第35話 レッサーワイバーン戦④



レッサーワイバーンの火によってゴブリン達が次々と焼かれては死んでいく。

谷には、いつもの余裕のあるゲキャゲキャという叫び声ではなく、本当に悲鳴のような声がこだましては火炎の音に消えていった。


炎を吹き終わったレッサーワイバーンは爪を振ってゴブリンを八つ裂きにし、尻尾を振り回して壁に吹き飛ばしていた。


俺はゴブリン達が住んでいた巣穴の中に隠れてその光景を見ていた。


これはやばいな。すこぶるやばい。


あいつ、無作為に攻撃しているように見えて、ここから逃げ出そうとするやつを積極的に攻撃している。

つまり誰も逃すつもりはないということだ。


まぎれるぐらいしかできない俺の《隠密》では大して有効なスキルにはなりえない。

いずれはゴブリン達の数が少なくなり、あいつに見つかるだろう。


今のうちに、何か手立てを考えないと…。


奴がゴブリンを殺すたびにレッサーワイバーンの目が赤く光っていき、攻撃の勢いが増していった。

ん? なんか目が赤くなった…? もともと赤かったか? いや違うよな?


「ほどちゃん。何であいつ目が赤くなっているの?」


「スキル《狂乱》が発動中です。敵レッサーワイバーンが一定量以上殺傷した場合、もしくは一定量以上負傷した場合、自動的にスキル《狂乱》が発動します。これにより攻撃系スキルが強化、防御系スキルが弱体、消費魔素量が増大、思考能力が低下します」


「まじか…まじか!」


これはチャンスなのでは? もともと一撃死の攻撃が強化されたところで何の意味もない。俺にとっては防御力が下がっただけだ。それに思考能力が低下したなら隙もできやすいだろう。


これを逃したらこの先チャンスは来ないだろう。今行くしかない。

あいつが3回目のブレス、つまり次のブレスを吐いた時に行くか。


俺はその辺の枝を拾い、相手のスキル《魔眼》にばれないように弱めのスキル《鋭利》と《堅固》を発動させる。

そしてレッサーワイバーンの背に乗って笑っているハイゴブリンに狙いをつけた。


静かにチャンスを待つ。


レッサーワイバーンは翼を力強く動かして一度飛び、逃げる集団の端にいたゴブリンを一体ずつ刈り取っていた。

反対側に逃げようとするゴブリンを尻尾で弾き飛ばして、さらに吹っ飛ばしている。


正直、遊んでいるように見える。いや遊んでいるのだろう。

俺と戦っているときとは表情が違った。


思考能力低下しているのは本当のようだな。あんな獣が遊ぶようにゴブリンを狩るなんて…。

いやよく考えたら俺と戦っているときも獣が遊ぶように戦ってたわ。散々あちらこちらから攻撃されたわ。


元々あんな感じか。


そしてゴブリン達に向けて再び無慈悲の《炎息》が吐かれる。

炎に飲まれるゴブリン達の悲鳴をよそに、俺はあいつの背後に回り込んで枝槍を急速に強化して投げた。


「どこd」


何やら叫んでいたが、枝槍はハイゴブリンの喉に迷わず突き刺さった。

奴は口から血を吹いて、体から力が抜けていき鐙からずるりと落ちていく。


レッサーワイバーンがテイマーの異常に気付いたようだ。ゴブリンを殺すのをやめて周囲をうかがっている。


一度引くか? いや、チャンスはそうない。やつの魔素量が回復しきる前に行く。


再び慎重かつ素早く背後に回り、あいつの首に狙いをつけて跳躍する。

そして首を切断するように手刀を振り下ろした。


レッサーワイバーンの首に食い込みそして途中で止まる。

かてぇ! 切断しきれない。


首を切られたレッサーワイバーンは痛みにそこらじゅうを暴れまわる。俺はその勢いに耐えきれずに跳躍してそこらへんに着地する。


そしてレッサーワイバーンはこちらに気づいて睨みつけた。

あいつまだ生きてるのかよ。生命力高すぎだろ。ゴキブリかよ。


敵の爪が振られる。だが先ほどの滑空の速度を利用した素早い振りではなく、負傷しているからか体の力だけを使った大振りだ。


「そんな大振り食らうか!」


跳躍して避けると、レッサーワイバーンは爪をふるったままに尻尾をふるう。その尻尾には針があり、ちょうど俺を狙っていた。


器用な真似をする! だが、ほどちゃんに言われていたのでその手はいつか来ると思っていた。

迫る毒針を空中で重心をずらして避けて、細くとがる尻尾の部分を手刀で落とした。


一度着地すると同時に跳躍、相手の首に迫る弾丸となる。

手刀を放つべくスキル《鋭利》と《堅固》に魔素を再充填。


チェックメイトだ。


だがその時、戦闘中で伸びていた体感時間がさらに伸び始めた。


ほどちゃんの声が聞こえる。


「相手のスキル《硬化》及び《毒針》の分解消失を確認。スキル分解ともに魔素量が一部回復します」


分解? 回復? どういうこと?


正面にあるのはあいつの凶悪だが苦しそうな顔。そこについている口に赤い光がともった。

熱が帯びて、俺の頬を厚くする。


これは・・・!


火事場の馬鹿力ってやつか! やばい、このままだと全身が、全身が燃える。

そうなったら再起不能になる。傍らにあるゴブリンの焼死体を思い浮かべる。


あれはスキル《頑強》でどうにかなるというものではない。頑強は所詮3倍なのだ。


倒さなければ死ぬ。だがこのままでも死ぬ。

殺さなければ、けど燃やされる。燃やされる、けど殺さなければ。


グルグルグルグル思考が回る。


そして相手の口から強烈な《炎息》が放たれた。俺の全身が焼かれた。

熱さなんて感じずに、一気に全身に激痛が襲う。


「ガ!」


叫ぶことすらできない。今叫べば炎が肺を焼く。

だが俺は叫んだ。全身の痛みが、全身の怒りへと変わる。


んなところで! 終われるかよ!!!!


「死ねえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」


手刀をあいつの首へとくらわし、バターでも着るかのようにスパッと切れた。

あいつの憎々し気な顔が空を飛んで、ぼとりと落ちた。


後のレッサーワイバーンの体が横倒しになり、どすんと勝利の音が鳴る。

血がドロドロと流れ出し、転がっているゴブリンの死体を血の海に沈めていく。


倒した…倒したが…。


宙に飛んでいた俺は全身の痛みで体はうまく動かず、着地に失敗して顔から落ちた。


いてぇ…。こりゃ…死んだか?


体を見ると黒焦げになっている部分もある。手もボロボロだ。眼も片方見えていない。蒸発したか。

これは、助かりそうにない…。


畜生、俺はここまでか…。

畜生…。


意識が失われていく。


「特殊進化条件を満たしました。ゴブリンヒーローに進化可能です。ゴブリンヒーローに進化しままままままままままま」


「ふぅ、間に合った。というか無理しすぎだろ。縁なきといえど体は邪神の眷属か。」


意識を失う前に何か聞こえた。


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劣等種族から成り上がり! 経験値扱いされるゴブリン転生からの下克上。 サプライズ @Nyanta0619

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