第5話 リサ・クリオーネ
世界の崩壊を目の当たりにした時、人はこんな気分になるのだろう――頭の片隅に残った理性で、俺は漠然とそう感じていた。
そんな……そんな、まさか――
「……ポーションの品質が落ちている……だと……?」
絶望と言うより他になかった。
我が愛するポーションが、二百年の間に粗悪品と化しているだなんて。
絶望と言うより他になかった(※二度目)。
……いや、早とちりするんじゃない俺。
例えば、リサがたまたま粗悪なポーションしか知らない不幸な環境で生まれ育ったという可能性だってある。
そうだ。希望を捨てるのはまだ早い。まずはこの目で真実を確かめなければ。話はそれからだ。
「……あの〜、エミルさん。よく分かりませんがひとまず町へ戻りましょうよ。行くあてもないでしょうし、お礼代わりに私のおうちへ案内します」
リサが俺の顔を覗き込みながら言った。
「……そうだな。頼む」
俺は顔を上げた。
森を歩きながら、リサに簡単な経緯を説明しておく。
「――つまり、ミラクルポーションの奇跡によって魔王城の爆発からは逃れられたものの、飛んだ先は二百年後の世界だった……と」
ひと通り聞き終えたリサは、話を飲み込むように小さくうなずいた。
「なるほど。勇者エミルは死んだのではなく、いまこの時代に飛ばされていたのですか。……私、帰ったらちょっと歴史学者に転向しようかな……」
「なにを考えているか分かるが協力はせんぞ」
おおかた『通説を覆し、有名になってひと儲け』とでも考えているのだろう。あいにく面倒なので関わる気はないが。
「それよりお前はなぜひとりで森にいた?」
今度は俺がリサの事情を尋ねる。
「そうですね。……まずは改めて挨拶を。私はリサ・クリオーネと言います。先ほどは助けていただきありがとうございました」
リサは深々と頭を下げる。そういうところはしっかりしているのだな。
「生まれも育ちも『湖の町ファルマシア』、これから向かうところですよ」
「ファルマシア……つまりここはオルディネア王国内だな?」
「はい」
「そうか。……ファルマシアの町なら俺の時代にもすでに存在していたぞ。平和になったらそこに住みたいと思っていたすばらしい町だ」
湖の町ファルマシアは"ファルマシア湖"のほとりに作られた町であり、薬草の名産地として有名である。
薬草――当然ポーションの材料としても使用されるものだ。そして湖の町だけあって、きれいな水も調達し放題。
つまり、ポーションの町と言い換えていいだろう。
そんなすばらしい町の近くに転移できるとは!! ありがとうミラクルポーション!! 大好き!!
「私はそこで自宅と兼用の小さな薬草屋に住んでいます。畑で育てた自家製の薬草を販売するお店なんですよ。……まあ、あんまり繁盛してませんけどね……」
「そりゃ、借金をしているくらいだからな。……ひとりで経営しているのか?」
例の借用書を思い出しつつ尋ねると、リサは『はい』とうなずく。
「元々は両親が経営していたお店ですけどね。母は子供のころ、父は三年前にこの世を去りました」
「……すまん。余計な事を聞いた」
「いえ、お気になさらず。……私の手元に残されたものは、土地とお店と借金でした。なんとか借金返済を目指してがんばっているのですが、お店の収入だけでは返し切れませんので、ギルドの冒険者としても活動しています」
冒険者。魔物退治や野草採取など人々から引き受けた
「この森に来たのもクエストのためか?」
「はい、臨時でパーティーを組んだ方々と」
ふと、リサの表情が曇る。彼女は顔を伏せ、それから絞り出すような声を漏ら
す。
「……問題なく達成できるクエストのはずだったのですが……あんな森の浅いところで
……そうか。
……彼女の仲間たちは……。
銀月熊は活動範囲が広い。予期せぬ場面で遭遇した準備不足のパーティーがそのまま餌食に――不幸な事だが、しばしば聞く話だ。
「……あんな事になってしまったのも、私が原因なんです……」
「……あまり気に病むな。お前のせいじゃない」
「……あの時、私が自己顕示欲を満たすため『ここは私が囮になるわっ!! その間にあなたたちだけでも逃げてっ!!』なんて格好よくキメなければ……。
まさか仲間たち全員が『悪いな、じゃあそうしてくれ!』と笑顔でサムズアップを返し、そのまま私を置いて一目散に逃げ出すなんて思わなかったから……」
「うむ。半分くらいお前のせいだったな」
格好をつけるならせめて後先を考えろ。……仲間は仲間で判断が早すぎるとは思うが。
「……まあ、この通り五体満足で切り抜けられましたけど……これじゃあ報酬はパーですね……」
リサはしょんぼりと肩を落とした。
「本業の薬草店もがんばってるつもりなんですけどね……そちらもなかなか上手くいってません……」
「薬草の品質はどうなのだ?」
「ちゃんと手塩にかけて育てていますし、少なくとも劣っているという事はありません」
「値段は?」
「商業ギルドが定めた適正価格で販売しています」
「そうか……」
「そもそも客足が遠いんですよね。ちゃんとチラシも出しているのですが、お客さんたちは足を運んでもくれないのです……」
ふむ……。
話を聞く限りなんら問題ないように思えるのだが……。
やはり、商売の道とは想像以上に厳しいものなのだろう。
「大変なのだな……」
「はい。……いったいなぜなんでしょうね……。なぜ――」
リサの言葉へ真剣に耳を傾ける。
俺もいずれポーション屋を経営したいと考えている身だ。彼女の立場はとても他人事とは思えない――
「――なぜ、両親から受け継いだ自慢のお店『
……。
…………。
「……おい」
「はい?」
「ぐれ……なに? ……店の名前、もう一度言ってくれ」
「はい。薬草店『紅蓮のインフェルノ』です」
「……うむ。十中八九、名前が原因だ」
これほど薬草店にふさわしくない名前もそうそうないであろう。その名を聞いた客はこぞって回れ右をするはずだ。
「え? でも強そうな響きじゃないですか?」
「そんなもん誰も薬草店に求めてないぞ」
「ですが、名付けたお父さんとお母さんも大層気に入っていた名前でしたし……」
「ネーミングセンスまで両親から受け継いでしまったか……」
見知らぬご両親よ。赤の他人が差し出がましいと重々承知しているが、残すのはせめて土地と店だけにしてやれなかったのか。
「悪い事は言わん。まずその店名を変える事を勧めるぞ」
「ええ〜……でも、ずっとこの名前でやってきた訳ですし……急に変えられてはお客さんだって混乱しちゃいますよ」
「少なくとも薬草店の名を尋ねて『紅蓮のインフェルノ』と返されるよりは混乱しないはずだ」
「……強そうだと思うのに〜……」
「……まあ無理にとは言わんが、考えておけ」
話はそこで切り上げ、歩くのに集中する。
その後は森を抜け、俺たちは湖の町ファルマシアへ到着した。
リサが冒険者ギルドへ帰還報告するのを手伝い(なおリサの仲間たちも全員無事に戻っていた)、それから彼女の家でもある薬草店『紅蓮のインフェルノ』へと足を運んだ。
店が土地ごと借金取りに差し押さえられていた。
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