ」


 意識を接客へ切り替える。人に取り入るのが苦手な俺であるが、さすがに敬語くらいは問題なく使える。


 金髪女は「わりぃな」といたずらっぽい笑みを浮かべた。


「いや、大通りであんたらがなにやら商売してるところを見てな。あいにくあたしが来た時には抽選が終わったところだったが……周りの奴らに聞けば、なんでもやたら効果の高いヒールポーションを売ってたって話らしいじゃねーか」


 あの時の聴衆のひとりか。リサが『西一番区、紅蓮のインフェルノ』と住所を言っていたのでそれを頼りにここへ来たのだろう。


「頼む。あたしにそのポーションを売ってほしい」


「もちろんです……が、あいにくいまは在庫を切らしておりまして。今日は無理です」


「売り切れなのは分かってる。だから、予約を頼みたいんだ」


 金髪女の青い瞳が、まっすぐにこちらを見上げてくる。


 予約とはありがたい。つまりは『あなたの店をぜひ利用したい』という意思表示に他ならない。


 正式開店前にも関わらず、予約まで取れてしまうとは。いかにポーション本来の効能が優れているか、いかにポーションが魅力的で人々の生活に欠かせない存在であるかを示している。


「承知しました。どの程度必要でしょうか?」


「そうだな……」


 金髪女は少し考え、


「ヒールポーションを六つほど。それとだな、ここはマナポーションも扱ってるのか? やっぱり効果は高いのか?」


「はい」


「ならそいつもだ。同じく六つほどくれ」


「承知しました」


 俺はメモ紙とペンを取り出す。


「お客様の名前は?」


「シャノン・タリス」


「……ヒールポーションとマナポーションがそれぞれ六つ。素材を集めるのは明日の予定ですので、早ければ明日の夕方くらい……余裕を見れば明後日あさっての朝以降用意できますね」


「お、ちょうどいいな。明後日、パーティーでクエストに出る予定なんだ。じゃあその時に頼む。支払いは前払いでいいか?」


 金髪女――シャノンは言った。


「承知しました。お代は――」


 俺が金額を提示する。シャノンは革袋の財布を取り出し、提示した額をカウンターの上に置いた。


「はい。確かにお預かりいたしました」


「そんじゃ、頼んだぜ」


「ご利用ありがとうございました~」


 店を後にするシャノンをリサは見送った。


「……ちょっと奇妙ですね」


 それから、ぽつりとつぶやいた。


「なにがだ?」


「いえ。ポーションが欲しいだけなら他のお店で買えばいいじゃないですか。わざわざ開店前のうちのポーションを、しかも予約までして選ぶなんて……」


「それだけ本来のポーションが優れているという証拠だ」


「……こう言ってはなんですけど、その"優れたポーション"をわざわざ予約してまで求める必要があるんですか? 大通りでたった十一本売っただけのものに……ああほら、怒らないで聞いてください」


 リサが大変けしからん事を言いやがったが、取りあえずは続きを聞く事にする。


「"ケガを治すだけ、魔力を回復するだけ"なら従来品でも可能です。というか、いままではそうでした。みんな、従来品の効果を前提にクエストの計画を立ててきたんです」


「ふむ……」


「なのに『効果が高いから』って話を聞いただけでいきなり私たちのポーションに乗り換えます? あの様子は『ものは試しに』って感じじゃありません。次のクエストでがっつり頼る――"命を預ける"つもりですよ。普通ならあり得ません」


「なるほどな」


 リサの言う事ももっともだ。俺はポーション本来の実力とすばらしさと魅力を知り尽くしているが、この時代のポーション観はあくまで『苦くて効果が低い、治癒魔術の代替品』である。


 そこへ効果の高いポーションが登場したとして、いきなりそれに飛びつくだろうか? いきなり全幅の信頼を置くだろうか? さすがに不自然である。


 例えば俺が魔王討伐の旅のさなか、見ず知らずの人物にこう言われたとしよう。


『この道具はいままでの常識を上回るとてつもない効果がある。今後、お前の命はこれに預けろ』


 ……軽く試すだけならまだしも、命を預けるなど効果を試して十分に納得してからでなければ絶対にしない。


 いったんポーション熱を冷まして考えてみれば、確かに奇妙な話である。


「……とすれば、あのシャノンという魔術師は目新しいものへ安易に飛びついただけの素人なのか――あるいは、なにか事情でもあるか」


「事情?」


「つまり、話に聞いただけの情報でも頼りたがる事情だ」


『予約する』と言った際の、シャノンの目が思い出される。


 あれは真剣にヒールポーションを求めている目だった。


 戦闘に従事する者にとって、負傷の可能性はつねにつきまとう。ポーションであれ魔術であれ、治癒効果を持ったものがどれほど心強いか俺には痛いほどよく分かっている。


 そんな俺から見て、あれが『安易に飛びついただけの者』にはどうしても思えなかった。


「まあ、リサの言いたい事は分かった。だが俺たちがいまやるべきは詮索ではな

い。彼女のために良質なポーションを用意する事だ」


「……そうですね」


 いまは余計な事は考えないでおこう。シャノンの事情がなんであれ、俺のポーションに頼りたいというなら全力で期待に応えるまでだ。


「紅蓮のインフェルノ改め『ポーション工房メーベルト』初めての来店者です。エミルさん、ひとつ気合を入れて行きましょう!」


「うむ。という訳で、明日は早朝から採取へ向かうぞ」


 俺は言った。



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