第2話 気がつけば森に
――目を覚ますと、俺は森らしき場所にうつ伏せで倒れていた。
最初に気づいたのは鼻孔をくすぐる土のにおい。ゆっくりまぶたを開くと、すぐそばに丈の短い草が生えているのが見えた。
(……俺は……どうなった……?)
一瞬ぼんやりとしかけたが、"敵地で気を失った"事実を思い出し反射的に身を起こす。疑問をひとまず脇へ押しやり、背中の
だがあいにく辺りは平和そのものであった。風に揺れる小枝から羽虫が一匹飛び立ち、青空の向こうへ消えるのが見えただけである。
安全を確認し、ようやく根本的な疑問を考える余裕ができた。
(……いったいなにが起こった? ここはどこだ?)
気を失う前、俺は確かに魔王城にいた。魔王アパルラーダを討伐した直後、城の爆発に巻き込まれたはずだ。
にもかかわらず次に目覚めた時は森の中である。いや林なのかも知れないが、それはどうでもいい。
重要なのは『どうやら俺は奇妙な状況に置かれているらしい』……という事である。
ひとまず、意識が混乱していないかを確認するため、ゆっくりと己に問いかける。
俺の名前は? ――エミル・メーベルト。
出身は? ――オルディネア王国・首都ラフィナート。
いまは何年? ――ロプレア暦525年。
好きなものはポーション。
なにをしていた? ――魔王討伐の旅。
なぜ俺が? ――"女神リーブラ"の神託によって勇者に選ばれたため。魔王は勇者に与えられた力でなければ討ち滅ぼせない。
他の仲間はポーション。人間の仲間の方は都合のつく相手が見つからなかったのでそういう意味ではひとり。
何年、旅を続けていた? ――五年。
両親の名前は? ――不明。物心ついたころには孤児院で過ごしていた。
愛するものはポーション。
座右の銘はポーション命。
夢は自家製ポーション屋。
……よし。これで意識に問題ない事がはっきりした。
どうやらこの光景は夢や幻覚のたぐいではないらしい。死んであの世に送られ
た、という雰囲気でもない。
次に、俺の全身を確認する。
上下とも黒の服、胸など急所となる場所にのみ装備した軽鎧、それらの上から羽織った黒いマント。いずれもあちこちが傷つき、俺と魔物の血で汚れている。
気を失う前とまったく同じ状態である。どうやら、魔王城からそのままこの森へと飛ばされたらしい。
無意識のうちに
それも考えられない。
ファストトラベルは地中を流れる魔力の流れ――『
そもそもマナラインから外れた場所にある魔王城では使用不可能なのである。
となると、他の可能性は――
(もしや……ミラクルポーションの効能か!!)
それ以外に考えられなかった。
爆発直前に飲んだミラクルポーションが今の状況を作り出したのだ。
おそらく、あの虹色の水薬が俺を遠方へと飛ばしてくれたのだ。
ああ、なんという事だろう!!
ポーションの奇跡は確かに存在したのだ!!
俺はポーションによって命を救われたのだ!!
鮮烈なる感動に思わず天を仰ぐ。
我が身はポーションによって生かされているのだ、という事実に心が震える。知らず流した涙がほおを滑り落ち、大地へと染み込んでいく。
やはりポーションは偉大だ。かけがえのない
泉のように湧き出る感動にしばし身を任せていると、
「――ああああああぁぁ――――――――っ!?」
遠方から、女の悲鳴が聞こえてきた。
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