第10話 ブロンデゥム樹海へ
あけましておめでとうございます。
本年度もよろしくお願いいたします。
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おおよそ昼前くらいに、俺たちふたりはブロンデゥム樹海へと到着。
内部へ足を踏み入れる前に、持ってきたパン、チーズ、ハムで早めの昼食を取っておく。
「……さて、行こうか」
「ガッテンです」
昼食後に装備の最終確認を済ませ、俺たちは椅子代わりの岩から腰を上げた。
「甘露草は森や山など、広い範囲のあちこちに生えている。取りあえず今日は"表層"を適当に歩き回りながら探すとしよう」
「でしたら、道案内も兼ねて私が先頭に立ちましょう」
「そうだな。頼む」
「りょーかいです!」
リサは元気よく胸を張った。
リサに先導されつつ、俺は樹海の中を進んだ。
表層――樹海の外側部分へは、湖の町ファルマシアを始め様々な町村から冒険者が訪れる。目的は素材採取クエストから魔物の間引きまで様々である。
人の出入りが比較的多い分、土もそこそこ踏み固められている。おかげで実に歩きやすい、快適な道のりであった。
「……お、あそこにありましたよ」
やがて、進路の先をリサが指をさした。
指先の向こうには、鳥の羽のような形の葉が並んだ形状――専門的には『羽状複葉』の草が群生している。
間違いない。あれが甘露草だ。
「よし。さっそくこの鉢に移そうか」
俺は
「まずはうちの畑に植える分の確保からだ。まあリサは薬草店を営んでいたから分かっているとは思うが、群生しているとはいえすべて――」
背後に何者かの気配。
「……っ! エミルさん、後ろにスラ――」|
「――
察した瞬間、順手に持ったスコップへ魔力を流す。スコップのフチ部分に雷の魔力をまとわせる。
振り返りざまにスコップを振り抜く。飛びかかってきた二体の
「――イム……」
「――群生しているとはいえすべてを取りつくさないよう気をつけるんだぞ。将来の事を考えた採取を心がけるんだ」
「……さすがは魔王を討伐した勇者ですね……」
真っ二つになったスライム二体へ呆然と視線を送りながらリサはつぶやいた。
「まあ、この程度の奇襲は何度もあった事だからな。定番と言ってもいいくらいだ」
言いながら、旅の中で魔王軍と戦ってきた記憶を思い返す。
「……むしろ直接的な攻撃をしてくる分まだマシだ。魔王軍の幹部から、もっと狡猾かつ陰湿な手段で攻められた事だってある」
「あ~……例えば、人質を取られたりとかですか?」
「それならまだマシだ。とある町の住民を生きたまま盾として並べられたうえで、魔術で洗脳した彼らに『犠牲を出したすえに勝利を収めて、それでもあなたは本当に勇者を名乗れるんですか!?』『守るべき民を犠牲にしたすえの醜い勝利なんかより、勇者としての誇りを保ったままの敗北にこそ真の価値があるんじゃないですか!?』……みたいな事を連呼させる、なんて手も使われたな」
「……うわ~お……」
魔王軍の手口(ほんの一例)に、リサはドン引きしていた。
ちなみに、その手口を使った連中には犠牲者をひとりも出さない完璧な勝利を叩きつけたうえで、まとめて消し炭にしておいた。
「……で、ですが、エミルさんさえいればもう戦闘面の心配はありませんね! ぜんぜん余裕じゃないですか! いやぁ、"楽勝"って素敵な言葉ですよねー!」
リサは緊張感のない笑顔で言う。
喜んでいるところ悪いが、あいにくそういう訳にはいかない。
「それについてだが……俺は次以降、魔物との戦闘には基本的に手を出さないつもりだ」
「え?」
「リサの実力を確認しておきたい。お前も冒険者なら、あれくらいの魔物は単独で倒してみせてくれ」
「つまり……私ひとりで戦えって事ですか?」
リサはたちまち渋い表情になる。
「露骨に嫌そうだな……」
「そんな事言って、エミルさん実はサボりたいだけなんじゃないですか? 私は盾役でエミルさんが攻撃役、っていう分担でいきましょうよ」
「怠けるために言ってるんじゃない。お前には今後、単独で素材集めに赴いてもらう事だって考えているんだ。そのためにどの程度やれるのか把握したいんだよ」
「う~ん……ですがね……」
「腰の剣は飾りじゃないんだろう? 大丈夫だ、お前はあの銀月熊と戦って生き延びられるだけの力はあるんだから」
「ですよねー!」
ちょっと褒めてやろうか……と思い俺がそうつけ足すと、リサはいきなり目を輝か
せた。
「そこを見抜けるとはさすがエミルさん! なにしろ私はやればできる子なんですから! 分かってるじゃないですかー!」
「う、うむ……」
なんか急速に調子に乗り始めたな。こいつ、おだてに弱いタイプらしい。
「……まあ、そういう訳で頼む。危なくなればすぐ援護に回ってやるから、思う通りにやってみろ」
「は~い!」
実にいい笑顔でリサは言った。
……指示した俺が言うのもなんだが、本当に大丈夫か……?
――甘露草を採取しつつ、しばらく歩いたのち。
「へいへいへ――――いっ!! そんなもんですか――――!?」
「…………」
遭遇した
「どうしたどうした――――!? ぜんっぜん効いてませんよ――――!?」
「…………」
コボルトたちはリサを集団で攻撃しているが、そのことごとくが青白い
「あれれ――!? ひょっとしてそれで終わりですか――!? まあしかたありませんって――!! なんせ相手はこの私、できる子ことリサちゃんなのですからね――――!!」
「…………」
一方のリサは、ここぞとばかりに調子に乗りまくっていた。腰の片手剣を抜きもせず、ただ己の守護魔術を誇示するようにシールドの奥でふんぞり返るばかりであった。
「……おーい」
枝に登って様子を見守っていた俺は、リサへ声をかけた。
「お、エミルさ――ん!! どうですか――、この私の戦いっぷりは――!! ひょっとして見惚れちゃいましたか――――!?」
シールドを張りながらこちらへドヤ顔を向けてくる。
「いや特に。取りあえず守護魔術の実力は分かったから、そろそろ剣術の腕前を見せてくれないか」
「いや、でもですね――!! やはり私は盾役ですから――、持ち味をたっぷりと活かす守護魔術を見て欲しいっていいますか――――!!」
「……どうでもいいが、そろそろシールドが限界なんじゃないか?」
「え――――!? なんで、す――」
俺の指摘でリサが気づいた。
青白い魔術盾が大きく歪み、擬似的なヒビが走っている事に。
……守護魔術の盾なり壁なりは決して無敵ではない。いくら強度が高かろうと、攻撃を喰らい続ければいずれは破壊されてしまう。
『『『BAOOOOOOO――!!』』』
「ぴゃあぁぁぁぁ――――――っ!?」」
ああ、いま破壊されたな。
割れたガラスのように青白い魔術盾が砕け散り、リサは悲鳴を上げた。
「落ち着け、コボルトは単体ならそこまで手強い相手じゃない。まずは剣を抜け」
「ぴいっ! りょ、りょ――か――いっ!!」
安全なイキリタイムが終了し狼狽するリサは、慌てて片手剣を引き抜く。
「みっ、見やがっててくださりゃ――――っ!! とにゃ――――っ!!」
訳の分からない事を口走りながらリサは右手を振りかぶり、
鋭い斬撃だ。腕だけでなく背中の筋肉も使っていることがうかがえる。とっさに繰り出した割にこれだけ振れるのは、基礎がきっちり身についている証拠と見ていい。まず合格点を与えていい攻撃であった。
ただひとつ、魔物のはるか手前で空振っている点さえのぞけば。
「にゃ――――っ!! とりゃ――――っ!! おんどりゃ――――っ!!」
リサはひたすら斬撃を繰り出しまくる。そのどれもが鋭い一撃ではあるが、そのいずれもが空振りばかりであった。
奇声を上げてやたらめったら剣を振り回す――動作がいい点をのぞけば、それはさながら三下海賊の剣術であった。ひたすら威嚇し、船員たちが恐れるか根負けするかして降参するのを待つための剣術だ。
間違っても冒険者が使うような技術ではなかった。
「おいリサ、相手のふところに踏み込まないと当たらんぞ」
「分かってますりゃ――――っ!!」
俺に言われ、リサは思い出したようにコボルトの元へと飛び込む。
一閃。太刀筋だけは鋭い一撃が魔物の茶色い毛皮を切り裂き、仕留める。
「おっしゃ――!! やりました!! やりましたよエミルさ――」
『BOOOOO!!』
「みゃ――――っ!?」
隙をつき側面から噛みついてきたコボルトに、リサは奇声を上げる。慌てふためき、なんとか左手の
だが、別方向からもコボルトたちが襲ってきていた。リサも気づいたが、守護魔術を使う余裕もなさそうだ。
……ここまで、か。
「リサ、動くなよ! ――
枝の上から雷の短剣を形成。犬歯をむき出しにし、いまにもリサへ噛みつこうとしているコボルトへ射出。
命中。『GYA!』と短い断末魔を上げて魔物は黒土の上に倒れた。
そのまま枝から飛び降りる。着地と同時に背中から
「あとはまかせろ!」
「は、はいぃっ!!」
リサが慌てて後方へ下がる。俺はデュランダルを構えてコボルトたちへ突っ込
む。
この程度は後れを取るような相手ではない。ものの二十秒とかけず、魔物の群れをすべて斬り伏せた。
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