第9話 ヒールポーションの材料

「材料が足りてない……?」


「うむ。……リサ、まずは確認だ。ヒールポーションを作るための材料はなにかを知っているか?」


 俺に尋ねられ、リサはさして考える事もなく答える。


「そりゃ、癒やし草と水ですよね」


「そのふたつだけで作られたものが、この苦くて効果の低いヒールポーションだ」


 俺はテーブル上のヒールポーションを指す。


「確かに癒やし草は主成分だ。こいつの成分が発揮してくれる天然の魔力効果こそが、我々のケガを優しく癒やしてくれる最大の功労者だ。だが同時に、それこそが苦さの元となってしまう。これを消すためには、他の材料に頼る必要がある」


「……そうなのですか」


「また、冒険者が危険な魔物との戦いに備え用意するものとしては、癒やし草単体の回復効果は十分とは言えない。他の材料を使って効果を増幅させる必要がある」


「……つまり足りない材料を加えさえすれば、エミルさんの作ったあのおいしくて効果も高いポーションを再現できるんですね?」


「ああ。そのための材料はふたつ。――『甘露草かんろそう』と『ファール』だ」


 その名を告げられてもリサはいまいちピンとこないらしく、緑の目をぱちくりさせていた。


「『甘露草』はともかくとして……なんか聞いた事のない、よく分からないものが混ざっているんですけど。『ファール』? なんですかそれ?」


「……知らんのか?」


「ええ、まったく。それ、私たちでも手に入れられるものなんですか?」


「それは問題ない。簡単に調達できるからな」


 なにしろ俺が作ったヒールポーションには、ロプレア暦725年こっちの時代に来てから調達したファールが使用されている。


「むしろ俺たちが考えるべきは甘露草の方だな。庭の畑を見せてもらったが、どうやら『紅蓮のインフェルノ』では栽培していなかったらしいな」


「そりゃあ薬草屋とは無縁のものですからね。"甘露"なんて言ってもあれ、かじったらちょっと甘いってだけのものじゃないですか。ぶっちゃけ名前負けしてると思います――」



「……あ゛ぁ゛?」



 聞き捨てならない発言に、気がつけばドスのきいた声を出していた。


「ひいっ!?」


「おいコラ。甘露草さんへの侮辱は許さんぞテメェ」


「エ、エミルさん!? めっちゃすごい形相してますけどっ!? えっ!? これ逆鱗触れちゃった!?」 


 当たり前だ。ポーションの材料を侮辱されるのはポーションを侮辱されるのと同じ。すなわち、親友を侮辱されるも同然なのだ。ここで怒らずしていつ怒ると言うのか。


 リサが狼狽しながら頭を下げ始めた。


「い……いやいやいやっ!! べべ、別に侮辱だとか全然そんなつもりはっ!! ごっ、ごめんなさ――――いっ!!」


 ……いかんいかん。従業員を頭ごなしに怒るだけでは駄目だ。ここは俺が責任を持ってきちんと教育をしなければ。


「……いいかリサ。ポーション屋としてポーションそのものはもちろん、素材への敬意もつねに忘れてはならない。分かるな?」


「……はい」


「――想像してみろ。お前がポーションを買おうとする時、どんな気持ちで店に入る?」


「ごく平常心で店に入ります」


「……そう。喜びと幸福感に満ちた、まるで草木も花も太陽も踊り始めるような錯覚さえ抱きながら店内に入るものだろう?」


「エミルさんは危険なクスリでもキメてらっしゃるんですか?」


「そこに店員の話し声が聞こえてくる。耳をすませば『甘露草とかぶっちゃけ名前負けしてるよね~』。……それを聞いてどんな気持ちになる?」


「『ですよね~』と……いえ、その、はい。よくはないですね」


「そう。胸を掻きむしられるほどの悲しみに襲われるはずだ。天は崩れ、地は裂

け、海はすべて干上がる――そう錯覚するほどの絶望感を抱くはずだ」


「エミルさん、クスリは止めましょう? 辛いでしょうが、私もお支えしますか

ら」


「そうした絶望感はやがて人々の心を壊していく。町には猜疑さいぎと憎悪が溢れ返り、そこかしこで争いが頻発するようになるだろう。世界から光が永遠に失われ、希望ある未来はもはやなく、そのままゆっくりと確実に終焉へ向け――」


「エミルさん、エミルさーん。話戻しましょうよー」


「……はっ!!」


 いかん。ついその場面を想像し、引きずられてしまっていた。


「…………ま、まあそういう事だ。今回は無知ゆえの発言と思って流しておくが、今後は素材へのリスペクトを忘れるんじゃないぞ」


「は~い」


 ひとまずはそう言いつつも、リサは続ける。


「でもですね。甘露草……さんって、薬効とかは特にないじゃないですか。だから薬草屋には別に関係あるものじゃないんですよ。用法なんてせいぜい、冒険者とかがクエスト中に見つけたものをおやつ代わりにかじる程度と言いますか……」


「……そうか。この時代ではそういう認識なのか……」


 まるで野イチゴみたいだな。


「それに、甘いとは言ってもあくまで"ちょっと"だけです。入れただけでポーションの味がそんなに変わるのかなー、って……」


 なるほどな。


 二日のあいだにリサから聞いておいた話によれば、魔王討伐後の世界はしばらく混乱が続いていたらしい。そのゴタゴタで様々な知識や技術が失われたそうだが


……どうやらポーション関連も例外ではない様子だ。


「だが、甘露草それを使った結果がさっきお前が飲んだヒールポーションだ。今まで飲んできたものとはまるで別物だったろう?」


「……確かに」


「あれこそが甘露草さんの実力だ。……甘露草は面白い性質を持っていてな。癒やし草を始め、ポーション素材の有効成分と結びついた瞬間にとても甘くなる。ポーション作りには必須と言っていいほどのものなんだ」


「へえ~。そんな不思議な効果があったんですね」


「ああ。なにしろ、世界には『食べるだけで酸っぱいものが甘く感じられるようになる果実』なんてものもあるくらいだからな」


 あいにく書物で得た知識だけであって、実物を見た事はないが。


「それにもうひとつ。他のポーション素材と"ファール"とを結びつける――いわゆる『つなぎ』みたいな役割も果たす。ポーション作りには必須と言っていいほど重要な素材だぞ」


「……ですからそのファールとやらがサッパリ分からないのですが……」


「一度に説明しても混乱するだろう。それは後で教える事とする」


 そこでいったん、コップの水に口をつける。


「……という訳で、今後はうちの畑でも甘露草を育てたい。ファルマシアこの町のどこかに苗を売っている店はあるか?」


「いえ、ちょっと心当たりがありません」


「……ならば野に生えているものを調達してくるか」


 そう言って俺は席を立つ。


「今から行くんですか?」


「うむ」


 リサの問いにうなずく。


「開店へ向け準備を整えなければならない。そのためにも、今のうちに主戦力であるヒールポーションの材料をある程度確保しておきたいからな」


「冒険者ギルドへ採取クエストの依頼は出さないんですか? 手間が省けますよ」


「いずれはそれも考えるが、今は依頼金を出すだけの余裕がないからな」


 借金取りに売り払った道具の合計金額もまだ正式には出ていない(金貨二〇〇〇枚を超えている事は確実であるそうだが)。贅沢はできない。


「幸い、甘露草は森や山に広く分布しているからな。見つけるのにそう苦労はしないだろう」


「でしたら、"樹海"で探すのがここら辺の定番ですね。ほら、エミルさんと初めて出会ったあの森の事です」


「大樹海。確か"ブロンドゥム樹海"だったな」


 ブロンドゥム樹海とは、ファルマシアの西に広がる巨大な森だ。


 話によれば、俺はあの樹海の比較的浅い場所――『表層』に飛ばされていたらしい。


「分かった、ではさっそく向かおう」


 俺たちは手早く準備を整え、ファルマシアの町を後にした。


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