第15話 新店舗名

 ――帰宅後。


「いやー、完売しましたね!」


「うむ。ポーションの実力を持ってすれば当然だ。――それよりも」


 順調な第一歩を踏み出せた事は喜ばしいが、まだまだ先は長い。俺は自宅店舗スペースのカウンターに着きつつ切り出した。


「そろそろこの店の新しい名前を考えようと思う」


 俺が言うと、リサは微妙に不満げな顔をした。


「……あの~。やっぱり『紅蓮のインフェルノ』のままじゃダメなんですか? 強そうな響きのいい名前だと思うんですけど……」


「ダメだ。その名では初見の客にまずポーションの店だとは思われない。客を呼び込むのに大きな枷となる」


 むしろ店とすら思われないだろう。


「どうしても?」


「どうしても。悪いが、俺の店としてやっていく以上その名前は変えさせてもらう」


 そう伝えるとリサは諦めたように軽く息をはいた。かといって表情に暗いものはない。『変えたくはないが、固執するほどでもない』……といった風情である。


「……しかたありません。こうなったら心機一転、新たにかっこいい名前をつける事に注力しましょう。私もいろいろと考えてみましたから」


「不安しかないんだが……」


「失礼ですねぇ。まずはリサちゃんのアイデアを聞いてから判断してくださいよ」


 だからそれが不安……と言いかけたが、そういえば『紅蓮のインフェルノ』と名付けたのは彼女の両親だったな。


 ひょっとしたら、リサ本人が付けた名前は案外まともという可能性もある。彼女の言う通り、聞いてから判断しても遅くはない。


「……確かにな。それで、どんな名前にしたんだ」


「そうですね。私の方でちょうどよさそうな単語をいくつか選定しておきました。それらを元に名前を考えていくって方向で行こうかと思います」


「単語?」


「はい。さし当たって思いついたのは『冥府』『レクイエム』『覇道』『憤激』……どうですか?」


「うむ。全面的に却下で」


 聞いておいてよかった。おかげで『やっぱりこいつにはまかせられない』と確信できた。


「……凝った名前にする必要はない。分かりやすさが一番だ。俺の店はポーションを自作し、それを売る予定だから……『ポーション工房メーベルト』、この辺りでいいか」


「……クスリともこない名前ですね……」


「クスリとさせるつもりは皆無だからな」


 というか人の名字に笑いの要素を見出そうとするな。


「って言うかですね。店名に名字使うのでしたら、もういっその事『この時代に転移した伝説の勇者エミル・メーベルトの店』だとアピールしてはどうですか? この話題性を活かせば、かなりのお客さんを呼び込めると思いますよ?」


「いや、余計な面倒事は避けたい。俺は表向き『かの勇者と同姓同名』という事にしておくつもりだ」


「……正体バレるのが嫌なら、いっそ偽名を名乗ってはいかがですか?」


「いや、そこまでして隠す気はない。面倒だからな」


「……いいんですかそんなんで……」


 リサはため息をつく。


「本名を名乗って、お店に自分の名字をつける。けど面倒事は避けたいから正体は隠したい……なんか中途半端ですよね。けっきょくエミルさんはこの時代においてどう立ち振る舞うおつもりなんですか?」


「うむ。それはだな――」


 俺はリサの瞳をまっすぐに見据え、己の意思をはっきりと伝えた。


「――適当に、なあなあで済ませようかと思っている」


「真顔で言うセリフじゃないですよね」


 彼女の瞳が瞬時に呆れ色へ染まった。


「……そうは言うがな。俺としては自分の好きなようにポーション屋を営めればそれでいいんだ。積極的に正体を知らしめる気はないが、さりとてなにがなんでも隠し通すつもりもない。バレたらその時はその時だ」


「……そんな適当な……」


「だいたいだな。店の名前にメーベルトとつけた程度で店主の俺を"勇者エミル・メーベルト"と結びつける奴が何人いる? ましてや『二百年前から転移した』なんて話を誰が信じる? リサですら、俺に"勇者の紋章"を見せられなければ簡単には信じなかったんじゃないか?」


「そりゃ……まあ、確かに」


「そういう事だ。変に取り繕う必要はない」


 俺はそう言った。


 その時、店の出入り口扉の叩き金ドアノッカーが『ゴンゴン』と叩かれる音がした。


「……誰だ?」


「さあ? あ、ひょっとしたら商業ギルドから新装開店申請の受諾書類でも来たのかも」


 そう言ってリサは木製の扉へ駆け寄り、「いま開けまーす」と言ってドアノブへ手をかける。


 扉を開くと、


「――なあ。大通りでポーション売ってたのって、あんたらか?」


 そこには黒いとんがり帽子とマントを身につけた、小柄な少女が立っていた。


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