第3話 救出
(……悲鳴?)
俺の耳にはそのように聞こえた。
だが、山や森には『人間の悲鳴』に似た鳴き声を発する魔物が棲んでいる事がある。助けに向かった結果、魔物の餌食に……という話もしばしば聞く。
ひとまず耳を澄ませつつ、声の方角へとゆっくりと移動する。
「――勘弁してくださ――いっ!! うぎゃあああああ――――っ!! た――す――け――て――っ!!」
再び女の悲鳴。こうもはっきりと聞こえた以上、もはや疑う余地はない。
魔物、あるいは野盗にでも襲われているのだろうか。とにかく、急いで駆けつけねばなるまい。
「――
俺はつぶやき、強化魔術を発動させる。電撃によって筋肉を刺激し、身体能力を強化する魔術である。
踏みしめる足に力を込める。一気に加速。森の木々が視界の後方へと高速で消えていく。女の声が近づく。同時に魔物らしき唸り声も聞こえてきた。
「――そりゃあ私のお肉はさぞや美味しそうなのでしょうけど――っ!! お願いだからた――べ――な――い――で――っ!!」
やがて大きな樹木を背にした桃色セミショート髪の女と、彼女よりふた回り以上は大きな、銀色の体毛を生やした魔物の姿が見えた。
あれは――"
銀月熊の前足による攻撃を、女は青白い守護魔術の防壁で必死に防いでいる。女の右手には片手剣、左手には小型の
銀月熊はかなりの
が、長くは持ちそうにない。見れば魔術防壁は大きく歪み、破壊される寸前である。
まずは攻撃を止めさせねばなるまい――!!
「
俺はすばやく魔術を使用。短剣状に形成した雷の魔力を三本、魔物の背中に向けて飛ばす。
「GYA!?」
背後からの攻撃に銀月熊が短い悲鳴を上げる。桃髪女を捨て置き、敵意に満ちた赤い瞳をこちらへと向けてくる。
「……人ですか!? やった、助かった――」
「おいお前、無事か!?」
「いやむしろあなたが無事ですか!? 全身すっげえ血塗れなんですけど!?」
桃髪女が悲鳴とは別種類の、素っ頓狂な声を上げた。
……そう言えば俺、自分の血と魔物の返り血で汚れていたな。黒服で目立ちづらいのを差し引いても、はたから見れば重傷者と勘違いされてもおかしくないか。
実際にはおおむね治療を済ませているのだが……まあいい。いまは魔物を倒すのが先だ。
「問題ない! それより女、そこを動くなよ!!」
俺は
手加減するつもりはない。さっさとこいつを片づける――!!
「――
デュランダルを一閃。刀身にまとわせた莫大な魔力が放出され、銀月熊の巨体を飲み込む。
「GIIIIYAAAAAAAAAAAAAA!!」
断末魔の咆哮を上げ、銀月熊は完全に消し飛んだ。
「……ケガはないか?」
銀月熊の魔石――簡単に言うと、倒した魔物が落とす赤い水晶みたいなものだ
――を回収したあと、俺は桃髪女に手を差し伸べる。
「……あ、はい……。ありがとう、ございます……」
しばし地面にへたり込んでいた桃髪女は、やがて俺の手を借りてよろよろと立ち上がった。
「……いまの……まさか"勇者エミル"が使っていた技……?」
呆然とした声色のつぶやきが俺の耳に届く。
まだ名乗ってはいないが、彼女が俺を知っているのはおかしな話ではない。なにしろ俺は勇者として世界中にその名が知れ渡っている。
名声になど興味はないが、こういう時に話が手早くすむのは助かる。
「いかにも。俺がエミルだ」
「はあ……?」
予想に反し、桃髪女は怪訝そうな顔をした。
……? 俺を知っているのではないのか?
「どうした?」
「……ああ。なるほど、新手のナンパですか。たしかに私はかわいくて巨乳ですので誘いたくなる気持ちは当然ですが……」
「違うぞ」
なぜその発想に行き着いた。
「いまお前が言った通りだ。俺は勇者エミル・メーベルト。訳あってこの森に迷い込んだ」
俺の言葉を疑うように、桃髪女はエメラルドグリーンの目をしばたたかせる。
「……冗談……にしてはセンスのかけらもありませんね。……え? あなた本気で言ってますか?」
「? 当然だろう。これを見ろ」
俺は左手の甲を桃髪女へ向け、淡く輝く『勇者の紋章』を浮かび上がらせた。
俺が十二歳の時、"女神リーブラ"より勇者の力とともに与えられたものである。紋章からは地上の技術で再現できない『神界の魔力』が発せられており、誰でもそれを感じ取る事ができる。
つまり俺が勇者である事を示すなによりの証拠品なのである。
「……それは……確かに女神に選ばれた勇者の証……。それにレヴィンストライクは勇者エミルの代名詞と言うべき技……え……だけど――」
複製不可能な証拠を見せたが、桃髪女の反応は妙に煮え切らない。
いったいどうした、と言おうとした時――桃髪女は答えた。
「――勇者エミル・メーベルトは
……なに?
大昔……だと?
なにを言っているんだこの女は?
「……それは、どういう意味だ?」
「どうもこうも、そのままの意味ですけど……」
そう返す桃髪女もどこか戸惑いを隠せない様子だった。自信満々な態度を取られるより、よほど真実味のある反応である。
……俺の脳裏に、ひとつの仮説が浮かぶ。
これは、まさか――
「……おい。いまはロプレア暦525年か?」
確認のために俺が尋ねると、桃髪女は首を横に振りはっきりと口にした。
「いいえ。
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