第13話 路上販売

 ヒールポーションを作り終えた翌日。


「――いらっしゃいませ。ヒールポーションです。ヒールポーションです」


「…………」


 俺はヒールポーション入りの箱を持ちつつ、町の大通りで宣伝の口上を上げていた。


「いらっしゃいませ。ヒールポーションです。ヒールポーションです」


「…………」


 通りには老若男女のさまざまな人たちが行き交っていたが――その誰ひとりとして俺たちの売るヒールポーションに興味を示そうとしない。ごくたまに、視線をちらっとこちらへ向ける者がいるだけだった。


 もちろん、その程度で俺がめげるはずがない。より一層の気合を込め、声を張り上げた。


「いらっしゃいませ。ヒールポーションです。ヒールポーションです」


「…………」


 誰も立ち止まらなかった。だがめげない。


「いらっしゃいませ。ヒールポーションです。ヒールポーションです」


「…………」


 誰も立ち止まらなかった。だがめげない。


「いらっしゃいませ。ヒールポーションです。ヒール――」


「……エミルさん。いったん止めましょうか」


 俺の袖を引きながらリサがそう言った。


「……どうした? せっかくいい手応えをつかみ始めていたというのに」


「……アレで……?」


 リサはなぜか呆れ顔を浮かべていた。


「……エミルさん、宣伝が下手すぎやませんか? 昨日は訳の分からない口上を淀みなく言えていたのに……」


「ああ、あれか。大丈夫だ。ヒールポーションは慣れれば誰でも簡単に作れるんだ。ご家族と一緒に作れば一家の絆もより一層深まるし手作りポーションは――」


「はいストップ。なんか理解できました。応用が効かないんですねこの人……」


 リサがため息をついた。


「失礼な。俺を頭の固い奴みたいに言うんじゃない。魔王討伐の旅のさなか、何度も機転を利かせて危機を乗り越えてきた経験があるんだぞ」


「戦闘と宣伝とじゃ違うんですよ。あんな宣伝じゃお客さんの興味は引けません」


「むぅ……」


「ですが大丈夫。ここに、かわいくて口が達者な私ことリサちゃんがいますから。私にどーんとおまかせください!」


 ……確かに。俺の手応えとは裏腹に誰も足を止めようとしないのは事実だ。状況を打破するためにも、ここは彼女に頼んでみるのも悪くない。


「……分かった。まかせる」


「がってんです! ……さて――」


 リサはいったん深呼吸をし、


「――はいはーい! 道ゆくみなさんごちゅうもーく!」


 活気あふれる通りに向かって快活な声を張り上げた。


「私たちは後日開店予定のポーション屋! 店名はまだありませんが、自慢の一品はここにありますよー! これまでにないおいしさと高い治癒効果を持ったヒールポーション、限定十二本だけ! ぜひぜひお立ち寄りくださーい!」


 なめらかにすらすら紡がれる口上に、道ゆく人々もちらちらと視線を送ってきている。足を止めようとする者こそまだ現れないが、通行人たちの興味は確かに引けている様子だった。


 なるほど。さすが言うだけの事はあるな。この調子ならやがて購入客が現れるのも期待できる。


「おっ、そこな騎士さーん! うちのヒールポーションおひとついかがですかー!」


 リサはさらに踏み込む。俺たちの眼前を通り過ぎようとする男へ積極的に声をかけた。


 だが、鎧姿の男は立ち止まらなかった。こちらを軽く一瞥し、『不要だ』と言いたげに肩をすくめただけでそのまま通り過ぎてしまった。


 だが、リサはまるで気にする様子も見せない。今度は冒険者らしき男へと声をかけた。


「……そこの剣士さーん! ヒールポーション一本いかがですかー!」


「結構だ。ポーションくらい用意している」


「そう言わずに! ポーションはいくらあっても困りませんよー!」


「あいにく、ヒールポーションごとき・・・によけいな金はかけられないな」


 素っ気ない返事を残して男は去っていった。


 ………………。


「……エミルさん? 怒らないでくださいね?」


「………………どうしたんだリサ。俺はまったく怒ってなどいないぞ」


「じゃあ全身から電気バチバチ出すの止めましょう?」


 言われて雷の魔力が漏れている事に気づいた。瞑目し、魔力を抑える。


 ……うむ。


 まあ商売をしていれば口の悪い客と出会う事もあるだろう。あの野郎がポーションを馬鹿にしやがったからと言って、いちいち食ってかかるのも大人げない。


 気にしないでおこう。俺は冷静、俺は冷静。


「……あ、そこの魔術師さーん! 特製ヒールポーションいかがですかー! 他とは一味違いますよー!」


「は? ヒールポーションとかどこで買ったって大差ないじゃないの。しょせんは治癒魔術の代替品でしかないってのに。商売ご苦労さま」


 ………………。


「……エミルさん? 落ち着いて? 落ち着きましょうね?」


「………………オコッテナイゾ」


 うむ。オレハオコッテナイ。レイセイ。


「……あ、そこの冒険者パーティーの方々ー! いざって時に持ってて安心、効果も抜群なヒールポーションいかがですかー!」


 めげずにリサは三人組の男女へと声をかけた。


「間に合ってるよ。俺らのパーティー、治癒術士いるから」


「そんな事言わずに! これは普通のヒールポーションじゃありませんよー! ほらほらお姉さん、一本試してみませんかー?」


「って言われてもねぇ。そういう売り文句はたまに聞くし……けっきょく、あんまり変わらないってオチでしょ?」


「それが違うんですよー! 一度試してみてくださーい!」


 なおもアピールを続けるリサへ、白いローブ姿の男が「はっ!」とあざけり声を浴びせた。


「ヒールポーションだぁ? そんなもん俺ら治癒術士サマをパーティーに加え損ねたザコか、ぼっちの陰気野郎が使うもんなんだよ」


 ………………。


「おい、噛みつくなよ。売り子さんに迷惑だろう」


「うるせえ。俺はな、たかが草と水混ぜたもん飲ませただけで"治癒"とか偉そうに抜かす奴が我慢ならねえんだ」


 ……………………………………。


「い……いやいや! それがなんとこのヒールポーション、ただのポーションじゃないんですよ!」


「そりゃ無料タダじゃねえだろうさ。だが、ポーションなんぞクソまずいくせにカスみてえな効果しか発揮しねえゴミだろうが。んなもんタダでもいらねえんだよ。せいぜい本物の治癒ってもんを知らねえバカ相手に商売してろ」


 …………………………………………………………………………。


「いや、魔力が足りない、いざという時のため――」


「あーあ、やだやだ。これだからポーション屋どもは。ゴミを売りつけといて、次に出てくるのは決まって『いざという時のために』。そんな詐欺の文句はいい加減聞き飽きて「エミルさ――――ん!? エミルさんストップッ!!」……ん?」


 気がつけば、俺はローブ男の肩を叩いていた。


「なんだ? てめえなに肩触れてん――」


「オ゛イ゛ゴラ゛ァ゛。イ゛マ゛ナ゛ン゛ヅッ゛ダ?」


「ヒイィッ!?」


「エミルさ――ん!? なんか地獄の悪鬼みたいな形相になってますよ!?」


「さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言い散らかしやがってっ!! それ以上の侮辱は女神リーブラが許しても俺が許さんぞゴルァァッ!!」


「ヒィッ!! ああああのっ、あのっ、別にそのっ!」


「なによりもテメエッ!! 治癒術士のくせして回復手段に貴賤きせんの差つけようってのかっ!? あぁっ!?」


「いっ、いやっ、あのっ、その……」


「ヒールポーションも治癒術士もっ!! 手段は違えど人を癒やしたいという志は同じだとっ!! 俺はそう敬意を抱いてたんだけどなぁっ!! テメエにゃ治癒術士としての矜持きょうじってもんがねえのか、あぁっ!?」


「あっ、あれはですねっ、べべっ、別にそういう意味じゃ――」


「じゃあ『ザコが使うもの』がどういう意味なのかっ!! 『本物の治療』とやらがいったいどんなもんなのかっ!! いますぐ解説してみろやオラァァァッ!!」


「ヒィァァァァァァァァ――――――――――ッ!?」


「――すっ、すみませんっ!! すみませんっ!! うちのパーティーメンバーが大変失礼な事をっ!!」


「いっ、いえいえっ、こちらこそうちのエミルさんがご迷惑おかけしてっ!! 

……ほらエミルさんっ、ステイ、ステイッ!!」


 俺はさらにローブ男に詰め寄ろうとするも、リサから羽交い締めで止められる。そのあいだに彼らパーティーは一目散に逃げ去っていってしまった。


「エミルさん、あの人たちもう行っちゃいましたからっ!! もう忘れちゃいましょうっ!!」


「ええい、離せリサッ!! まだ気が済まんっ!! あんにゃろうにポーションのなんたるかを骨の髄まで叩き込んでやるまで――……?」


 その時、少し離れた場所――男たちが逃げた先とは反対方向から悲鳴が聞こえてきた。


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