第6話 借金取り、襲来

 湖の南半分に沿って作られた町、ファルマシア。町の西側地区にリサの薬草店

『紅蓮のインフェルノ』はあった。


 住宅地から少し離れた静かな土地。周辺はちょっとした林になっており、涼しげな木陰が適度にある。


 それでいて日当たりと風通しはともに良好。リサによれば土の水はけもいいらしい。住むのはもちろん、薬草を育てるのにも優れた土地である。


 そんな実にすばらしい土地に、


「――ああ、お帰りになられましたかクリオーネさん」


 メガネをかけた理知的な雰囲気の男と、強面こわもての男たち複数人が待ち構えていた。 土地には『差し押さえ』と書かれた立て看板が設置、店舗と店の看板にも同内容の紙があちこちに貼られている。


 ……極めてどうでもいい情報ではあるが――店の看板には、白地に緑のペンキで『紅蓮のインフェルノ』と書かれていた。……その色はないだろう。


「…………」


 なおクリオーネリサは、男たちの姿を見た瞬間大地に伏せ、庭土に額をこすりつけていた。


 はるか東の島国『シノノメ』に伝わる謝罪の身体表現ボディランゲージ『土下座』である。


 その完成された美事みごとな所作が世界中で高く評価されており、俺の元いた時代にはすでにオルディネア王国でも広く用いられていた謝罪方法であった。


 だが、メガネの男はあくまで素っ気ない態度だった。


「いえ。私は謝罪を求めているのではありません。借金を返済していただきたいのです」


「すんませんっ!! 勘弁してくださいっ!! あと少し……そう、あと一週間ほど待っていただけたらきっと……っ!!」


「クリオーネさん、あなたそれ前来た時にも言っていたじゃないですか。本来の返済期限は一週間前なのですよ? あの時は温情をかけてあげましたが、これ以上甘い態度を取るつもりはありません」


「……おいリサ。あの借用書の日付、一週間前のものか……」


 なにが『今月が期限』だ。間違ってはいないだけで、根本的な部分が間違ってるだろうが。


 俺の声が聞こえているのかいないのか、リサはひたすらに頭を下げ続ける。


「そこをなんとかっ!! お願いしますっ!! お願いしま――」


「ガタガタ抜かしてんじゃねえぞコラァァァッ!!」


「こちとらとっとと金払えっつっとんじゃオラァァァッ!!」


「ぴいい――――っ!?」


 取り巻きらしき強面男たちに凄まれ、リサが悲鳴を上げる。取り巻きたちを手で制し、メガネ男が冷徹な声で言う。


「借りたものは返す、社会の常識ですよね? "返せません"は通用しません。金を払えないというのなら、借金のカタとしてまずこの土地と建物、および家財すべてを差し押さえさせていただきます」


「か……勘弁してください……!! 私の住む場所がなくなっっちゃう……」


「なにを勘違いしているのですか。それだけで返済しきれると思ったら大間違いですからね? なにしろあなたの借金額は"金貨二〇〇〇枚"なのですから」


 金貨二〇〇〇枚。かなりの額だ。平民の一般的な収入であれば一生かかってもまず返済できないだろう。


「……これが最後の確認です。金貨二〇〇〇枚、いますぐ用意できますか?」


「……すみません……」


 リサが力なく言うと、取り巻きたちがずいっと前に出る。


「……ではこの物件は我々のものとさせていただきます。それと、足りない分の埋め合わせもしなくてはいけません。そう、あなたの体で……ね」


 メガネ男が言うと、リサが青ざめた。


「い、嫌ぁっ!! 体で支払うだなんて嫌ぁっ!!」


「抵抗したところで無駄ですよ」


「このまま美術モデルとして売られるだなんてそんなの嫌ぁっ!! そりゃあ私を題材にすればさぞや見事な絵画や彫刻が量産できるでしょうけど嫌ぁっ!! "現世に降臨した美の女神"として芸術界隈で話題となってちやほやされまくって、二年後くらいに優しくてイケメンな貴族の跡取り息子に見初みそめられ『女神の翼を愛の鎖で縛るのが許されざる罪であると言うなら……ああ!! ならば僕はあえてその罪を背負おう……!!』だなんて口説かれるでしょうけどとにかく嫌ぁっ!!」


 この期に及んでずいぶん幸せそうな想定してるなオイ。


 リサの戯言たわごとには耳も貸さず、取り巻きたちは彼女に手を伸ばそうとする。


 ……さて。


 どうするエミル。無関係を決め込むか?


 俺はリサを助けた、リサは俺に情報提供と人里への案内をした。これで貸し借りはなし、借金はあくまで彼女の問題――そう考えてこのまま放置するか?


 ……愚問だな。


 動ける時に動かずしてなにが勇者だ。


 それに、俺の都合・・・・のみで考えたとしても悪くない……むしろかなりの好条件だと言える。


 ひとり静かに決断する。


 これも、ミラクルポーションが導いた運命と受け止める事にしよう。


「――待て」


 取り巻きたちの手がリサへ触れそうになる――その直前、伸ばされる手を遮るように俺は立ち塞がった。


「ああんっ!? なんだテメエはぁっ!!」


「邪魔するんなら痛い目遭わせたるぞコラァッ!!」


 取り巻きたちは俺を睨みつけ、ドスの聞いた声で恫喝してくる。


 だがあいにく、俺は魔王アパルラーダを始め強大な敵たちと何度も死闘を繰り広げてきた身だ。それらに比べれば、彼らの恫喝などそよ風が吹いたほどにしか感じなかった。


 俺の行動に対し、メガネ男がさして興味もないように言う。


「……なんですかあなたは。無関係の者が我々の話に口出しをしないでいただきたいのですが」


「ならばいまここで関係をつけようじゃないか」


「ほう……?」


 レンズの奥で目が鋭く細められる。まるで刺突剣レイピアを突きつけられるような視線。取り巻きたちが怒鳴る姿より、よほど威圧感のある態度だった。


 しかし俺は一切動じず、口を動かす。


「まず確認をしておく。借金のカタとしてここの土地と建物は没収、それでも足りないためその女も連れて行く。そういう話だな?」


「ええ」


「――ならそれらすべて、俺がここで買い上げても構わんな?」


「エミルさん!?」


 リサが驚くのにも構わず、俺は続ける。


「俺はポーション屋を開きたいと考えていた。そこに魅力的な土地と建物が売りに出されている」


 ざっと周囲を見回しながら言う。


 それからリサへと目を向ける。


「そして、彼女の協力が欲しいとも考えている。なにしろリサは俺の事情を知っているからな。この時代について俺が知らない知識を補ってくれるだろう」


「……時代?」


「気にするな。それに彼女の話によれば、薬草栽培の技術も持っているらしいじゃないか。それが本当なら商品の材料を自前で調達できるようになる。従業員として実にありがたい存在だ」


「エミルさん……」


「そういう訳で、リサの借金はすべて俺が引き受ける。ここの土地も建物もすべて俺のものにする。……どうだ?」


「……なるほど。訳の分からない話も混ざってはいましたが……なかなか面白い事を言いますね、あなたは」


 メガネ男は大仰にうなずいた。


「それで? あなたに金貨二〇〇〇枚を支払えるのですか? 見ず知らずの、どこの馬の骨とも分からないあなたに?」


「金貨二〇〇〇枚……か」


 俺はふところから財布を取り出し、無言でメガネ男に放り投げる。


 メガネ男も無言で中身を確認し始める。


「……金貨が十枚ですか。残りの一九九〇枚は?」


「……現金はそれで全部だ」


 俺が言うと、取り巻きたちがにわかに怒声を上げた。


「テメエッ!! 冷やかしのつもりか、ああんっ!?」


「ナメてんじゃねえぞっ!! 痛い目見てぇのか、おおっ!?」


「なので、物々交換はどうだ?」


 そう言うと同時に収納魔術ストレージを開く。空中に切れ目が入り、異空間へ繋がる出入り口が開かれる。


 同時に、取り巻きたちとリサが驚愕の声を上げる。


『『『はあぁっ!?』』』


「エ、エミルさんっ!? なにサラッと"異空間を開く"だなんて高度な魔術使っちゃってんですかっ!?」


「便利だからだ」


 答えつつ異空間に手を突っ込み、内部から目当てのものを取り出す。


 紫色のそれを見たメガネ男は目を軽く見開いた。


「――これは『夢幻石』。このくらいの大きさならペンダント辺りに使える。もしくは細かく加工して指輪の石としてもいい」


「……これは……内部に邪魔な包有物インクルージョンもない……なるほど……」


「……兄貴、そんな小石みたいなもんにどれくらいの価値が……」


「市場に出せばおおよそ金貨五〇〇枚で売れるでしょう」


『『『金貨五〇〇……!?』』』


 取り巻きたちとリサがきれいに声を揃えた。


「さらにこいつ。『アビスドラゴンの逆鱗』だ。いずれ武具の強化に使おうかと思っ

ていたが、結局使わずに残ったものだ」


「アビ……!? なんでそんな化物みたいな奴の希少素材持ってんだ……!?」


「……ざっと金貨二〇〇枚にはなるでしょうか……」


「まだあるぞ。『凍華とうかの杖』。魔力を流すだけで誰でも氷の魔術を放てる杖だ。魔術の強さは、"バルバート式魔術"で定められた等級で言うと中位級くらいだな」


「げえぇ……!? そんなもん騎士なり冒険者なりがのどから手が出るほど欲しがる逸品じゃねえか……!?」


「……これも金貨二〇〇枚は下らないでしょうね……」


「次。『収 納ストレージの腕輪』だ。俺にとっては不用品だが、大量の荷物を持ち運べる便利な代物だ。異空間の広さはおおむね一般家庭の寝室くらいだな」


「……金貨二五〇枚……」


「次、『破邪銀ミスリルの杯』。そのまま飾るもよし、溶かして武具に加工するもよしだ。次、『魔術巻物スクロール』各種。使い捨て式だが、効果はどれも十分のはず。中には上位級魔術に匹敵する効果を持ったものもある。次――」


 取り巻きたちとリサがぽかんと口を開けているのをよそに、俺はストレージ内部の荷物――魔王討伐の旅で手に入れた品の数々を放出していく。


 手放すのが惜しいとはまるで思わなかった。もともと、これらの品を売った金で店を手に入れようと考えていたのだ。なんなら旅の中で路銀や荒廃した町の復興費に当てたり、事故や戦闘で失ったりした物品は、いま出している分よりはるかに多い。


「――これで最後だ。どうだ? これでも足りないか?」


 日用品などを除き、すべての品を出し終えた俺はメガネ男に告げた。


 リサと取り巻きたちは無言でメガネ男に注目する。


「……細かい計算はあとで行わなければなりませんが……」


 やがて、メガネ男が口を開いた。


「合計金額は確実に金貨二〇〇〇枚を超えるでしょう」


『『『じゃあ……っ!?』』』


「……エミルさん……っ!!」


「……いいでしょう。取引成立です」


 メガネ男が差し出した手を、俺はしっかりと握り返した。


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