第12話 ヒールポーション作成

 ギルドから戻った俺は、さっそくポーション作りに取りかかる事にした。


 ありがたい事に、この家には各種薬品を作るための工房が備わっている。


 なんでもここを建てる際、リサのご両親が『将来大儲けしまくって手を広げる余裕ができた時のために、自家製の薬品を作れる工房も用意おこう!』……と予算を超過するのも構わずノリノリで作ったのだとか。


 計画性うんぬんというツッコミの入る話ではある。だが、それが巡り巡って俺のポーション作りに役立ってくれるのだ。ポーションを作れる喜びをご両親に感謝しつつ、ありがたく使い倒させていただこう。


「……さて。材料の加工に入ろうか」


 テーブルの上に置かれた材料――畑で取れた癒やし草と、採取してきた甘露草かんろそうを前に、エプロンをつけながら言った。


「私、ヒールポーション作るのは初めてなんですよね。作り方はざっと聞いた事があるんですが……」


 同じくエプロンをつけたリサが、材料を眺めながらつぶやく。


「大丈夫だ。ヒールポーションは慣れれば誰でも簡単に作れるんだ。ご家族と一緒に作れば一家の絆もより一層深まるし手作りポーションは友人たちへの贈りものとしても大変喜ばれるだろう。なにより自分の手で作ったポーションは市販品とはひと味違った感動を得る事ができるはずだ。ぜひ手作りに挑戦してみてくれ」


「……なんですかその怪しげかつ淀みのない口上は……」


 もちろん、日頃の練習の成果である。


「まあ実際、そう複雑な事をする訳ではない。やる事と言えば細かくした材料を鍋に入れ、煮込んで成分を抽出するだけだからな」


 細かい事を言えば、材料を入れる量や煮込み時間などはポーションごとに違っている。それら知識を蓄え、正確に実践してこそのポーション職人なのである。


 そういう訳でさっそく取りかかる。癒やし草と甘露草を包丁で細かく刻み、火をかけておいた鍋へまとめて投入する。


「……ところでですね」


「なんだ?」


「"ファール"って一体なんだったのですか? けっきょく私、一度も目にしていないんですけど」


「ああ。それはこれから用意するところだ」


 そう言って、テーブル上に用意しておいた銅製の乳鉢にゅうばち――中に入れたものを乳棒ですり潰したり混ぜたりする小型の鉢と、金づちを手元へ引き寄せた。


「……それ、さっきから気になってたんですけど。乳鉢はともかく、金づちなんてどう考えてもポーション作りにいらないですよね」


「それが必要なんだよ」


 答えつつ、俺は収納魔術ストレージから樹海で入手したグリーンスライムとコボルトの魔石を取り出した。


「あれ? 魔石、ギルドで換金してこなかったのですか?」


「ああ。ポーションを作るのに使うからな」


「なるほど。確かにポーションには魔石を…………はい? "使う"?」


 俺はまな板の上に魔石をいくつか並べ、金づちを振り下ろす。


 魔石はあっさりと砕け、赤いかけらがまな板の上に飛び散る。続けざまに振り下ろし、かけらをさらに細かく砕く。


「なっ、なにしてんですかエミルさん!?」


「うむ。乳鉢ですり潰しやすくするため、あらかじめ細かくしておくんだ」


 金づちを振り下ろしながら答えた。


「そうじゃなくってっ!! ポーション作るのになんで魔石を砕く必要があるのですかって話ですよっ!!」


「言っただろう。ファールを用意しているんだ」


「いやファールをって……"ポーションを作るのに、魔石を使う"……?」


 リサはなにかに気づいたように目を見開く。


「……ひょっとして……」


「うむ。これが"ファール"――『魔石のけずり粉』だ」


 あらかた砕いた魔石を乳鉢に移しつつ、俺は言った。


「けずり粉って……そ、そんなん入れちゃって大丈夫なんですか!?」


「そんなん入れたものこそ、お前が樹海へ行く前に飲んだヒールポーションだ。大丈夫だったろう?」


 ちなみに、その時は銀月熊ぎんげつぐまの魔石を使用した。


「そ……そうなんですがっ!! 魔石ってつまりは石ですよっ!? 人が飲むものに入れてもいいんですかっ!?」


「問題ない。そもそも薬の材料として鉱石を使うのはさして珍しい事じゃない。例えば石膏せっこうは解熱剤に、蛍石ほたるいしはセキ止めの薬に、といった風にな」


 俺は説明しながら、乳鉢に入れられた魔石を銅製の乳棒でさらに細かく砕いていく。


「……魔石とは、つまりは結晶化した魔力の塊だ。それが癒やし草の中にある『治癒魔術と同じ効果を持った魔力』へ溶け込み、取り込まれる。その結果、治癒効果が増幅されるんだ」


「そ……そうなんですか。……あれ? じゃあ魔石をそのまま入れても効果あるって事ですか?」


「いや。細かくしてやらなければ取り込まれないんだ。ついでを言えば、たくさん入れるほど効果も増すって訳でもない。投入した魔石の粉ファールが溶けきらずに残るのは"入れすぎ"を意味する」


「……はあ……」


 リサはどうにも煮え切らない様子である。魔石とポーションとが、知識の中でいまだに結びつかないらしい。


 まあ、一般的な魔石の使い道は今も昔も『魔道具アーティファクト』――"魔術的な力を発揮する道具"の燃料である。俺がいた時代二百年前でも、普通の人々はポーションにも使われているとは知らなかったので無理もない話かも知れない。


「……まあ、完成品を見れば納得もできるだろう。ひとまずはそこでポーションを信じながら見ていろ」


「……私そこまでポーションに入れ込めませんけど……」


 リサが言った。


 まだまだポーションのよさを理解できていない様子だが……まあ、焦る必要はない。ポーションとともに過ごしていればいずれは覚醒めざめるだろう。


 それよりいまは、ポーションを作るという至福の時間を堪能するとしよう。






 ――それからしばらくのち。


「――おお~……」


 テーブルの上に並べられた十数本のヒールポーションを前に、リサは感嘆の声を漏らした。


「ちゃんとできましたね~。見た目もお店に並べられてるのと変わりありませんし」


「そうだろう。では、一本ずつ試飲するか」


 俺は二本のヒールポーションをつまみ上げ、リサに一本手渡した。


「……これ魔石の粉入れちゃってますけど……本当に飲んでも大丈夫なんですよ

ね?」


「もちろんだ。お前はすでに一度飲んでいるだろう。あの時飲んだのとまったく同じものだ」


「……まあ、見た目は別におかしなところとかないですし……。――ええい!」


 リサはとまどう様子を見せていたが、やがて気合の声とともに一気に飲み干した。


 彼女の目が、最初に俺謹製ポーションを飲んだ時とまったく同じように大きく見開かれた。


「……さっき飲んだのとおんなじだ! ちゃんとおいしいポーションになってますよこれ!」


「そうだろう」


 言いつつ、俺はゆっくりポーションへ口をつける。


 まるで今日一日の苦労をいたわるような、慈愛に満ちた味わいが口いっぱいに広がる。さながら顔も知らぬ母の腕に抱かれているような――そういう、深い安心感を感じる。


 やはり世界にポーションは必須だ。ポーションのない世界とは、具と汁と皿とスプーンがないスープと同じである――改めてそう確信する。俺の理想は世界をポーションで満たしポーション愛を広めポーションの意思を感じながらポーション――


「……エミルさん。エミルさーん」


「……はっ!!」


 せっかく人が幸福な想像に浸っていたのに、リサに肩を揺さぶられ現実に引き戻された。


「……どうした」


「いえ。なんかエミルさんが危ない事考えてるような目つきで宙を眺めていましたので正気に戻した方がいいかなー、って」


 失礼な。大陸をポーションに沈める事のどこが危ないというのか。


「……まあいい。それより今後の予定だが――」


 軽く首を振って意識を切り替える。


「――明日、これを町で売りに出かけようと思う。なにはともあれ、まずは正しいポーションを広めなければならない」


 ちなみに現状、『紅蓮のインフェルノ』は休業中という扱いである。正式に閉店し、新たに俺の店として開店させるにはまだ準備が――例えば商業ギルドへの申請などが終わっていないので、そのあいだにできる事から始めよう……と考えての発想である。


「はーい」


「うむ。では今日のところは作業を終わろう。お疲れ様だ」


 俺は言った。


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