ポーション狂の詩(うた)~魔王討伐後に未来へと飛ばされたポーションマニアの勇者、ポーションがオワコン化していると知ったので復権を目指す~

平野ハルアキ

第1話 プロローグ・魔王との決戦

     ~~ ロプレア暦525年 魔王城・玉座の間にて ~~


 ――次の一撃で決着がつく。


 "魔王アパルラーダ"との決戦のさなか、俺こと"勇者エミル・メーベルト"はそう確信していた。


 眼前に立つ魔王を――人の形をした魔物の王を改めて見据える。


 その魔力によって世界中の魔物たちを凶暴化させ人々を襲わせている元凶。奴を討ち取り、世界に平和をもたらすことが勇者である俺に与えられた使命である。


「ク……クク……どうした、勇者エミルよ。いまにも死にそうな顔をしているぞ」


 そう語る魔王アパルラーダの表情にも余裕はない。奴の三つある心臓のうち、ふたつを俺が潰しているのだから当然だ。


 かくいう俺も、全身のいたるところが傷だらけであった。


 特に右肩に受けた傷がひどい。このままではまともに剣を握れない。


「余計なお世話だ」


 血の混じったたんを石畳の上に吐き出しつつそう返す。


 同時に、魔術の異空間ストレージから最後の治療薬を取り出す。


 水色の液体が入った小ビン――"ヒールポーション"である。


 フタを開け、中身をあおる。


 まろやかな口当たりの液体がのどに流し込まれる。魔力的な効果を持った有効成分が、みるみるうちに俺の傷を癒やしていく。


 空きビンをストレージに戻し、改めて愛剣デュランダルの柄を握りしめる。完治とまではいかないが、先ほどまでの焼けつくような痛みはほとんど消えていた。


 やはりポーションはすばらしい。さすが、五年に渡る魔王討伐の旅を支えてきてくれた親友だ。


 その親友の献身に応えるためにも、ここで確実に魔王を討ち滅ぼしてみせる!!


「……行くぞっ!! アパルラーダッ!!」


 俺は愛 剣デュランダルの刀身に魔力をそそぎ込む。雷の魔力を帯びた刃にバチッと黄金色の光が走る。


「来るがいいっ!! 勇者エミルよっ!! 貴様を殺し、脆弱なる人間どもを恐怖と絶望の底に沈めてくれるわっ!!」


 対峙する魔王が両手を突き出す。瞬間、まるで地獄の闇を濃縮したような漆黒の魔力が放出される。


 うなりを上げ真正面から迫る魔力の奔流を前に、俺は剣を振りかぶり、


「――レヴィンッ!! ストライクゥゥゥゥゥ――――ッ!!」


 そして渾身の力を込めて振り下ろす。


 斬撃の軌跡に沿って放出された雷光が漆黒の魔力とぶつかり合う。


 まばゆい輝きが闇を切り裂いていき、その奥にある魔王の体を捉えた。


「ぐぅゥゥおアあァああぁぁアアあああああアアぁ――――――――――ッ!!」


 ぞっとするような悲鳴が魔王の口からほとばしり、広間中に響き渡る。


 俺の放った一撃はアパルラーダの肉体の大半を、そして奴の強靭な生命力を支える心臓を消し飛ばしていた。


 間違いなく致命傷である。


「……ガ……ハッ……見事、だ……」


 魔王は弱々しく口を動かした。残された肉体――生首と右肩の一部はぶすぶすと黒い煙をくすぶらせ、灰となって消え去りつつある。


「……だが……貴様を生かし、て……帰すつもりはないぞ……」


「なに?」


「……魔王城地下にある魔力炉……それをいま、我の魔力で暴走させた……」


 アパルラーダが言うのと同時に、魔王城全体が激しく揺れた。


 壁や床のあちこちにヒビが走り、天井が崩れ落ちてきている。どうやら奴の言葉にいつわりはない様子だ。


「……あと数分で魔王城もろとも爆発するであろう……貴様を道連れに、な……

っ!! ククク……ハァ――――――ハッハハハハハハ……ッ!!」


 断末魔代わりの哄笑こうしょうを残し、魔王アパルラーダはこの世界から完全に消滅した。


 あとに残されたものは、俺と、崩壊しつつある魔王城だけであった。


(勇者としての使命は果たせたが……この状況を切り抜ける手だてはない、か)


 そんな魔術も道具も持ち合わせてはいない。


 強いて言えば転移魔術ファストトラベルくらいだが……あいにく、どんな状況下でも自由に転移できるような便利な代物ではなかった。


(……どうやら俺はここまでらしいな)


 すぐそばで柱が崩れる中、俺は静かに結論づけた。


 恐怖はなかった。どうせ天涯孤独の身、帰りを待つ家族がいる訳ではない。さして命が惜しいとは思わなかった。


 なによりポーションを生み出したこのすばらしい世界と、そこに住む人々を魔王の脅威から守る事ができたのだ。孤児の出身ながらここまで来れたのだ、と誇らしい気

持ちさえあった。


(……そうだ)


 ふと俺は思い出し、ストレージを開いてひとつの小ビンを取り出す。


 鮮やかな虹色に輝く液体――ミラクルポーションである。


 旅の途中とある大富豪から買いつけた逸品だ。


 その効能は『奇跡を起こす事』。


 具体的にどうなるのかは不明なため、打つ手がなくなった時に飲むと決めていたものだ。いまこそが封を切る時である。


 俺は小ビンのフタをていねいに開け、中身をゆっくりとあおる。


 たちまちのうちに奥深い甘みが口いっぱいに広がる。口当たりはどこまでも柔らかでありながら、受けた衝撃は脳天から足先まで貫くほどに鋭かった。


 天上の幸福とはこの事である。


 揺れがひときわ激しくなる。


 間もなく爆発する――そう直感した。


 心は安らかであった。至高にして究極のポーションを味わって死ねるのだ。もはや悔いはない。


 だが――もしも奇跡が起こり、生き延びる事ができたなら。


 平和になった世界で、自家製ポーションを売る店を営みたい――


 轟音とともに足元で光がぜる。


 俺はそのまま光に飲み込まれ、意識を手放した。


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