第14話 ポーション完売

「……? なにやら向こうが騒がしいですね?」


 その方角を見ながらリサがつぶやいた。


 視線の先、大通りに面した二階建て店舗のそばに人だかりができている。


 店舗にはハシゴが立てかけられ、その近くに釘を打ちつけている途中の看板があるが、人が登っている姿は見えない――


 まさか。


「エミルさん?」


 予感にまかせるまま、俺はヒールポーションを一本つまみ上げて駆け出す。人垣をかき分け、その中心部を覗き込む。


「――添え木だ! なんでもいい、持ってこい!」


「治癒術士も探せ! すぐにだ!」


 予想通りだ。そこには腫れ上がった左腕を押さえて地面にうずくまる中年男がいた。


 おそらくハシゴから落ちて骨折したのだろう。中年男の顔には脂汗が浮かび、口からは苦しげな声が漏れている。


「無事か!?」


 俺は声をかける。


「命に別状はない! それよりあんた、治癒魔術使えないか!」


「いいや、だがこれがある!」


 俺は持ってきたヒールポーションのフタを開け、介抱している男へ差し出した。


「ヒールポーションか! 助かる!」


 男は受け取った。


「これを飲め。少しは痛みも引くはずだ」


「……あ……ああ……」


「口を開けろ。少しずつ飲ませるぞ。苦いが我慢しろよ」


 そう言って、中年男の口へ水色の液体を流し込む。


 介抱男は最初ビンを小刻みに傾けて飲ませていたが、中年男の飲む速度が増しているのを見て一気に傾けた。


「……ぷはっ」


「じきに痛みも軽くなるはずだ。これだけじゃ治り切らないだろうから、治癒術士も探させる」


「ああ……助か――……?」


 中年男は目をしばたたかせる。そして、押さえていた左腕をゆっくりと動かす。


「どうした?」


「……治ってる」


「は?」


 中年男は左腕を大きくぐるぐると回し始めた。


「おっ、おいっ! そんな動かしたら――」


「もうすっかり治ってる! 痛みもぜんぜんない! ほら!」


 中年男が近くにあった工具箱を左手で持ち上げてみせる。たちまち、周囲からどよめき声が上がった。


「嘘だろ……!!」


「骨折がポーションだけで治ったってのか……」


「……実は大したケガじゃなかったとか……?」


「いや、さっきまでの様子を見ればそれはあり得ない。傍目にもかなりのケガだったはずだ」


 ざわめく人垣を軽く一瞥いちべつしたのち、中年男に話しかける。


「……効いたようだな。だがしばらくは様子見をしておけ。妙な治り方をしてないか、念のため一度医者の診察を受けた方がいいだろう」


「ああ。……あんた、いま俺に飲ませたものは……」


「ヒールポーションだ」


「……信じられない」


 中年男は呆けたようにつぶやき、やがて口元に笑みを浮かべた。


「こんなにもよく効くヒールポーションなんて聞いた事がない! しかもぜんぜん苦くないんだよ! むしろうまいくらいだ!」


 喜色もあらわに叫ぶ中年男の様子に、周囲のざわめき声がいっそう大きくなっ

た。


「……本当なの……?」


「だが、普通のヒールポーションじゃあんな骨折は治せないはずだ……」


「確かに……」


「なああんた。さっきのポーションはいったい……」


 介抱していた男が俺に尋ねてきた。


「ああ。あれは俺が作ったものだ」


 俺はうなずく。


 同時に、いまこそが絶好の宣伝機会だと確信する。


 災難に遭った彼を利用するようで悪いが――ポーションのためにもこの機を逃す訳にはいかない。


 俺は周囲をぐるりと見回しながら、腹の底から声を上げた。


「――聞け! いまお前たちが目にしたものこそがヒールポーション本来の実力

だ! あれこそが二百年のあいだに失われ、忘れ去られた本来の治癒効果だ!」


 どうせ俺は人に取り入るのが苦手なのだ。ならば余計な小細工は考えず、頭に思い浮かんだ事をそのまま吐き出すまでだ。


「ヒールポーションは決して治癒魔術の代替品に甘んじるようなものではない! ましてや飲用者に我慢を強いるものでもない! 誰でもおいしく手軽にケガの治療ができる優れものなんだ!」


 薄皮を少しずつ巻いていくように、人垣が厚さを増していく。


「ヒールポーションだけではないぞ! 俺の目的は失われたポーションの地位をふたたび取り戻す事! これはその第一歩だ! 実力証明のために用意したヒールポーション、欲しい者はいますぐ名乗り出ろ!」


 俺の言葉に、集まった人々は互いに顔を見合わせる。


「……お……俺、試しに一本買ってみようかな」


「確かに……あの効果なら、治癒術士が確保できない俺らでも安心してクエストに出られるな……」


「僕は買うぞ! ちょうどヒールポーション切らしてたんだ!」


「私にも一本ちょうだい!」


 彼らの声が呼び水となったのか、購入希望者がひとり、またひとりと現れる。最終的にはざっと二十人以上、用意した分を上回る人数が集まった。


 さて、どう捌くべきかと思案していると、


「――はいはーい! みなさんお静かにー! 今回用意したヒールポーションは残り十一本! 早い者勝ちでは混乱しちゃいますのでこうしましょう! まず、購入したいと思う方は左右どちらかの手を挙げてくださーい!」


 いつの間にかそばへ来ていたリサが声を上げた。


 彼女に言われたとおり、希望者がめいめいに手を挙げる。


「これから私の合図で、その手を『にぎる』か『開く』かのどちらかを選んでくださーい! 私と違う方を選んだ方は残念ながら脱落、それを定員以下となるまで続けまーす! いいですねー?」


 人々から『『『おおー!』』』と声が上がる。


「ゼロを合図としまーす! はい、それじゃあ行きますよー……さん、にー、いち……ゼロ!」


『ゼロ』と同時にリサは掲げた手を開く。手をにぎった者はそのまま脱落、手を開いていた者たちだけで同じ事を繰り返す。


 九人が確定したのち、その直前まで残っていた四人で同様の事をおこない、


「――はい! これで十一人が決まりました! 今日買えなかった方も落ち込まないで! 後日新装開店予定、ファルマシア西一番区、元『紅蓮のインフェルノ』にて販売いたしますのでどうぞお楽しみに!」


 リサの宣伝に、聴衆から歓声が上がった。


 ――こうして、俺たちはすべてのヒールポーションを売り切る事ができた。


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