下校

 さて,何を話そうかと悩んでいる。誘ったはいいものの,何を話そうかなどは全く決めていなかった。

「えっと,いい天気ですね」

 小道は,体を一瞬震わせる。こちらが急に声を出したことに驚いたようだ。

「あ,ごめん。」

 とりあえず謝り,わざとらしくコホンと咳払いをする。

「今日集まってもらったのは他でもなく,聞きたかったことがあったのです。」

 まだ小道はびくびくとしていた。

「あの,黒田さんの好きなものってなんですかね。」

 黒田は瞬間的に体を止め,こちらを振り返る。

「ほんとに,私を殴るとかじゃないんだ」

 ずっと,いじめのために家路を誘ったと思っていたらしい。

「いじめっ子は『いい天気ですね』とか言わないですからね」

「うん,わざとらしく咳払いもしない」

 小道は少しだけ口角を上げた。その表情に,また俺の心はタオルを投げ込んだ。


「あの,最初は碧生くんのことあんまり知らなかったし,殴られたりするのかなって思っちゃった」

「クラス替えするまで,お互い全く知りませんでしたからね」

 小道は人差し指を立て,こちらを振り返った。スカートがふんわりと回り,彼女のバックについたキーホルダーの音が鳴る。

「『敬語をやめれば,友情はぐっと近づく』」

「誰かのセリフを真似るように言うけれど」

「うん,私の小学校の同級生がね,言ってたの。確か,その人のお父さんが言ってたって。」

 その後で,小道は『人付き合いは隣人から』とも言っていた,と付け足した。

「えーと,名前で読んでもいい?」

「うん」

 彼女の顔は日向のように明るくなる。


「そうそう小道。好きなもの,聞いてなかった。」

「あ,たしかに」

 少し考えると,こう言った。

「うーんと,歌,かな」

「おお,歌とな。どんな歌がお好みで?」

「え,『Fight with this』,とか?」

 声が後ろにかけて小さくなっていく。俺は,「Fight with this」と聞いて,少し驚く。あの,白昼夢のことを思い出したからだ。

 しかし,そもそも曲名の方が先だろうし,なぜあちらの人がそれを呟くかは知ったことじゃあない。

 そう考える一方で,ある単純な疑問が浮かんだ。

「そういえば,誕生日っていつなんだ?」

「その,来週の月曜日なんだけど」

 通り過ぎる公園を見て,小道の表情が曇る。

「何か,その日にあるのか?」

「えと,篠原さんに呼び出されてて。ちょうど,あの公園に」

 細い指が,遊具で溢れた広場を指す。その指は震えており,暑い夏に似つかわしくなかった。

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