第8話 ポーション狂、始動
――俺が
「…………」
俺はテーブルの上に二〇本ほど並べられた、液体入りの小ビンを無言で眺めていた。
中身はすべてポーションだ。俺がファルマシア町内のあちこちへ出向き、購入してきたものである。
その大半が"ケガの治療をする"ヒールポーションだが、"失った魔力を回復する"マナポーション、"一時的に力を増強する"パワーポーションなどもいくつか混ざっている。
俺はテーブル上の小ビンたちへ手を伸ばし、手近な一本――冒険者向けの雑貨屋で購入したヒールポーションを手に取る。コルク栓をビンの口から抜き、ゆっくりと口をつける。
……やはり――
「苦い」
身構えてはいたが、たったのひと口で容赦なく襲いかかってくる苦さに思わず顔をしかめる。
まるで舌がしびれるような味に耐えつつも、ポーションの発揮する"治癒効果"
――有効成分による『天然の治癒魔術的効果』が発揮される際の魔力の働きに意識を向ける。
こちらも予想通り、
コップの水を飲んで苦さを洗い流したあと、今度は大通りの行商人から購入したヒールポーションを飲む。一本目と微差ほどの違いがあるだけで、やはり苦くて回復効果が低かった。
次は冒険者ギルド内の購買所で購入した分。やはり似たような酷さだった。次は目先を変えてマナポーション。不味いうえに魔力の回復効果も低い。吐き出したくなる衝動を、水を飲んでなんとか抑える。
八本目を飲み干した辺りでとうとう俺は限界を迎え、飲むのを断念。コップ二杯分の水を飲んだあと、そのままテーブルに突っ伏した。
「……エミルさん、大丈夫ですか? 顔色が悪いですけど……」
ポーションの実飲を無言で見守っていたリサが声をかけてくる。
桃色のセミショート髪に、エメラルドグリーンの瞳。客観的に見て整った容姿。
確かに本人が『可愛くてしかも巨乳! 新生"紅蓮のインフェルノ"の看板娘はこのリサちゃんにお任せください!!』と言い切るだけはあるが……俺からすれば、残念な中身が外見のよさを相殺しているように映っている。
気分の悪さをこらえ、俺はリサへと視線を向けた。
「……ああ。なんとかな……」
「無茶しますねぇ。短時間でそんなにたくさん飲むなんて……」
「……しかたなかろう。実際に飲まなければ、この時代のポーション事情を把握する事などできんからな」
だが、これではっきりした。
やはりこの時代のポーションは全般的に品質が落ちている。認めたくない事実だが、認めざるを得なかった。
俺は手近なヒールポーションを手に取り、まじまじと眺める。
「……しかしこんな苦さではダメだ。飲み干すだけでもひと苦労ではないか。場合によっては吐いて無駄にしてしまう事だってあるだろう」
二日前の罪を、鈍い胸の痛みとともに思い出す。
あんな事は二度とあってはならない。ひとつでも多くの
「なにより、戦闘中の回復に差し当たりが出てしまう。一刻を争う場面でこの苦さは大きな足かせだぞ」
「……ですが、ヒールポーションってそんなものでしょう? これは普通、戦闘後に飲むものですから。戦闘中に飲むのはよほど切羽詰まった時だけですよ。そもそもヒールポーションは治癒術士がいない場合か術士の魔力を温存するための、いわば"治癒魔術の代替品"としての立場で用いられるのが一般的です」
「それが、この時代の常識……か」
ため息混じりにつぶやく。
この二日間、ひと通りの現状はリサから聞いていたが……まったく嘆かわしい。 だが、このポーションでは反論のしようもない。二百年のあいだにポーションの地位が落ちているのも無理はなかった。
俺の様子を見たリサが尋ねてくる。
「エミルさんが元いた時代とはそんなに違うんですか?」
「ああ」
俺はうなずき、
「これは昨日、俺が作ったヒールポーションだ」
「あれ、いつの間に?」
「夜、お前が部屋へ戻った後だ。手持ちこそ残り少なかったとはいえ、材料も揃っていた」
旅で手に入れた大半の道具は借金取りに売っぱらったが、ストレージ内すべてのものを渡した訳ではない。ポーションの材料など、生活必需品まではさすがに手放す訳にいかないからな。
「旅のさなか、よく小型鍋で自家製ポーションを作っていたからな。品質は保証するぞ」
リサは俺謹製のヒールポーションをまじまじと眺める。
「……別に現代のものと違いがあるようには見えませんが……」
「そうか。では試しに飲んでみろ」
俺が言うと、リサは「うえぇ……」と露骨に顔をしかめた。
「……飲まなきゃ駄目なんですか?」
「飲まんと分からんだろう。それと、リサは魔術を使えたはずだな?」
「ええ。守護魔術、けっこう得意なんです」
確かに、かなりの怪力の持ち主である
「なら、ポーションの成分が作用する際の"魔力的な働き"を感じ取る事はできる
か?」
「まあ……がんばればそれなりには」
「そうか。だったら、いままで飲んでいたヒールポーションとの回復効果の違いにも注目してみてくれ」
「は~い……」
力なく答えつつ、リサはいかにも渋々といった様子で俺謹製ヒールポーションへ口をつけた。
「……え!? なんなんですかこれ!?」
たちまち、彼女の目がまん丸に見開かれた。
「――ぜんぜん苦くない!! むしろおいしいですよこれ!!」
笑みすら浮かべているリサに、無言で残りを飲む事をうながす。
彼女は残りを、今度はなんの迷いもなく一気に飲み干した。
「……すごい!! こんなに口当たりがまろやかで飲みやすいポーションなんて初めてですよ!!」
「そうだろう。で、治癒効果はどうだ?」
俺に尋ねられ、リサは目を閉じて集中する。
「……普通のものより明らかに効果が高いですよ!! え!? これポーションなんですか!?」
「そうだ。それが二百年前――俺が元々いた時代のヒールポーションだ」
俺の言葉に、リサは手元の空きビンとテーブル上のポーションたちとへ交互に目を向ける。
「……た……確かにこれは……。これと比べれば、品質が落ちていると言いたくもなりますね……」
「しかも値段はこの時代のものよりほんの少し高いだけ。それが、どこの店にもごく普通に流通していたんだ」
「……すごい……」
「勘違いはするなよ。俺がすごいんじゃない。ポーションと、ポーションを作るために研鑽を重ね続けてきた先人たちの努力こそがすごいんだ。俺はただ、積み重ねられた技術と知識をほんの少しお借りしただけだ」
「そこは素直に喜んでいいと思いますが……」
なぜか『面倒な人』でも見るような目でリサがつぶやいた。
俺はただ
「……まあ、とにかく。これで理解できただろう。俺たちの目指すべきものが」
「目指すべきもの……ポーションとともにある世界、でしたっけ?」
「ああ。そのためにまず、この品質のポーションをふたたび標準的なものとして流通させる必要がある」
それから俺は、テーブル上のポーションたちに視線を向けた。
「……そして、だ。薄々は感づいていたが、実際に試してみて確信した。ポーションの品質が落ちている原因が」
「原因? もうそこまで?」
「ああ」
俺はうなずき、結論を下した。
「――材料が足りてないんだ」
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