第7話 店舗購入

 差し押さえの看板&張り紙を撤去し終えた借金取りたちは、『細かい書類などはまた後日』と言い残して立ち去った。


「……さて」


 彼らを見送ったあと、俺はリサへ顔を向ける。


「ひとまずはこの土地と建物の事を知っておきたい。リサ、案内を頼む」


「あ、はい。……あの」


「なんだ?」


「……エミルさん、ありがとうございました! おかげさまで助かりました!」


 リサは俺の正面に回り込み、深々と頭を下げた。


「……文句のひとつくらいは覚悟していたのだがな。なにしろお前からすれば、思い入れのある土地と店を初対面の男に買い上げられた訳だからな」


「その事に文句なんて言えませんよ。差し押さえは私たち家族の力不足が招いた結末です。残念ですが、受け入れるしかありません」


 リサは少し寂しげな顔を浮かべたあと、


「それに、実際にはちょっと変わった人ではありましたが……『勇者エミル』が信頼できる人物である事は歴史が証明していますから。実際、私を身売りの危機から救ってくれたじゃないですか。本当ならそこまでする義理なんてないはずなのに」


 そう言ってほほえんだ。


「なに、さっきも言った通りだ。俺がこの時代を知るためにも、店を繁盛させるためにも、お前の協力が欲しいからな。必要な投資という奴だ」


 いったん話を区切り、続ける。


「それで、これからのお前の扱いだが……」


「はい」


「まず金貨二〇〇〇枚のうち、土地と建物の分をさっ引いた額を俺に対する借金とする。次にお前の住居だが、これまで通りここを自宅として住み続けてもらって構わない。そして今後は俺が出す店の従業員として協力してもらう」


「はい」


「もしも俺の元を離れて薬草屋なりなんなりをやりたいのであれば、借金を全額返済してからにしてもらう。無利子無期限で待ってやる。……それでいいな?」


「了解しました」


 リサはうなずいた。


「よし。……そして、俺たちがやるべき事はポーション店を出す事だけではない」


 決意を込め、俺は言った。


「天地がひっくり返るよりも信じられない事だが……もしも本当にポーションの品質が落ちているのだとすれば、なんとしてもそれを改善しなければならない」


「……その『ポーションの品質が落ちている』って話が私にはピンとこないのですが……。二百年前とそんなに違いがあるのですか?」


「まずはそれをはっきり確認しなければならない。そのためにもこの時代のポーション事情を正確に把握する必要がある」


「"ならない"とか"必要"とか……別に義務って訳じゃないでしょうに」


「そうかも知れない」


 俺は言った。


「だが俺はポーションが好きだ。ポーションのない生活など考えられない。ポーションとともにある世界で、ポーションとともに暮らしていく――それこそが俺の理想。それを実現するためにも、優れたポーションは必須だ」


「……はあ……」


「だがこの時代、世界から良質なポーション体験が失われてしまっているかも知れない。辛い事実だが目を背ける訳にはいかない。理想を掴み取るためは、過酷な現実に立ち向かわなければならないんだ」


「……さいですか……」


 あいまいな声色でリサは答えた。


 イマイチ理解していない様子だが……まあいい。これから少しずつポーションの魅力を知っていけばいいのだ。そのための時間はたっぷりあるのだから。


「……まあ、ポーション屋でしたら私の薬草栽培技術も活かせますし。こうなった以上、エミルさんのお店が繁盛するようがんばってみますよ!」


「頼む」


 俺は彼女に頭を下げる。


 ――思わぬ形ではあったが、これでポーション屋を開くという長年の夢が叶いそうだ。


 だが前途は決して楽観できる状況ではない。


 さっき飲んだ、ヒールポーションの苦さがよみがえる。俺が慣れ親しんできたポーションとは味も効果も雲泥の差があった。


 あれが本当に『標準的な品質』なのだとすれば、事態は深刻である。おそらく俺の行く手には様々な困難が待ち受けている事だろう。


 だが俺は魔王討伐を果たした男。今度もきっとやり遂げる事ができるはずだ。


 なにより俺を支え続けてくれた水薬ともの献身に報いなければならない。


 ポーションの名誉を取り戻すため、尽力せねばなるまい。


 そう――


「――俺たちの戦いはこれからだっ!!」


「……なんかいまにも頓挫しそうな宣言やめませんか?」


 抜けるような青空を仰ぎながら、俺は叫んだ。


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