Quasi xylophone

 トンネルに歩いていくと、後ろから足音が聞こえた。トンネルの中に入る。

 中は昼とは思えないほどに暗い。田舎なだけあって、人通りも車通りも少なかった。後ろの足音は反響している。

 今だ。俺はボタンを押した。粉状のものが、大量かつ広域に噴射される。プロジェクターが大量の虫を映し出し、羽音を鳴らす。

 人影は怯み、立ち止まる。いい加減諦めろよ。

 粉の浮力が重力に負け、段々と地面の近くを這う。そこには苦笑した現がいた。


 俺たちはトンネルを抜ける。現はいくつか凶器を持っていたが、俺がバックに入ったロープを見せると、泣きそうになった。

 左には少年が立っており、少し驚いた。

 大きな岩の前に立って何かを紙に書き込んでおり、何をしているか気になったが、今はそれどころではなくなった。

「あの暗号って結局なんなんだ?」

あれは、フリック入力だ。

「というと?」

『ちかひひつひちかちつやふはつたしひ』を日本語で打って、その形をそのまま英語の方に重ねる。すると、『hanninhahitomigen』つまり、『犯人は仁巳 現』になる。他の可能性も考えたが、見つかんなかった。

「なるほどなぁ。三水のやつ、やりやがったな」

 もともと、繋がってたのか?「ん?」三水と。

「あぁ菟木ともな」あいつもか。

 なんで、俺を殺そうとしたんだよ。

「俺は俗に言う殺し屋でな。それで生計を立ててる。でも、俺が殺した奴はだいたいゴースト現象が起こってしまうから、もう一度やらなきゃならないんだ」

 なるほど、と俺は頷いた。

 あと、なぜ俺は殺された覚えがないんだ。「ゴースト現象には人生で1番ショックだった瞬間を忘れるオプション付きなんだ」

 なるほどな。

 じゃあなにゆえ三水に絵を描かせてるんだ?

「だって、不公平だろ。殺されるのを知らせられないなんて」

 1人目はどうなるんだよ。

「まぁ、何か注意はしただろう」

適当だな。

「俺は彼じゃないからな」

 俺はデジャヴを感じた。


 現と俺はどこへともなく歩き続けた。その間に幾つか話をした。話せるのは最後だったからだ。

 あ、そうだ。

 俺はカバンから黒い物を取り出し、現に見せた。

「お前、それあの時の」

ああ、おもちゃのあれだ。

「で、どうしろと?」

 現にはこれを、夜に思い出したら道端に置いてほしい。「なぜ?」

 誰かが引っ掛かったら面白いだろ?

「分かった、検討を加速させるよ」

やらなそうな言い方だな。


「この世って小説みたいだよな」

どうした急に。

「いや、唐突にそう思った」

 どちらかと言うと、小説自体が世界なんじゃないのか?

「そうかもな」

 じゃあ、もし俺たちが文字に起こされたら、俺は発言に鉤括弧がつかないかもな。

「なんでだ?」

 ほら、死人に口なしって言うだろ。


 そして歩き続けると、あの丁字路が見えた。

最後に、俺が死んだら化けて出てやろうか?なんて軽口を叩こうとしたが、自分は既にゴーストであることを思い出し、口を閉じた。


〈epilogue -エピローグ-〉

 久々に来た宍向市は見違える程変わっていた。

 そして俺は不意に、あいつとの約束を思い出した。内ポケットを探ると、案の定入っている。確かに、素人なら間違えそうだ。地面に置く。

 そして、俺の左にあいつが歩いている感覚が蘇った。

 シロフォンのような音が鳴り、気になって右を向く。そこには、窓が開いている家があった。

「あんなの、犯罪者ホイホイじゃないか」とおもむろに呟いていた。犯罪者が言うと説得力があるな、と彼が言ってくれた気がした。

 俺と、想像の中のあいつはただ歩いた。丁字路はもう工事で十字路になっていた。それでも、俺たちは久しぶりに丁字路で別れた。

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